初めまして
頭を揺さぶられ脳震盪を起こし、ゆっくりと仰向けに昏倒していくオーク。
僕は着地すると、すぐさま脱いだスカートを拾いに向かった。
その場で穿くと出口に向かうために、気を失って倒れているオークを迂回しようとする。
だがスカートを脱ぎ捨てた場所から、たった一歩踏み出した所で転倒してしまった。
なんとか姿勢を維持して立ち上がろうとしたが、座り込むのが精一杯だった。
手足が……鉛のように重かった。
やがて……。
「ふあああ〜ぁ……あ〜良く寝たぁ……」
……と、座ったまま大きく腕を伸ばしながら欠伸をして、イオナさんが目覚めた。
彼女が意識を取り戻したと同時に身体の支配権が、元の持ち主に戻ってしまったらしい。
「痛っ! あいたたたっ! なんで右手が痛いの!?」
彼女は僕が痛めてしまった自分の右手首をさする。
「……ふに?」
彼女はキョロキョロと辺りを見回した。
「ここ、どこ? なんで私、こんな所にいるの?」
イオナさんは顎に人差し指をあてて小首を傾げる。
「確か……森にキノコ狩りに出掛けて……」
段々と彼女の身体が小刻みに震え出す。
きっと顔は徐々に青くなっていってるに違いない。
「オークと出会って……それから……」
彼女は座ったままで首を後ろに回して振り返る。
その視界に森への入り口と、彼女との間に横たわるオークが入ってきた。
「ひっ!」
彼女は悲鳴をあげかけたが、ピクリとも動かないオークを見つめ直す。
「し、死んでいるの?」
いや……奴は、まだ生きていた。
胸の辺りが上下している。
呼吸をしている証拠だ。
先にトドメを刺しておくべきだった……。
イオナさん!
急いで、逃げてくださいっ!
いつ起きるか分からないオークに危険を感じた僕は、そう叫んだつもりだった。
だが彼女は何も反応を示さない。
くそっ!
頼むから僕の声が彼女に届いてくれ!
『イオナさんっ!』
「ひゃう! えっ!? えっ!? あっ、はい?」
届いた。
……なんでだー!?
いや、今は何故かなんて、どうでもいい!
『早く逃げて下さい!』
「えっ、えっ!? なにこれ? 直接、声が頭の中に響いてくる?」
彼女は明らかに混乱していた、
『オークは気絶しているだけです! 今すぐ森の中へ逃げて下さい!』
「君は誰? どこにいるの? どこから私達を見ているの?」
イオナさんの疑問は、もっともだった。
僕は答える、
『僕は貴女の貞操帯ですっ!』
「……」
深くて長い沈黙が訪れた。
彼女は、ゆっくり立ち上がると恐る恐るスカートを捲り上げる。
そして貞操帯を見つめた。
『こんにちは、イオナさん。いや、初めましてかな?』
僕は爽やかに挨拶をした。
彼女の顔が真っ青になる。
「いやああああああああっ! お化けえぇ〜!」
彼女は腰にある僕に両手をかけると、グイグイ押して脱ごうとした。
『待って!? 待って下さい! 鍵を開けなければ無理ですよっ!?』
彼女の手が、はたと止まる。
「そ、そうだ! 鍵! 鍵は!?」
イオナさんは自分の服の、ありとあらゆるポケットを調べ始める。
やがて、ある事に気が付いた。
「……お家の金庫の中だったあぁ〜!」
彼女は涙目になった。
『ね? ね? だから大人しく一度、お家に帰りましょ?』
「うん、分かった……」
『ああ、良かった……』
「……」
『……』
「なんで私、素直にお化けの言う事を聞いているの?」
……知りませんよ。
「……あれ、お化け君が倒してくれたの?」
彼女の視線に僕の視線を合わせるとオークが見えた。
『はい、イオナさんの身体を借りてですが……』
「……私の?」
『ええ、詳しい説明は後でしますから、とにかく今は一刻も早く……』
一足、遅かった。
オークが起き上がって四つん這いになり、頭を振り始める。
そのままの姿勢で、こちらを睨んだ。
閉じた左目からは血が溢れ、下顎が破壊された口はだらしなく開いている。
右目からは殺気が放たれていた。
「ひっ!」
イオナさんは恐怖を感じて、その場にへたり込んでしまう。
『立って! 立って逃げて下さい! 今なら間に合いますっ!』
「だめ……腰が抜けて……動けないよ……」
なんて事だっ!
せめて、気を失ってくれていれば……!
オークは立ち上がると様子を見ながら慎重に、こちらへと近付いてくる。
「や、やだ……こっちに来ないで……」
声を震わせながら、イオナさんは哀願した。
すぐそばまで来たオークは、言葉が分からないのか、無慈悲にも両手を合わせて握り拳を作る。
そして、それを頭上に高く掲げた。
……不味い!
あんなものを頭に向かって振り下ろされたら、ひとたまりも無い
『イオナさん! 僕の掛け声に合わせて頭を動かして避けてくださいっ!』
イオナさんは、がくがくと頷いた。
でも、どうする?
致命傷を避けたとしても何かしらのダメージは受けてしまう。
仮に、ダメージを受けた後でイオナさんが気絶してくれたとしても……。
戦う……逃げる力が残されているのか?
オークは片目でイオナさんを見下ろす。
見上げるイオナさんは、今どんな顔をしているのだろう?
「……助けて……」
絶望の掠れ声が、彼女の唇から漏れてくる。
僕はタイミングを慎重に計っていた。
やがて、オークは……。
両手で作った握り拳を上げたままで後ろへ仰向けに倒れた。
倒れたオークの向こうに両手で大きな剣を持った男性がいた。
鎧を身に纏った綺麗な金髪と青い目をした戦士。
剣の刃は血で濡れている。
倒れているオークの周囲に血溜まりが出来始めていた。
「大丈夫か、イオナ!?」
「……ヨーク、あなた……」
ヨーク?
イオナさんの旦那さんの名前だ。
……助けに来てくれたんだっ!
助かった!!
「モアさんに聞いて、帰りが遅いなと思って迎えに来てみれば……」
ヨークさんは僕らへと近づくと右手を差し出してきた。
「立てるか?」
イオナさんは小さく頷くと自分の左手をヨークさんの手に重ねる。
ヨークさんは彼女の手を強く握り締めると引き起こした。
そして、その無事だった身体を強く抱き締める。
「討伐が済んでいるからって、一人で入るのは危険だと言っただろう?」
「ご、こめんなさい……」
「本当に心配かけやがって……無事で良かった」
「う、うう……うわああああぁん!!」
ヨークさんは自分の腕の中で、しゃくり上げるように泣くイオナさんの頭を優しく撫でながら慰めた。
やがて、イオナさんが泣き止むのを待ってから、ヨークさんは彼女に質問をしてきた。
「あれは……お前がやったのか?」
「……あれって?」
ヨークさんはイオナさんを抱きしめたままでオークを顎で示す。
イオナさんは不思議そうな顔をして答える。
「あなたでしょ?」
「そうじゃない。あの左目と下顎の話だよ」
イオナさんは恐る恐るオークを見て、ヨークさんの言わんとする所を理解する。
「助けてくれた子が、いるみたいなの……」
「どこに? ……みたいって?」
意味が分からないといった表情のヨークさんから離れて、イオナさんはスカートの裾を両手で恥ずかしそうに持ち上げる。
「この子」
彼女の股間に着いている僕が、ヨークさんの視界に露わにされた。
『は、初めましてヨークさん! イオナさんの貞操帯をやらせて貰っています。マモルと申します』
ヨークさんは目が点になった。
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