トルデリーゼのしあわせ屋 Trudelise Gift
雨の降る繁華街の奥。薄暗い路地裏にその女は
彼女にとってはいつも通りのゴシック調の黒尽くめに、左手には
「お前か」
突然かけられた声に驚く様子もなく、しかし
「最近この辺りに現れちゃ変なヤクを進めてくる女、だな?」
「変なヤク? ああ、
ダークブロンドの髪を揺らし、彼女はこてんと首を
「変なつもりはないのですが」
「はん、なんだっていいさ。お前が俺のシマで勝手な事をやってるには違いねえ」
「なるほど。そういう事ですか」
女はほんの
「それはどうも失礼致しました。私はトルデリーゼ。しあわせ屋のトルデリーゼです」
「しあわせ屋?」
聞き慣れない言葉を
「はい。私は誰もがしあわせになる薬を売っているので」
にっこりと笑ったトルデリーゼはいつの間にか傘を持ち替え、左手に小瓶を手にしていた。現実離れした
「それで、
「あら、売っていると申し上げましたが、対価は金銭以外で頂きますの」
うふふ、とトルデリーゼは笑った。
「しあわせになったその様を私に見せて頂ければ結構ですわ」
男が無言で
「飲み薬か。どういう系統だ?
「それは
余裕の笑みを浮かべたままのトルデリーゼに、男は鼻を一つ鳴らすと小瓶の
「幸せ、か」
「ええ、まあ効能が出るまでに時間が少々かかるのが難点で」
ですから、少しお
そう、トルデリーゼは
* * * * * * * *
貴方は『幸せ』とは、どのようなものとお考えですか?
私はね、こう思うのですよ。
貴方にとっての『幸せ』と、私にとっての『幸せ』が違うように、皆それぞれの『幸せ』は違うのです。
では、皆が『幸せ』になるにはどうすべきか。それは、とても簡単なのです。
『幸せ』というものが概念であり、それに関する思考、
それはね、頭の中なんです。
それを
しかし、確かに残念ながらこの世界に、思った事そのままを具現化する事はできません。
でも、それは、
時に『
そうですか。いえ、続けましょう。
結論から言えばひどく簡単なのですけれど……ふふ、貴方は夢をどうお考えで?
ふむ、まあ一般的には、記憶の整理、心身の状態の表れなどとする事が多いですが、それで説明がつかない
ですが、
夢の中でこれは夢だとわかった状態であり、場合によっては意図的に夢の内容を
『幸せ』になるためには、この明晰夢を見続ける状態であるべきなわけです。
* * * * * * * *
不意に、トルデリーゼがその形の良い小さな口を
話す内に
今までの、にこやかなだけの表情とは違う何かを乗せて、その口角が持ち上がるのを、男は
霞む?
「
男は膝から
叩きつける雨粒の冷たさも、濡れた地面の冷たさもない。
「『
暗い視界。
「ああ、そうです。
嬉しそうな声でトルデリーゼは言った。
男に最後に残された聴覚だけが、トルデリーゼの声で
どこか楽しげで嬉しそうなその歌声を聞きながら、男の聴覚は歓喜とは程遠い感情を抱いたまま、永遠の沈黙に閉ざされた。
「さて、次は
歌い終わった唇でそう呟き、小さく首を傾げると、彼女はその路地から雑踏賑わう表通りへと足を運ぶ。
完全に合流しきる前に、雨が止んで用無しとなった傘を
* * * * * * * *
私は
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Gift
ドイツ語にて「毒」の意。英語で「贈り物」を意味するgiftと同語源である。
しかしドイツ語においては「悪意のある贈り物」という意味で「毒」という意味へと変わったという。
KHM43。グリム童話に収録されたお話。
好奇心旺盛な聞かん坊の娘が両親の忠告に従わずに魔女と言われるトゥルーデおばさんの家を訪ねるお話。
トゥルーデおばさんの本当の姿を見てしまった娘は薪にされて暖炉へとくべられてしまう。
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