第2章 異世界の人妻の旅立ち
謎の問い掛け
ヨークさんが出かけてから二週間以上が過ぎていた。
その間、色々とあった。
ええ、ありましたとも……。
まずヨークさんが出掛けた晩に、お隣のモアさんの旦那さんが夜這いをかけてきた。
イオナさんはグッスリ眠っていたので、僕は彼女の身体を操る事ができた。
僕が相手をしたんだけどオークより簡単に倒せてしまった。
まぁ、普通の人間のオジさんだったからね。
倒した後もイオナさんは呑気に眠り続けていたんだけど、僕は起きていた。
モアさんの旦那さんは「目を閉じたまま無言で殴らないでくれえぇ!」とか、叫んでいたっけ……。
イオナさんが目を閉じていても、僕の視界とは無関係らしい。
……実は道具屋で目覚めてからの僕は、一睡もしていない。
眠らなくても大丈夫な身体になってしまった。
そもそも眠りたいという欲求すら起こらない。
イッコマさんの道具屋の棚で目覚めた時は、確かに直前まで眠っていた気がするのになあ。
それ以前の貞操帯としての記憶が無い事から僕は、あの時に初めて生まれ変わったのかも知れない。
その夜はモアさんの旦那さんを縄で縛ってからイオナさんを起こした。
イオナさんは、とても驚いて哀しそうにしていた。
『どうしましょうか?』
そう僕が対応を尋ねたら、彼女はモアさんの旦那さんの縄を解いて、二度と襲わないと誓約書を書かせ拇印を押させて、それを筒状に丸めて金庫に仕舞った。
最後に、どうしてこんな事をしたのかイオナさんが尋ねると、彼は夜ごと隣家から聞こえてくる彼女の喘ぎ声に悶々としていたこと、今夜は少し酔っ払っていたせいで、つい魔がさしたと答えた。
ヨークさんが留守にしている事も彼の背中を押す要因になったらしい。
喘ぎ声が聞こえた辺りの話を聞いていたイオナさんは、恥ずかしそうに顔を真っ赤にしていたが、僕は正直いって呆れた。
それなら昨夜の内に自分の奥さんの所に行けばいいじゃないか……と思って、イオナさんに代わりに尋ねて貰った。
けれど旦那さんの話だと、イオナさんの大きな喘ぎ声にもモアさんは目を覚まさず、今夜も早々にベッドに入ってしまい、彼が頬を軽く叩いて起こそうとしてもグースカ寝ていたそうだ。
本当かどうかは、分からないけどね。
今後の付き合いもあるから奥さんには黙っておくけれど、二度とこんな事はしないで、と旦那さんに約束させて、イオナさんは彼を日が昇る前に家に帰した。
その後も色々な男達が、色々な所から様々な方法でイオナさんの家に侵入しては、彼女を襲おうとした。
普通にお金を盗もうと侵入してきた奴もいたっけ……。
大抵が深夜で、イオナさんは眠っている時間帯なので、僕が代わりに全員を倒して捕まえていった。
そのおかげか、ここ最近は侵入を試みようとする不届者も、ぱったりと途絶えている。
侵入してきた連中の中でイオナさんが、街の治安を守る兵士さんに引き渡さず帰らせてしまった人達を中心に、ある噂が流れ始めていたからだ。
あの家にだけは侵入してはならない、と……。
彼女は今『眠りのイオナ』と呼ばれ、目を閉じて心眼で敵を撃退する拳法家として巷で恐れられている。
それを噂で聞いたイオナさんは「風評被害よっ!?」と、怒っていた。
僕としては彼女が襲われなくなった事は、とても助かっていた。
このまま何事もなくヨークさんが帰ってくれれば、僕の今回の御役目は大成功となる。
想像しただけで貞操帯としての喜びを感じられた。
そんな良い気分で迎えた本日は、快晴。
イオナさんは溜まった洗濯物を洗って庭に干している。
彼女は平日の昼間は、ほぼ街の中にあるレストランでウェイトレスとして働いている。
今日は貴重な休日だった。
ヨークさんが単身赴任で出張中だから、洗い物はイオナさんの分しか無いのだが、それでも放っておけば溜まっていく。
貴重だからこそマメに洗濯にあてる彼女は、偉いなぁと生意気にも思った。
「ふんふ、ふんふ、ふ〜ん」
イオナさんは鼻歌をしながら物干しロープに洗濯物を並べ掛けていく。
「ご機嫌だねぇ、イオナちゃん」
庭の垣根の向こう側にある砂利道から声がする。
イオナさんは視界を遮る白いシーツを捲ると、垣根に肘をついて寄りかかるイッコマさんが、微笑みながら手を振っていた。
「あら、イッコマさん。こんにちは」
彼女は朗らかな声で挨拶した。
「どうだい? この間、買ってくれたウチの商品の調子は?」
イオナさんは垣根のそばに近づくと腰に両手の甲をあてて、左右に半回転するようにクルックルッと往復させた。
「最高よ?」
「そりゃ良かった」
そう笑っていたイッコマさんが突然、神妙な面持ちで尋ねてくる。
「……その……なにか変わった事は無かったかい?」
その質問に僕は、ドキリとした。
イオナさんも多分そうだったに違いない。
「な、なにかって?」
彼女は上ずった声で尋ね返した。
「あ……いや、いいんだ。なにも、なければ……それで……」
イッコマさんは慌てて彼女に向けて両手を振った。
実はイオナさんとヨークさん以外の人達には、僕の存在が秘密にされている。
種明かしをしてしまうと、その事を知った暴漢に襲われた時に、イオナさんが窮地に陥ってしまうかも知れないからだ。
だからイッコマさんも自分の売った商品が、高付加価値のインテリジェンス・アイテムだったとは知らないでいる。
イッコマさんにバレると、何だかんだで返品交換や追加料金を要求されるかも知れないという理由もあるらしい。
僕、そんなに安く売られてたんだなあ……。
『イッコマさん、何が言いたいんでしょうね?』
「分からないわ……」
僕の問いかけに対して、イオナさんは小声で答えた。
僕の問いかけは、イッコマさんには聞こえない。
僕の声は話したい人達の頭の中でしか響かないので、こういう芸当が可能だ。
「ま、何かあったら俺にも教えてくれ。戻ってきたらヨークにも宜しくな?」
そう意味深な台詞を残しつつ、イッコマさんは去っていった。
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