デスゲーム

@ns_ky_20151225

デスゲーム

『その女は惜しいことをした。八つ裂きにしてやったが、魂は取れなかった。一応は信心があるようだな』


 調整室のモニターの中で、角の生えた赤黒い顔がさほど惜しがってもいないように言う。ADの遺体には誰かがシートをかけたが、血は床にこぼれ、その他のものがはみでて見えていた。臭いもひどい。


「何がしたいって?」

 ここまで凄惨だとかえって冷静になった。いや、感情を失うほど振り切れてしまったのか。自分は結構やばいぎりぎりの崖っぷちにいるのかもしれない


『ふん、もう一度言ってやる。その“デスゲーム”とやらを行え。ただし、わしがリアリティあるものにしてやるがな』

 角の男は番組台本をかざした。“クイズとデスゲームを組み合わせたバラエティ番組。高校生たちがクイズで競い、負ければ脱落。デスゲームと称する厳しい罰ゲームを受ける”という新鮮味あふれる内容だ。

 その台本をどうやって手に入れたかは分からない。しかし、“デスゲーム”という言葉がいたくお気に召してこの世に現れたと言った。


『わしはゲームが好きだ。特に負けた者の魂が好きだ。お前らなど殺し尽くすのは容易いが、それでは当たり前すぎてつまらん。勝てるかもと思っている相手を叩き潰す。最高だ』


「なにか勘違いをしているようだが、これは番組だ。楽しいショーだ。だからすべてを元に戻し、帰ってくれないか。我々にかまうな」

 若者のようであり、年寄りのようでもある男は嘲笑った。

『よし、じゃあそれを賭けよう。台本通りクイズを行い、だれも脱落しなかったらおまえの勝ち。その願いを聞いてやろう。わしが現れる前まで時間を戻してなにもなかったことにしてやる。もちろん記憶は残らない。それに加え、二度とお前らには関わらない』

「脱落者がでたら?」

『デスゲームを言葉通りに実行する。わしは苦痛に満ちた若い魂を手に入れる。ま、お前ら大人はどうもしないでおいてやる。その事実を背負って勝手に苦しめ』

 首を振って続ける。

『無駄だ。この調整室は閉鎖した。外へは出られないし、通信もできない。できるのは現場への指示だけだ。また、私と話ができるのはお前だけにする。一番のマイクを使え。他のがごちゃごちゃ言ってくるとうるさい。その元ADみたいなのが祈りとか唱えてくると面倒くさいからな』

「約束を守る保障は?」

『これはゲーム、美しき賭けだ。だからそのあたりのルールは守る。出場者など現場には干渉しない。お前らも通常の指示以外するな。したら即負けとするぞ』


 周囲のスタッフが私を見ている。おびえ、泣き、青白い顔ばかりだ。彼らを見ているうちに、私の心は決まった。


「よし、受けてやる」

 周りを見回す。

「収録を始めろ」

 角の男が赤黒い顔いっぱいに大口を開いて笑った。皆私がおかしくなったとでも言うような顔をしている。そうかも知れない。この部屋で最も狂っているのは私だろう。

 でも、他に何ができる?


 現場では若手のお笑いタレントが司会を始めた。このネット番組の予算で連れてこられる中では世間に名の通ったほうだ。しかし、私は知名度より彼女のトークに注目していた。大手が見つける前に掘り出せたことを内心誇っていた。

