第52話 第4章 ミク―――1980
「探偵さん……」
「よう、ミク」
探偵さんは旅焼けしたその顔に皮肉っぽい笑みをたたえた。
「少し、いいか」
「え。で、でも……」
「手間はとらせない」
優くんとの待ちあわせ時間を気にするわたしにむかって、黛さんは軽くあごを動かした。迷った末、結局その背中に従ったのは、久しぶりに会ったこののっぽの探偵さんの話を聞きたい気持ちがあったからだろう。
わたしたちがむかったのはいつもの土手だった。白いワイシャツに青の上着という格好の探偵さんは土の盛り上がった柔らかな土手の端から豊平の川を見下ろしながら言った。
「ふん。あの日以来だな。ここも」
「いつ、戻ってきたの……?」
「数日前だ。やっぱり北海道は寒いな。戻って早々に風邪を引いちまったよ」
そう言うと探偵さんはポケットに両手を突っこんだまま小さく鼻をすすった。いつになくのんびりしたそんな姿にわたしはいらだった。
「あんまり連絡がないんで、もう現れないかと思った」
「だからちゃんと断ったろ。少しの間事務所を留守にするって」
「旅行にでも行ってきたの?」
「ま、そんなところかな。実際、いいところだったぜ。あったかいし、食いものも美味しいし。たまには俺ものんびりしないとな」
毎日競馬場ばっかり行ってるくせに……と内心思いつつ、わたしは口をとがらせて訊ねた。
「いい気なものね。どこよ」
「山口の萩」
「……えっ」
わたしは息を呑んだ。そんなわたしを見やり、探偵さんは小さくうなずいた。
「そう。御形陽介の故郷だ」
「お父さんを……見つけたの?」
わたしはかすれ声で訊ねた。同時にこの人がわたしの元にわざわざやってきたわけを悟り、探偵さんの袖を掴む。
「見つけたのねっ。探偵さん、お父さんを見つけたのね!」
「ああ。見つけた」
「どこ!? おとうさんは今どこにいるの?」
「落ち着け。少し歩こうぜ」
「嫌」
いなすような探偵さんに対し、わたしは勢いよく首を振った。
「今話して!」
「歩きながらでも話せる」
「お父さん、どこにいるの」
「わかったから、離せ」
さすがに持てあましたように探偵さんは言った。すっかり子どもに戻ってしまったわたしにしがみつかれたまま探偵さんは煙草を咥えると、肩をすくめて言った。
「こいよ」
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