第38話 第2章 ミク―――1980
神宮前の沿道にはすでにたくさんの人が出ていた。
例祭を見にきた見物客とともに併設されたお祭り会場を訪れた家族連れの姿で舗道は溢れ、円山公園の外苑は人の渦となっている。
優くんが背伸びして言った。
「うわ。こりゃすげえな。ミク、先に神社の方に行こうか」
「うん」
「とっこ、はぐれるなよ」
「はあい」
わたしたちははぐれないように左右からお母さんの手をしっかり握り、人混みを縫って奥の境内にむかって歩き出した。ちょうど太鼓の
北海道神宮は明治の初めに新政府によって奉斎された
そんなようなことを歩きながら訥々と話すと、優くんはすっかり感心して目を丸くした。
「お前すげえなあ。俺、そんなこと全然知らなかった」
「や、わたしも最近まで知らなかったんだけど……」
あの物知りの探偵さんの影響で札幌の歴史に興味を持ち、ちょっとだけ図書館で調べてみただけだったわたしは、褒められ逆に恥ずかしくなって赤面した。どうも優くんはわたしのことを頭から勉強のできる賢い子だと思いこんでおり、困るときがある。
大きな鳥居をくぐると、参道に沿って大人が二人手を繋いでも抱えきらないような太い幹の巨木がまっすぐに立ち並ぶ。高く伸びた杉が藍に染まった空を指す中、舞の奉納が行われる境内にむかう。
奉納されるのは三条
三条神楽は
拝殿の大きな三角の破風を背後に、舞台の上で演じられる
すでに
たちまち正座する子どもたちの面相がきりりと引き締まって揃うのを、わたしはどこか胸を打たれる思いでながめた。こんなに奉納の舞をちゃんと見るのは初めてだった。
(―――札幌の、夏だ)
宵の迫る空の下、目の前の夕景がやけに鮮やかに目に映り、わたしは息を吐いた。なにもかもがはじめてだった。こうして境内にくるのも、浴衣を着るのも、誰かと並んで舞を見るのも。
まるで光の粒子一粒一粒が今この瞬間まっさらに生まれ変わったように世界が鮮やかに色づいているのを全身で実感しつつ、わたしは強く目をつむった。
なにもかもが新しく、なにもかもが愛おしい―――37年前の夏。
「―――どうした?」
優くんに声をかけられ、わたしは我に返った。
「ううん。なんでもない」
「少し歩くか。お祭りの夜店の方も見たいし」
「うん」
「ね、とっこも一年生になったら、あれ踊れる?」
お母さんが、舞台を指して無邪気に訊ねる。
「踊れるわよ。たぶん……来年になったらね」
「とっこももう小学生か。早いもんだなあ。……よし、とっこ。にいちゃんが久しぶりにおんぶしてやるぞ」
「おんぶじゃなくてかたぐるま」
「かたぐるまか、よし」
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