代理闘争(逃走)
僕は前世の頃のように右手を動かそうとする。
すると、イオナさんの右手が動くのが見えた。
僕は瞬時に事態を把握すると、腰を前に出してオークから少しだけ離れた。
そして、勢いよく両腕を伸ばして、奴の鼻に向けて固いオリハルコン製の尻をぶつける。
オークは悲痛な叫び声をあげると、後ろへ仰け反った。
僕は両手で地面を押さえて両足で奴の顔面を思いっきり蹴った。
オークは耐え切れずに後ろ向きに倒れる。
僕は直ぐに起き上がると林道へ向かって走った。
しばらくすると後ろから草をかき分ける音が、こちらに向かって来るのが聞こえてくる。
オークも起き上がって、こちらを追いかけて来ているのだろう。
先程、棍棒が破壊されたとはいえ油断はできない。
奴が石か何かを拾って投げてくる可能性は、充分にある。
僕は振り返らずに木々を縫うようにジグザグに走った。
林道へと出ると素早く左右を確認する。
やはり、誰もいなかった。
右の奥は暗く、左は明るい。
帰るのであれば右だったが、左の方が早めに森から出られそうだ。
見通しの良い場所に出れば、誰かを見つけて助けを呼べるかも知れない。
僕は林道を左に向けて走った。
しかし、それは間違いだった。
森から出て直ぐに、僕は唖然とした。
その場所は陽の光に溢れていた。
しかし目の前は木が一本だけポツンと存在する崖になっていた。
急いで近づいて下を見るが、とても降りられそうもない角度と高さだ。
おまけに下には流れの速そうな川があった。
なんで、こんな場所にまで林道が続いているんだ!?
僕の疑問は向こう側を見て、あっさり解ける。
向こう側も崖になっていて、壊れた吊り橋がぶら下がっていたからだ。
よく見れば木のそばに立て看板が置かれてある。
字は読めないが、恐らく橋が壊れていて危険だから近づくなとでも書かれてあるのだろう。
そりゃ、この林道には誰も通り掛からないわけだ。
僕は、妙に冷静に納得した。
がさっ!
オークが森の中から、ゆっくりと現れた。
奴が現れた場所以外は、左右も崖になっていた。
まさしく僕は袋の鼠だ。
でも、諦めるわけにはいかない。
この身体は僕のものでは無く、イオナさんのものなのだ。
彼女に危害が加えられるような事が、あってはならない。
僕は覚悟を決めて深呼吸をすると、半身の構えをとった。
オークは邪悪な微笑みを携えたままで、ゆっくりと近づいてくる。
そして間合いに入ると右手を引いて殴りかかってきた。
その拳を避けつつ正拳突きをカウンターで奴の鼻に打ち込む。
大きな叫び声をあげて後退し、地面に片膝を着くオーク。
今の一撃は有効だったが、たったの一回で拳を痛めてしまった。
僕は女性の身体の脆さを痛感する。
ならばっ!
畳み掛けるようにオークのこめかみへ、後ろ回し蹴りでかかとを当てる。
大きな図体が横向きに倒れた。
気を失ってくれ!
そう祈ったが、奴は頭を振りながら立ち上がる。
そして、こちらを睨みつつ、間合いへ迂闊に踏み込んでくるのを止めた。
やはり昔の自分の身体とは勝手が違う。
一撃が軽過ぎる……。
立ち上がった奴の顔面の高さでは、もう正拳突きどころか回し蹴りも届かない。
一度だけフェイントで金的を蹴る動作をするが、オークは直ぐに自分の股間を守るように反応した。
やはり、向こうも分かりやすい急所への一撃は警戒しているようだ。
……イオナさん、ごめんなさい。
僕は足技を繰り出しやすいようにスカートを脱いだ。
オークは少しだけニヤけたが、直ぐにこちらの攻撃に備える厳しい表情に切り替わる。
……立ったままで届かないならっ!
僕は走ってジャンプすると、オークの高い位置にある頭に向かって、飛び後ろ回し蹴りを浴びせようとした。
イオナさんの身体を使った打撃は軽かったが、跳躍力は常人のそれを超えていた。
きっと、身体能力自体は僕がいた世界の人間の女性を遥かに凌駕しているのだろう。
届く!
いける!
しかし、無情にも蹴り足は易々とオークに掴まれてしまった。
奴は、そのまま僕を振り回すと崖に向かって投げつける。
僕は身体を捻って猫のようにバランスを取りながら、なんとか崖の手前で着地した。
危なかった。
イオナさんの身体能力がなければ、こんな着地は無理だった。
それに、もし足首を掴まれたままで地面に叩きつけられていたら……。
背筋が寒くなった。
何か……何か、手は無いか?
一撃の軽さを補う手段が……。
僕は懸命に考えた。
そして、ある事に気がつく。
一か八かだけど、やるしかないっ!
僕はオークに向かって突進した。
奴は慎重に待ち構える。
蹴り技で金的攻撃を仕掛ける。
オークは両手を交差させて股間を守った。
奴の頭が少しだけ下がる。
僕はフェイントの金的攻撃を止めて、目潰し攻撃に切り替えた。
しかし、イオナさんの小さな右手で人差し指と中指を開き、同時に両目を貫く事は困難だった。
僕は二つの指を揃え奴の左目を確実に潰した。
押さえた左目から血を流しながら痛みと怒りの咆哮をあげるオーク。
僕は奴から離れると崖に向かって転進し走った。
怒ったオークは僕に向かって突進してくる。
僕は木に向かって必死に走った。
オークは、奴自身が怒りに任せて突っ込んで来たら、僕が木にぶつけるか崖から落とすつもりだと考えたのか、直前で立ち止まった。
あの位置なら届く!
僕は足を使って木を駆け登った。
そして太い枝に両足を着けて膝を曲げ、勢いよく高くジャンプする。
身体を捻りつつオークに向かって放物線を描きながら落下していった。
オークは僕に視線を向けたようだが、太陽が眩し過ぎて目を細めている。
また、片目が潰されているせいで距離感も掴めていない様子だ。
棒立ちになっているオークの一点に向けて、僕は飛び蹴りを放った。
ぐしゃ……。
僕の蹴り出したかかとが、オークの顎の骨を確実に砕いた感触がした。
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