義父の劣情

『イオナさんっ! あきらめちゃダメだっ!』


 僕は彼女の心に向かって叫んだ。


『……マモルくん? でも……私一人だけで、この家の借金を全部抱えて生きていくなんて……無理よ……』

『違うっ! ヨークさんの事ですっ!』

『……ヨークの事?』

『僕は、この世界の文字が読めません。あの書面には何と書かれてあったんですか?』


 イオナさんは僕の質問に対して少しの間だけ考えてから答える。


『……ヨークは、戦場から帰還していないって、書かれてあったわ……』

『なら、行方不明なだけじゃないですかっ!? 生きている可能性だって、あるんじゃないんですか!?』

『相手は魔王軍なのよ? 捕虜に対する扱いの協定や条約も関係ない。捕まえた敵は皆殺しにするような連中なのよ? ……生きている筈が無いわ……』

『捕まっていないかも知れないじゃないですか!』

『だったら何故っ!? あの人は私に無事を知らせてくれないのっ!?』


 イオナさんは僕を責めるように心の中で叫んだ。

 その叫びは鋭く伸びてくる槍のように僕の心を怯ませる。

 でも、僕は退くつもりは無かった。

 それが彼女の心を守る事に繋がると信じていた。


『何か……何か理由があったんです! あるはずですっ!』

『理由って、なによっ!?』

『……分かりません。でも、イオナさん……それを確認しなくて……本当に確かめないままで、いいんですか?』

『……』

『ヨークさんが出掛ける日の前の晩に、ちゃんと指切りまでして約束してくれたじゃないですか? 僕はヨークさんが、そんな簡単にイオナさんとの誓いを破るような人には見えません』

『そうかも知れない……でも、いつか分からない彼の帰りを、ずっと独りで待てと言うの? たとえ貴方が一緒にいてくれるとしても、私には耐えられそうもないわ……』


 たとえ僕が、いたとしても……。

 その何気ないイオナさんの台詞は、僕の心を深く傷つける。

 そう……彼女に必要なのは、たった一人なんだ……。


 僕は気を取り直して、なるべく元気に明るく、まるで映画を観に行く事を誘うように、彼女に提案する。


『こちらからヨークさんを探しに……迎えに行きましょう!』

『無理よ、女の一人旅だなんて……貴方の元いた世界では、どうだか知らないけれど……この世界では、とても危険な行為なのよ?』

『僕が、ついています!』

『……マモルくんが?』

『それに何より、ヨークさんが行方不明になった事をユイナスさんに伝えなければならない筈です。イオナさん、違いますか?』

『それは……その通り……だけど……』

『ユイナスさんは、まさしく戦争の真っ最中にある隣の国の王様の下で宮廷魔術師として働いているそうじゃないですか! 今回の件でも何か情報を掴んでいるかも知れませんよ?』

『そうか……もしかすると、ユイナスちゃんが何かを知っているかも……?』


 俯いていたイオナさんの顔が、少しずつ上がってきた。


『そうですよ! 取り敢えずユイナスさんに会いに行きましょう? 僕が、ついていってイオナさんの事を守りつつ、必ず彼女の元へ送りますからっ!』

『……マモルくん……ありがとう……』


 イオナさんは自分の胸を揉んでいたイッコマさんの片手を両手で掴むと引き抜いた。


「イオナちゃん?」


 思わぬ力強さで更に拒絶されたイッコマさんが驚く。


「ごめんなさい、イッコマさん……やっぱり私、彼の生死を確認するまでは、他の人の奥さんになれません」


 イオナさんは、イッコマさんを真っ直ぐに見て言い切った。


「確認するって……いったい、どうするんだい?」

「隣の王国に行って彼に関する情報を聞いて捜そうと思います」


 イッコマさんは大きく目を見開いて、更に驚いた。


「女一人でか? そんな無茶な……」


 馬鹿にしたように嘲笑うイッコマさん。

 しかし、彼女の視線は動かない。

 おそらく真剣な瞳で見つめられたイッコマさんも、少しだけ真面目な表情になる。


「わしは手伝わんぞ? 店があるからな」

「かまいません」

「……本気なのか?」


 イオナさんは頷いた。

 イッコマさんは目を閉じると大きく溜め息をついた。


「ヨークの女房になるだけは、あるな……」


 その台詞と共に再び出た溜め息に乗った口臭に、イオナさんは顔をしかめた。


「イッコマさん、あなた……お酒を飲んでいたの?」


 イッコマさんは答える代わりに素早く彼女の上着に両手をかけると、幾つかのボタンを纏めて引き千切りつつ前を無理やり開かせた。


 イオナさんの胸が下着に抑えられながらも弾けるように揺れる。


「何をするのっ!?」


 イオナさんは反射的にイッコマさんを両手でソファから落とすように突き飛ばすと、その両手で胸を隠しながらソファから立ち上がった。


 後ろ向きに倒れたイッコマさんは、ゆっくりと上体を起こしてくる。

 少しだけ赤ら顔で好色そうにニヤけながら……。


「出かけるか出かけないかは、一晩わしに抱かれてから決めようや?」


 イオナさんの全身が恐怖で震えた。

 彼女は、この場から逃げ出そうと後ろへと退がる。

 そして、足を滑らせて転倒してしまった。


「……えっ!?」


 ごんっ!


 床に後頭部をしたたかに打って、彼女はそのまま動かなくなってしまう。


「イオナちゃん!?」


 イッコマさんは慌ててイオナさんのそばに近づいて、彼女の胸に自分の耳を当てる。

 鼓動の音が聞こえたらしく、彼はホッとした表情をした。


「良かった……気絶しただけか……」


 一瞬だけ見せた心配する義父の顔。

 しかし、それは意識を失ったイオナさんのブラで抑え込まれた豊かな胸を見た瞬間に消え失せていた。


「今のうちに、天国に連れて行ってやるよ。ヨークのいない方の天国にな……」


 イッコマさんは、そう呟くと彼女のスカートを脱がした。

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