能ある貞操帯
「インテリジェンス・アイテムか……初めて見るな」
ヨークさんは僕を見つめながら唸った。
……て、照れるなあ。
「インテリジェンス・アイテムって?」
イオナさんはヨークさんに質問をした。
ここはイオナさんの家。
つまりは旦那さんであるヨークさんが購入した一軒家。
新築庭付き一戸建ての大きな二階建て洋風建築物だ。
この世界に和風の家があるのか知らないけど……。
僕は二人と一緒に森の中から帰宅していた。
そう……。
薄々、勘付いてはいたけれど……ここは僕が人間でいた世界とは別の世界だ。
過去のヨーロッパにタイムスリップしたのかも?
そう考えていた時期が、僕にもありました。
でも、イオナさんみたいに尖った耳にオレンジ色の瞳をしている人や、あんな緑色の肌をしたオークみたいなモンスターが、僕の世界にはいなかった。
今更だけど、僕は違う世界の女性用の貞操帯として生まれ変わってしまったらしい。
そして今は二人の家のダイニングテーブルの上に置かれている。
僕の目の前にはイオナさん手製の鍋料理が並べられていた。
モアさんの自家菜園から、お裾分けしてもらった野菜なんかも入っている。
美味しそうな料理だったけれど、不思議と食欲はわかなかった。
人間でなくなってしまったせいだろうか?
まあ、食欲があったとしても口が無いから食べようが無いんだけどね。
席に着いて食事をしつつ、ヨークさんは僕を見つめてイオナさんの質問に答える。
「インテリジェンス・アイテムっていうのは、知性を持っているアイテム達の総称だよ。魂と言ってもいいかな? 生きているんだよ、僕たちと同じようにね」
「私達と同じ……」
イオナさんは感心するように僕を見つめてきた。
『でも、血の通った身体が無いですし、食欲もありませんよ?』
今度は僕がヨークさんに尋ねてみる。
「意識を保てるように器だけ用意される場合が、ほとんどだって……まあ、前に妹に聞いた話だと、そんな感じだ」
『妹さん……ですか?』
「ああ……この自由貿易都市国家に隣接する王国の王様の下で宮廷魔術師として働いているんだ」
ヨークさんは嬉しそうに自慢気に答えた。
「名前はユイナスって言うんだが……妹の話だと国宝の中には喋る剣もあるらしい。それも、別に口があるわけではないそうだ」
『僕と似ていますね』
「ああ……ただ分からんのは、普通そういうのって古代の魔術師が実験によって、アイテムに自らの魂を封じ込めた場合が、ほとんどの筈らしいんだが……」
『僕、生まれ変わりです』
「しかも、別世界の元人間の男だって? にわかには信じがたいな……」
帰宅する道すがら僕が、どうやってオークを気絶させたのか、どうやってイオナさんの身体を操ったのか、どこから来たのか、などをヨークさんには説明済みだった。
なぜ、イオナさんの身体を操れたのか?
そういう僕にも分からない部分は、正直に分からないと答えている。
「一度、妹の所に連れて行って診てもらった方がいいかも知れないな」
『それは、是非お願いします』
僕は死んで生まれ変わったのだから、元の世界に戻り元の人間として暮らす事は出来ないだろう。
しかし、自分が何故この世界で、こんな形で生まれ変わったのか?
知る事が出来るのなら、これほど獲得したい知識もない。
「でも、悪いが一ヶ月以上は待っていて貰えないか? 今度の戦の帰りにでも妹の所に寄って、向こうの都合を確認してくるから……」
『それは構いません。でも、この家で待っていても、いいんですか?』
「あ、ああ……まあ、待つだけなら俺は一向に構わないんだが……」
ヨークさんはイオナさんの顔を見る。
彼女は僕達の会話を食事をしながら黙って聞いていた。
「なに?」
「いや、新しい貞操帯を買ってきた方が、いいかな?」
「どうして?」
あっけらかんとした調子で答えるイオナさん。
ヨークさんは驚きを隠せない。
「どうしてって……彼は男なんだぞ?」
ヨークさんの手の平が、僕に向けられる。
「そうらしいわね」
「そうらしいって……穿くのに抵抗が無いのか?」
「さっきまで穿いてたし……拭き掃除してからテーブルに乗せたけど……それに、人間じゃないから間違いなんて起こらないわよ?」
「それは……そうかも知れないが……」
イオナさんは食器をテーブルの上に戻すと、僕を手に取って抱きかかえる。
「マモルくんは命の恩人だし、礼儀正しいし……それに良く見ると何だか可愛いわ」
そう言いながら僕を優しく撫でてくれた。
貞操帯が、可愛いって……。
ヨークさんは少しだけ膨れっ面をしながら不機嫌な顔つきになる。
「あまり他の男を君の肌に触れさせて欲しくないんだがな……」
「なあに? 嫉妬?」
クスクスとイオナさんは笑った。
「でもイッコマさんも、今から貞操帯を注文しても私のサイズだと一週間以上かかるって言っていたし……二つ目を買う予算の余裕は、今の所ないし……ね?」
イオナさんはヨークさんに向けて片目を瞑ってみせた。
「君が納得しているんだったら……仕方がないか……」
ヨークさんは苦笑いをすると、自分の方から折れる。
「明日あなたが出掛けた後で、たった一人で一ヶ月もの間お留守番だなんて寂しいもの……話し相手が出来て良かったわ」
「そうか……そうかも知れないな……」
二人で見つめあって微笑んだ。
ヨークさんは視線をイオナさんに抱えられた僕に移す。
「それじゃあマモルくん……妻と一緒に留守番を宜しく頼むよ」
『任せて下さい! 微力ながら、お手伝いさせていただきます』
僕は快活に、そう返事をした。
「……それじゃ二人、いや三人だけの壮行会の続きだ。イオナ、飲めないマモルくんには悪いけど、今日買った葡萄酒を持ってきてくれないか?」
「もう一本あけるの? 大丈夫なの?」
「大丈夫だよ。ちゃんと明日は自分で起きるからさ」
「そうじゃなくて……んもぅ、いいわよ」
イオナさんは僕をテーブルに戻すと、ふてくされたように席を立ち、キッチンのそばにある井戸へ向かおうとした。
そこには瓶に詰められた葡萄酒が、冷たい水で満たした桶に入れられ冷やされている。
オーク退治で報奨金を受け取ったヨークさんが、帰りにイオナさんに頼み込んで買ったものだ。
三本買ってモアさん夫婦に、野菜やイオナさんの行き先をヨークさんに知らせてくれた御礼として、一本プレゼントもしている。
少し遠いキッチンの方からイオナさんの大きな声がする。
「半分は私とマモルくんの手柄でもあるんですからね? 半分ちょうだいよ?」
「分かっているよ! さっきもあげただろ!?」
ヨークさんは楽しそうに大きな声で返事をした。
やがてキッチンの勝手口の扉が開く音、そして閉まる音がすると、少し酔っ払ったヨークさんが身を乗り出して真剣な表情で僕に顔を寄せてきた。
「妻の手前……ああは言ったが……」
なんだか険しく厳しい表情で僕を睨んでくる。
「もし、俺の可愛いい女房に手ぇなんか出してみろ? 純オリハルコン製だろうが何だろうが、みじん斬りにしてやるからな?」
ヨークさん……。
そもそも出す手を最初から持っていませんってば……。
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