パンツ? いいえ、貞操帯です。
なんで僕がパンツなんかに?
そう思って僕は鏡を、もう一度だけ見た。
鏡の中の金属製のパンツには目が付いている様には見えない。
しかし僕は、こうして自分の姿を確認できた。
不思議だなぁ……。
少しだけ自分の身体が下がる感覚がすると、今度は女性の顔が見えた。
とても綺麗な女性だった。
亜麻色の髪によるフラッフィーボブ。
オランジュ・タンゴの瞳。
外国人だろうか?
日本語を喋っていた気がするけど……。
でも、よく見ると彼女は少しだけ耳が尖っていた。
人間じゃない?
僕はテーブルの上に置かれたような感覚を得た。
女性は椅子を下げて立ち上がると、僕を再び手に取った。
「それじゃ借りるわね?」
女性はそう言うと、僕を持ったまま何処かへ行こうとする。
テーブルの向かいに禿げていて白い髭を生やした初老の男性が見えた。
彼は手を振って彼女に答える。
「ごゆっくり〜」
やがてカーテンが開かれる音がすると、女性は僕を持ったままで狭い部屋の中に入った。
そしてカーテンを閉める。
どうやら、ここが試着室の中らしい。
ん?
試着って……まさか!?
僕は小部屋の床の上に置かれる。
女性の細くて綺麗な足首が見えた。
上の方からカチャカチヤとベルトを外すような音が聞こえてきた。
ふぁさっと、スカートが降りてくる。
僕は恐る恐る視線を上へと向けた。
シミひとつない膝の裏や太腿の先に純白の下着が見えた。
さっき見た、あどけない顔の持ち主とは思えない程の豊かなヒップライン。
「試着だし、下着の上からでいいか」
彼女は片手を床に伸ばして僕を取る。
そして両手で持ち直した。
僕の後ろに彼女。
そして前には大きな姿見があった。
彼女は片足の膝を上向きに曲げて、僕の中に脚を通そうとする。
ちょっ!?
ちょっと、待ってくださあぁーいっ!
彼女の動きが止まった。
「……イッコマさん、何か言った?」
「うーん? 何も言ってねぇよ?」
先程の、ごゆっくり〜と同じ声で返事がした。
あの初老のおじさんの名前は、イッコマと言うらしい。
イッコマさんの返事の内容に、彼女は首をかしげる。
しかし、それも束の間で再び僕を穿こうとした。
ま、待って、待ってくださいってば!
今度は彼女に聞こえなかったらしい。
僕は、そのまま彼女に穿かれてしまった。
内側から暖かくて柔らかい皮膚の感触に押される。
その瞬間、僕は謎の幸福感に襲われた。
女性の生身に触れる時の悦びはもちろん、それとは別の何かこう……自分の存在意義を刺激されるような精神的な満足感。
そうか……。
これがパンツとしての幸せな気持ちなんだ。
僕は、そう理解した。
姿見の中の彼女が、僕を穿いたまま腰に両手をあてて左右に身体を半回転ほど往復させた。
「すごく軽いね、これ。着けているのを忘れられるくらい」
「だろ?」
感心したような彼女の言葉にカーテンの向こうのテーブルから得意気な返事をしてくるイッコマさん。
「おまけにフィット感も悪くないわ」
「まあイオナちゃんのデカ尻に合うのは、今のところウチでは、それしか無いからな」
「……デカ尻は余計よ?」
そうか……この女の人の名前は、イオナさんっ言うんだ。
僕は不機嫌そうな表情のイオナさんを見ながら確認した。
「わりぃ、わりぃ。で、どうするよ? それでダメならサイズに合わせて発注して貰うしかないけど?」
「それだと何日くらい、かかりそう?」
「一週間以上かなあ?」
「それじゃヨークが出兵するのに間に合いそうもないわね」
ヨーク?
出兵?
「なんだ? また戦争かい?」
「ええ……」
「か弱い新妻を放ったらかしとは、傭兵稼業も楽じゃねぇな」
「まあ……俺は剣を振って稼ぐしか能が無い……って感じの人だからね」
どうやらイオナさんは、そのヨークって人と結婚したばかりらしい。
「長くなるのかい?」
「うん……少なくとも一ヶ月以上は向こうにいる事になるだろうって……」
イオナさんは落ち込んだ顔をして寂しそうな声を出した。
「それで貞操帯か……」
「うん……もちろん彼は私を信じているから、そんなものを着ける必要は無いって言うんだけど……」
「イオナちゃんは別嬪さんで目立つからなあ……狙っている男は、それなりにいるだろうよ」
「やだなあ。褒めても何も出ないわよ?」
まんざらでも無さそうに、イオナさんは頬を赤らめて笑った。
でも、直ぐにまた暗い表情に戻る。
「だから……自分の意思じゃなくても……」
「何かあってからじゃ遅いもんな」
……。
……えっ?
貞操帯って?
僕、パンツじゃ無かったの?
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