願いは叶う
イオナさんは外に出たらしいんだけど、僕には周りの様子が分からない。
なぜなら、僕にはスカートの内側しか見えていないからだ。
視線を下に向けると、靴を履いた彼女の足と石畳で舗装された路面が流れていくのが見える。
だから、ここは外で間違いなさそうなんだけど……。
周りの景色が見たいなあ……。
そう思った瞬間、僕の目に海外のような街並みが映った。
黒寄りの灰色をした三角に尖った屋根を持つ建物が、あちらこちらに建てられていた。
三階建てやら、四階建て、壁の色はクリームやら水色やら赤茶色など様々で美しい。
窓にはバルコニーがあり、色々な花が競うように飾られていて、まるで街全体がフラワーガーデンのようだった。
うわー、うわー、願ってみるものだなぁ……。
でも、この視界……何か変だぞ?
僕は視線を下に落とした。
そこには見覚えのある大きさの胸の谷間が見えた。
こ、これは……!?
イオナさんのおっぱい、じゃないか!?
彼女の視線を僕が視界ジャックしている!?
でも、それにしては……イオナさんは何の躊躇いもなく前に進んで歩いている。
どうやら彼女と同じ位置から見えるだけになったらしい……。
まあ、これはこれでいいか。
僕は速度の遅いタクシーにでも乗った気分に浸りつつ、周りの風景を堪能した。
するとイオナさんの進行方向で立ち止まって手を振ってくる、彼女より年配の御婦人が見えてきた。
「お隣さんだわ」
まだ少しだけ遠くにいる婦人に気が付いたイオナさんが、嬉しそうに呟いた。
「こんにちは、モアさん!」
「こんにちはイオナちゃん……どこかへ、お出かけ?」
「はい、森へキノコを狩りに行くつもりです」
イオナさんの外出目的が分かった。
なるほど、少し大きな手提げのバスケットに厚手の白い手袋、妙な形をした見慣れないナイフを入れて持って来たのは、その為か……。
僕の鍵は持ってこなくて良かったのかな?
クローゼットのある部屋の隅で固定されたダイヤル式の金庫の中に仕舞っていたけれど……。
モアさんは少し驚いた表情してイオナさんに尋ねる。
「街の外に出るの? 危ないわよ?」
「大丈夫ですよ。深くまでは行きませんし、危険なモンスターは討伐が済んでいるって、亭主が言ってましたから……」
「そういえば、ヨークさんは?」
「彼なら今日は隊商の護衛の仕事です。夕方くらいには家に帰ってくると思うんですけど……」
モアさんは声をひそめてイオナさんに尋ねてくる。
「……やっぱり戦争には行かれるの?」
「ええ……明日からなんですけど、一ヶ月くらい」
「大変ねえ」
「でも彼にとって、それが一番稼ぎの良い仕事ですから……まだ、買ったばかりの家のローンだって残ってますし、子供だって欲しいから頑張って貰わないと……」
「一戸建てですもんね。若いのに思い切った事をするわぁ」
モアさんは感心していた。
「それで今夜は美味しいものを食べて貰って、元気を出して行って欲しいなって、思って……」
「でも森の中だなんて心配だわぁ……お店で買うわけにはいかないの?」
「お肉は、そうしようと思います。野菜は庭の自家菜園で何とか……でも、せっかくだから何か一つ加えたいけど、節約もしたくって……」
「偉いわねえ……後で帰りに私の家に寄って? 野菜なら私の自家菜園から好きなものをあげるから」
「本当ですか!? ありがとうございます!」
イオナさんの元気な返事を聞き、モアさんの優しい微笑みを見ながら、僕は穏やかな良い気分に包まれた。
やがてイオナさんは、モアさんに手を振りながら街の外へと通じる門へ向かう。
手を振り返しながら遠くなっていくモアさんを見ながら僕は、後ろを見ながら前に進むのって面白いな、とか呑気な事を考えていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます