8話 来訪者


 「助けてくれー!!」

 「誰かうちの子見ませんでしたかー!!」

 「痛いよー!!」

 「ママー! どこいったのー! えーーん! 」


 民家からは火の手が上がり道路には大きな穴がそこらじゅうに空き、街の至る所から住人達の叫び声が聞こえてくる……

 

 「どうしてこうなった……」


 暗くなった街を炎の明かりが照らしていくのを、頭部と左腕が無くなり倒れたウォーリアーの膝の上でうなだれながら呟く。

 俺は拳を強く握りしめながら、今朝からの出来事を思い出していく。


 それは、午前8時を過ぎた頃だった……


____________________


 


「カナデー 調子はどうー?」


 メルが俺の乗るウォーリアーの肩に乗り話しかけてくる。


「昨日から調子は絶好調だよ。カルメンさんのおかげで随分と楽させてもらっているし。メルがカルメンさんと知り合いでよかったよ。ありがとう」


 神姫が3人も居ることで帝国からの攻撃も問題なく捌けていて、チームのメンバーの気持ちも随分と楽そうだった。

 しかし、カルメンさんとの衝突があったため、カインの部隊の半数が動けない状態でもあった。

 ヴァーミル王国に着いて3日目になる今日、整備班からの話ではお昼過ぎには修繕が完了し出撃可能になるとのことだ。


「いやー、私は何もしてないから。お礼は師匠に言ってー」


「そうか。わかった、夕飯の時にでも改めてお礼を言うよ」


「じゃあ、軽く偵察してくるね。いってきまーす!!」


「おう。気をつけてな」


 きりもみ飛行をしながら見えなくなっていくメルを見送りながら、今回の任務に関するファイルを見る。


 ヴァーミル王国は山間にあり、帝国と共和国それぞれから同程度の距離をもつ。

 国が鉱山を持っているので、そこから採掘される各種鉱物を利用した鉱工業が盛んであるようだ。

 近年、技術力の向上と戦争の気配をいち早く察知。その結果、ARMEDの武器や歩兵用の重火器等の開発製造販売が発展し一大国家へとなる。


 そんな中、貿易に関して中立を保ってきた王国に交渉を持ちかけて来たのが、ガイアクル帝国だった。

 ヴァーミル王国の立地条件が、共和国側へ攻め入るのにも有効であり、国事態が補給庫のような物になると考えたのだろう。


 しかし、交渉は決裂。


 結果、ガイアクル帝国側は強攻策に出ることとなり宣戦布告。

 ヴァーミル王国は一番近隣の強国であるエリアリウス共和国へと救援要請を送り、それを共和国側が承諾。

 そして俺たちの部隊が派遣されることになったのが、今回の大まかな流れだった。


「帝国は随分と喧嘩っぱやい事だ。中立国を攻める事へのデメリットは考えて無かったのか、それともデメリットを考えなくても良いほどのモノがあの国にあるのか……」


 資料を捲りながら、独り言を呟く。

 今日も快晴だ。視界には木々の緑と岩肌が斑にあり不思議な景色だった。

 少し離れた山々は白く雪化粧をしていて、アルプスを思い出させる風景をしている。


「綺麗な景色だ。今が戦争中だなんて思えないな……」


「どうした。カナデのクセに何黄昏れてんだよ」


「あぁ、カルカルか。広大な景色を見てたら色々と考えてた自分がちっぽけだったなーって、カナデのクセにってなんだよ」


