第十二話 優しいポンス先輩に感動する覇! 系な?
それから、私は稽古相手に、また何連勝かを繰り返した。
「始め!」
審判が開始の合図をかけた。
私は、クエン酸先輩が用意した稽古相手と対峙している。ここまでで、百五十連勝まで到達した。ここまで来ると対戦する稽古相手のレベルも段違いだ。相手の気迫が伝わってくるようだ。ここまでレベル上げするのも、山あり谷ありだっただろう。しかし、スキルが上がったのは私も同じこと。最初と比べれば、素早さや反射神経も段違いだ。自分の集中力が研ぎ澄まされていく。
先手必勝だ。私は、素足で体育館の磨かれた床を蹴った。相手の懐に入ろうとすると、相手の
そこから、つばぜり合いになって、
相手は奥歯を噛みしめていたが、何かに気づいて息を呑んだ。
「はっ……!」
それは、まさしく私から放たれる気迫だった。
稽古相手は、私の気迫に飲まれたように動けないでいたが、それを振り払うように、後ろに飛び退いた。相手の
一気に、相手が踏み込んでくる。
「こ、小手ーッ!」
しかし、私の反射神経の方が上回っていた。相手の
「やあッ!」
私の
「あっ!?」
相手は、呆気にとられている。相手の視線が右を向いたとき、
「面ーッ! 系なーッ!」
「面!」
審判の旗が私の方に上がる。
「よし! 系なッ!」
私は、思わずガッツポーズだ。
相手の稽古相手は、物凄く悔しそうだが、その顔もやがて懐柔されたように苦笑に代わる。
「流石ね、参っちゃったわ!」
一言二言、言葉を交わして、その稽古相手と別れた。
「これで、百五十連勝、系な!」
私は、面と小手を外して、タブレットを手にとった。
いつの間にか付けていたタブレットの対戦記録表に、百五十連勝の文字を打ち込んで置いた。面を取ると、体育館の暖かい空気すら清涼に感じる。勝利の喜びを感じていたとき、足音がこちらに近づいてきた。
振り返ると、クエン酸先輩がいた。タブレットを脇に挟んで、拍手していた。
「シットラン、百五十連勝、おめでとう! まさか、ここまで何事もなく連勝できるとは思ってみなかったよ!」
「えっ? この
「まあ、それもそうだけど、シットランの実力って事だよ! お兄さんも大喜びだよ!」
「それは、良かった、系な! 頑張った甲斐がありました、系な!」
「じゃあ、これをどうぞ!」
クエン酸先輩が、私に例の手紙を手渡してきた。
例のアニメのキャラクターの封筒だ。
「……このアニメのキャラクターって流行っているんですか、系な?」
しかし、クエン酸先輩は、ニヤッと笑った。
このニヤッは、何となく関わりたくないニヤッだった。
「シットラン、知りたいかい?」
「やっぱり、知りたくないです、系なー」
ヤバいことを聴いてしまったと肌で感じ取った私は、すぐさま退散しようと思った。
クエン酸先輩から封筒を受け取ろうとしたら、逆に目の前に掲示されてしまった。
「良くぞ訊いてくれました! これは、僕の考えたオリジナルのキャラクターだよ! アニメ風の塗り方で塗ってある! 画像ソフトで色を塗って印刷して出来上がりだよ! 素敵だろ!」
「系なー!? 系なー!? 系なー!?」
クエン酸先輩の半端ない情熱が伝わってくる。紙質がまざまざと感じ取れる。そこから、オーラのような熱さが伝わってくる。情熱が半端なくて視界がその笑顔のキャラクターで埋まっている! 近い! 情熱が半端なく近い!
「イラストのキャラクターの目が! 私の視界の全部を占めてますが! めっちゃ素敵だと思いますーッッ! 系なーッ!」
髪の毛がほつれそうなほど必死で褒めると、クエン酸先輩は力強く頷いた。
「受け取って良し!」
「い、要らないッスよ、系な!」
「シットランの誉め言葉を心に永久保存だよ! ハッハッハ!」
クエン酸先輩は手を振りながら帰って行った。
「系なー……」
餌付けでもされているのか。クエン酸先輩の軽いジョブ系なギャグなのか。良く分からないが、またしても例の封筒を貰ってしまった。
またしても、シトラス先輩の甘い悩みを砂を吐くように相談に乗れというのか。
グレープフルーツ先生のお茶目なギャグの授業に腹筋を鍛えながら、よそ事を考えていた。
ここにあるのは、クエン酸先輩から受け取った、オリジナルのキャラクター封筒だ。
やはり、あの時のシトラス先輩から貰った、この絵柄の同じ封筒は、クエン酸先輩からもらったものだ。
やはり、クエン酸先輩がシトラス先輩の知り合いというのは本当のことのようだ。
私は、今までに送られた手紙を確認した。
『シトラスには、重要な知り合いの三人が居る。その三人のせいでシトラスは悩んで、くるしい思いをしている』
これが、クエン酸先輩の最初の手紙だ。
『シトラスとポンスは付き合っている』
これが、次にクエン酸先輩が手渡してきた手紙だ。
『シトラスがポンスのことで悩んでいる。相談に乗るべし』
これも、クエン酸先輩に貰った。
でも、シトラス先輩とポンス先輩は円満みたいだ。
もしかして、クエン酸先輩は、私で遊んでいるのだろうか。
「ムッカー、系なーッ!」
大声で叫んで息を切らすと、下校途中の学生たちがわずかながら振り返った。
それには、私はとりわけ気にも留めなかったが、それよりも喉に渇きを覚えて顔をしかめた。
「青春して、喉が渇きました、系な……!」
私の独り言の後で、隣で自転車が止まった。
「ジュースが飲みたい覇? 私が、ジュースをあげます覇!」
「えっ! ポンス先輩! 系な!」
「私は、優しいです! 覇覇覇覇覇ッ!」
再び、ポンス先輩は全速力で自転車をこぎながら颯爽と去って行った。
いつの間にか、手には美味しい系のジュースがあった。
このリモネス国のジュースは、ひとで言えば清涼飲料水だが、柑橘系で言えば液肥のようなものだ。
「ポンス先輩のくれたジュース……! ポンス先輩、優しい、系な……!」
私は、シトラス先輩への身勝手な怒りを忘れて、ポンス先輩の優しさに感動した。
シトラス先輩もこういうポンス先輩に惹かれて付き合っているのだろう。
私は、なんとなく甘酸っぱい気持ちになった。
そんな、放課後のことだった。
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