イオナさんの義父

「イッコマさんは私たち夫婦にとって父親代わりみたいな恩人なのよ」


 洗濯物の続きを干しながらイオナさんは、僕に説明してくれる。


『へえ、そうなんですか?』

「実は私……両親の顔を知らないの」


 ……え?


『どういう事なんですか?』

「……赤ん坊の頃に捨てられていたのよ。ヨークが子供の頃に住んでいた家でね」


 ええっ!?


『つまり、ヨークさんとは兄妹みたいな関係だったんですか?』

「そ、お義父さんとお義母さん……ヨークの両親が私を拾って娘のように育ててくれたの」


 僕はイオナさんの割と、あっさりとした調子でする告白の内容に驚いていた。


「その後で二人の間にユイナスちゃんが生まれて、しばらくは幸せだったわ」


 イオナさんの洗濯物を干す手が止まる。

 彼女は俯いてしまっているようだ。


「でも二人ともヨークと同じ傭兵でね。ある日、戦地に行ったまま還らぬ人達になってしまって……」


 彼女は、また洗濯物を干す作業をゆっくりと再開する。


「傭兵って、その国の正規兵じゃないから、どの戦争にも参加して良い給金で稼げる代わりに、亡くなっても遺族年金とか支給されないのよ」

『それじゃあ……』

「うん、大変だったわ……」


 イオナさんは自分の下着を取って別のカゴに入れ直す。

 これらは盗まれないように、風通しの良い二階の廊下で部屋干しをするからだ。


「ヨークのお母さんとイッコマさんの奥さんが親友だったの。イッコマさんの奥さんは、既に病気で亡くなられていて……お子さんもいなかったから一時的に親戚のいない私達を引き取ってくれたのよ?」

『イッコマさん、優しいんですね』


 イオナさんは大きく頷いた。


「うん……この街での生活に必要な事を色々と教わったわ。私とユイナスちゃんを学校にも通わせてくれたし……」

『ヨークさんは?』

「ヨークは、傭兵として働く覚悟をしたわ。両親から必要な剣術は習っていたから……とても心配だったから、最初はイッコマさんやユイナスちゃんと一緒に止めていた。でも……」

『でも?』

「男の意地だったのかしらね……今ではイッコマさんから立て替えて貰っていた三人分の養育費を完済しているのよ?」

『凄いですね』

「自慢の旦那様よ」


 イオナさんは外の分の洗濯物を干し終わると、腰に手をあてて首を回し肩を鳴らした。


「でもね、慣れてきたとはいえ今も心配……絶対に帰って来てくれると信じているけれど、一人になるといつも不安で押しつぶされそうなの……」

『イオナさん……』

「だからマモルくんが話し相手になってくれて助かってるわ」

『はい! 僕で良ければ、いくらでも!』

「ふふっ……ありがと」


 そこまで話すと垣根の向こうの砂利道に母娘連れがいる事に気がついた。

 女の子の方が不思議そうに僕らを見て指をさしてくる。

 そして、こう言い放った。


「ママー! あのオバちゃん大きな声で一人で喋っているよ!」

「しっ! 見ちゃいけません!」


 母親は女の子の手を強引に引くと、そそくさと砂利道の先へと逃げて行った。


 その様子を僕とイオナさんは、静かに見送る。


「マモルくん……」

『はい?』

「私って、おばさんに見える?」

『いいえ、ちっとも』

「マモルくん……」

『なんでしょう?』

「お家の中で、お喋りしよっか?」

『そうですね』


 僕らは、とぼとぼと自宅の中へと入った。

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