 一緒に周辺の警戒に当たっている、日本人風の塩顔をしているカルカルが茶化してきた。

 始めて見た時は驚いたが、この世界が何処なのか。名前にも日本名みたいなモノがあったりで不思議ではあったが、さすがにストレートには聞けなかった。


「前のお前は、いつも人の真ん中にいて場を盛り上げたりしてたんだよ。今は端っこで澄ましてるときた。女共は澄ましてる姿もかっこいいってはしゃいでるわ」


 笑いながら俺の隣で警戒している。

 仕事はしっかりやるタイプの様だ。


「記憶が無いって不便だな」


 素直に思った事を口にする。


「そりゃあな。好きだった女を忘れるのは辛いわな」


「お前は口を開いたら、すぐ女女いうのな。そういう男はモテないぞ」


「ははっ。別にモテなくてもいいさ。いつ死ぬか分からない身だ。女房や子供を残して死ぬくらいなら、独り身でいいわ……」


 急に言葉のトーンが落ちて暗い雰囲気になってしまった。

 カルカルは過去に何かあったのだろうか。

 そんなことを思いながらも質問することは出来ず、気まずい沈黙が流れていった。



「カナデ様ー! こちらにいらしたのですね。城の中を探し回りましたのよ。

 貴方様を丁重に持て成すように伝えたのに……客室に向かったら誰も居ないんですもの驚きましたわよ!」


 この国の第2王女様のマリアンヌの声だ。

 しかし、以前会ったときに比べて、体型がぽっちゃりしている気がする……


「…………申し訳ありません姫。私にはもったいない部屋だったのと、任務の方がありましたので……」


 プラス10㎏ですまない位の見た目の増量具合に動揺したが顔に出さないよう気をつける。

 それに、お姫様のお気に入りだとしても、俺は軍人だ。失礼の無い対応もしなければならないし、任務のためにここに来ている。いつまでもお茶を飲んでいる訳にはいかないのだ。


「そんな遠慮することありませんわよ。私の方から隊長さんには伝えておりますのに」


「お心遣いありがとうございます。しかし、今国のピンチなので……姫とは世界が平和になってから色々とお話出来たらと思っておりますので」


 無難に答えたつもりだが、王族となんて話したことなんて無い俺は脇汗を大量に流しながら受け答えをしていったのであった。


「そうですか……それでは、頑張って任務を終わらせないとですわね! このマリアンヌ、大活躍してみせますわ! それではごきげんよう」


 マリアンヌは鼻息荒くそう告げると、ドレス姿のまま空を飛んでいった。


「この世界の女って空飛ぶのが好きなんだな……」


「それは違うぞカナデ。あいつら神姫が好きなだけだ。普通の女の子は生身で空は飛ばない」


「それもそうか」


 冗談を交わしながら空を飛んでいくマリアンヌを眺めていると。



「すいませーん!! ヴァーミル王国って、この近くっスかねー?!」


 突然女の子の大声が下の方から声がしてきたのでモニターで確認すると、そこには白のTシャツにホットパンツを履いた黒髪のおかっぱな子供がこちらを見上げて手を振っていた。


「どうしたお嬢ちゃん。ヴァーミル王国はこの先だがまだ時間はかかるぞ。道にでも迷ったのかー?」


 尋ねられたカルカルが受け答えをする。


「そうなんっスよー! 兄貴と一緒だったんっスけど、はぐれちゃってー!