 でも、もうそういうのはいい。私は一番マイクを切り、現場に指示を飛ばした。


「スポンサーの御意向だ。提供商品は全部配りたい。それに今日は初回だし、祝儀で脱落者無しにする。そのつもりで頼むぞ」

「どういうことです? 打ち合わせと違いますよ。デスゲームの準備が……」

「ごちゃごちゃ言うな。それは次回からだ。急にそういう命令が来たんだ。細かいところはこっちから指示飛ばす。よろしく」

 事情を知らない現場から不満そうな声が上がってきたが、収録を続けさせた。司会が出場者を紹介し、軽くいじっている。


 一問目が読み上げられた。公務員試験などによくある論理的思考能力を試すやつで、帽子の色をあてるタイプの問題だった。これは学生ならむしろ楽勝だろう。


 そう思ったが、念の為全員の答えを覗くと、間抜けが一人いた。現場に指示を出す。

「おい、こいつ、教えてやれ」

「えっ」

「え、じゃない。言っただろ。全問正解。商品じゃんじゃん出すって」

「それじゃ、やらせですよ」

「そうだよ、やらせだよ。おまえ何年仕事してんだ。まさかやらせがいけないって思ってんのか。やれ」


 間抜けがさらに間抜けな顔をする。素人だから仕方がない。解答者席の画面にいきなり答えが映ったら驚くだろうなと思った。


「すばらしい。さすが現役の学生さんたちですね。一問目は全員正解! 商品は……」


 二問目以降最終問題直前までは早押しで総合正解数を争う。駄洒落ではないが、そこは調整室で調整しきった。


「すごーい! 全員同点! 脱落者なし! デスゲームの準備が無駄になりそうでーす」


 モニターで角の男が手振りをしている。一番マイクのスイッチを入れろということらしい。


「何だ? 本番中だぞ」

『何だとはこっちの言うことだ。この展開は何だ? なぜ誰も脱落しない?』

「知るか。と言うか、こっちの見通しが甘かった。問題は思考能力を試すパズル系を多くしたが、最近の子には読み切られてたみたいだな」

『とにかく脱落者が決まるようなのにしろ。早押しで一発とかあるだろ』

「無理言うな。今更変えられるか。それに台本通り進行が賭けの条件だろ」

 そう言うと睨みつけてきた。

『お前も八つ裂きにするぞ』

「できるものならやってみろ。賭けの途中で降りるんならそっちの負けだ。こっちは死んだって勝てるんならいいさ」

 はったりをかますと黙り込んだ。

「もういいか。収録がある」

 そう言って返事を待たずにスイッチを切った。


 最終問題が読み上げられた。これだけ作家に依頼して作ってもらった番組オリジナルの問題で、対策はできないというふれこみだった。作者が事前に広まってしまうのを嫌がったため、台本には答えの記載はなく、私にしか知らされていない。

 本来ならこれが決勝になる問題だった。案の定ほとんど全員が頭をひねり、まともな答えは書けていない。正答できているのは当初の予想通り少数だった。


 そこで指示を送ろうとして気づいた。雑音しか聞こえてこない。


 赤黒い顔が角まで届くような舌なめずりをしている。だめ、と言うように、人差し指を振っている。


 その瞬間、全員がはっとした様子になり、答えが書き込まれていった。司会者の合図で同時に発表する。


 大きく息をついた。現場はプロだった。こっちからの連絡が無くてもやり通してくれた。“やらせをしろ”という指示をきちんと実行してくれた。何とかして正答者の解答を他へ伝えたのだろう。

 深く座り直し、こちらを見ている角の男をまっすぐ見た。一番マイクのスイッチを入れる。


「終わったぞ」

『ずるをしたな。やっと分かった』

「いや、ずるはしてない。他ならともかく、ここはバラエティ番組作ってるんだ。やらせも番組の内だ」

『そんな馬鹿な』

「馬鹿じゃない。視聴者だって分かって楽しんでるんだ。野暮なこと言うな。さ、負けを認めろ」


‐‐‐‐‐‐


「十分前です」

「おう」

 時間を告げてきたADに返事をする。その時、横からつぶやくような声が聞こえてきた。

「何?」

「あ、ごめんなさい。ちょっとお祈りを」

「お祈り?」

「収録前に唱えるんです。落ち着くんですよ。それに、お祈りすると仕事がうまくいくんです」

「へえ、そういうもんかね。ま、祈りたい気分なのは分かる。新番組だし。じゃ、始めよう」


 私は収録準備完了を確認した。きっとうまく行くさ。


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