 ヴァーミル王国が目的地だったから、先に向かっちゃおうかなーって。いつも兄貴は迷子になるんっスよー。全く頼りにならない兄貴ッス。

 親切なお兄さん方ありがとうっスー」


「なぁに、気にするなー。ただ、今は帝国と緊張状態にあるから、戦闘に巻き込まれないように気をつけるんだぞ」


「忠告ありがとうっス! 足は速いから、いざとなったら見つからないよう走って逃げるッス! じゃあ!」


 女の子は兄の愚痴を言って満足したのか、俺たちの横を通りヴァーミル王国の方へと歩いていったのであった。


「なぁ、カルカル」


「どうしたよ」


「こんな山ん中をあんな服装で歩き回るって普通なのか? 靴はしっかりした物を履いていたけれど……」


「んー、兄貴がいるって言ってたし、何かしら乗り物を使って来てるんじゃ無いか? 国まですぐそこだし、そこまで心配することも無いだろ」


 それにしたって何かがおかしい。


「スマン、カルカル。ちょっとさっきの女の子が気になる。追いかけてくるから、見張り頼んだ!」


 モヤモヤした違和感を拭えない俺は、持ち場をカルカルに任せてさっきの女の子の追跡を始める。


「ちょっとまて! 単独行動は禁止だろ!」


「大丈夫だ! メルに護衛に付いて貰うよう通信する! ここにも代わりの人員を送るよう伝えておく!」


 カルカルが止めるが、それに構わずウォーリアーを走らせる。

 偵察の為周囲に木々が茂っている場所を選んだせいで、つい数刻前会話したはずの女の子の姿は見あたらなかった。


「そうだ、レーダーで追えばいいじゃないか」


 手元のパネルを操作し、周囲の人間を索敵する。

 しかし周囲2㎞をレーダーで検索したにも関わらず、女の子と思わしき反応は無かった……


「イヤイヤイヤ、おかしいだろ! まだ5分くらいしか経っていないはずだ。子供の足ではそこまで遠くには行けないはずだ。

 でも、レーダーに反応がないって……」


 先ほどの少女はお化けか物の怪の部類か?

 カルカルと2人で化かされた?

 変な感覚に陥るが、この世界はメカの世界だ。他に原因があるかもしれない。


 「くそっ。深追いする前に本部に連絡しないと……」


 もし、万が一先ほどの少女がスパイ等だとしたら反撃があるかもしれない。

 そんな事を考えながら、作戦本部に通信をつなげる。


「こちらB地点担当カナデ・アイハラ。先ほど戦時中にしては違和感のある子供と遭遇。

 2㎞圏内をレーダーで索敵したのですが反応無し。万が一に備え捜索します。

 B地点に、応援の人員をお願いします。俺はメルと合流し捜索を続けます」


 ざっと状況を説明し、応援とメルと合流することを伝え通信を切ろうとする。


「待ってください! 敵の襲撃等の連絡はありません。待機地点まで戻って任務に就いてください!」


「すいません! それは出来ません! なんでこんな山の中に、街中で見るような子供が居るんですか!! 絶対おかしいですよ! 処分は後で受けます。今は追跡をさせてください!」


 無理を言っているのは分かっている。でもここで追いかけなければ後悔するだろう。俺の直感がそう告げている。


「分かりました……対象を確認したら報告をお願いします」


「っ……! ありがとうございます!」


 許可が出なくても向かうつもりだったが、OKが出た。

 これで心置きなく動くことが出来る!!


「メルに連絡だな……」


ピピピピ

ピピピピ

ピピピピ


 通信が繋がらない。


ピピピピ

ピピピピ

ピピピピ


 おかしい。いつもならワンコールで出るはずなのに、何かがおかしい。


「くそっ! あっちでも何かあったのか……!!」


ピピピピ

 メルから折り返しの通信が入ってきた。


「メル大丈夫か!」


「ちょっとヤバい……! 何なのコイツ……!!」


 緊迫した空気がメルの通信から伝わってくる。


ゴーーーッ!!


 メルとの通信から轟音が聞こえて来た。


「大丈夫か!! 敵なのか!?」


「攻撃してきたからっ! 敵だよね……!! 今手が離せないから後で……!!」


 ブツッ。


 メルとの通信が切れる。

 どうやら戦闘が起きているようだった。先ほどの少女と言い何かおかしい。


「マリアンヌなら繋がるか?!」


 メルより後に飛び立ったお姫様を思い出し通信を試みる、


 ピ


「こちら愛しのマリアンヌですわ! カナデ様何かありましたか?」


「早っ……。今どこに居る? 至急俺と合流して欲しい。どうやら、敵襲だ」


「っ……! 分かりましたわ! 少々お待ちを……!!」


 そう告げて通信が切れると、俺は作戦本部へ報告を入れる事にした。


「こちらカナデ・アイハラ。メルに通信したところ会敵した模様。どうやらステルス装備で警備網の突破を試みたようです。

 こちらも敵と思わしき少女を発見し次第捕獲します!」


「了解しました。レーダーに反応が無い相手です。油断せず行動をお願いします。メルの方には援軍をすぐ送ります。

 カナデさんの方にもカルカル含め救援を向かわせます」


「ありがとうございます!」


 まさかこんな形で闘いが始まろうとは誰も思っていなかっただろう……

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