3話 お姫様


「いい加減にしなさぁぁぁぁい!!」


 少女の雄叫びと共に戦域全体に銃弾の雨が降り注ぐ。

 レーダーに白マーカーが反対方向上空から急接近してくるのを確認した。


「させません!! 」


 小隊最後の1人。小柄で緑髪ウルフカットの少年、オールが『対神姫用防御シールド』を展開する。


 彼が乗るのは、人型支援機【パッカー】

 リュックサックの様な大型のバックパックを装備した、味方の支援を主とした機体だ。

 その装備は戦況に合わせて様々なカスタマイズすることが出来る。


「みんな! シールド内へ!! 」


「了解!!」


 オールの下へ集合するライアンとミラ。

 レーザーバリアの様なドーム型シールドを展開し、上空からの攻撃を受け止める。


「そんなもの、私の銃弾の前では無駄ですわ! 」


「クッソ!! なんて物量なんだよ!! 」


 敵神姫の圧倒的な攻撃力を前に、対神姫用に開発されたシールドにも関わらずヒビが入ってきている。


「貴方達!! 下民風情が我臣民に何をしてくれるのですか!!!! さっきの小娘と言い、ふざけるのも大概にしなさい!! 」


 俺は手元のパネルを操作し、敵の神姫を拡大ズームする。


「な!? なんだ、あのフリフリのドレスは……」


 そう、敵である神姫の装備は、物語でよく見るお姫様が着る様な紫と黒で彩られたドレスだったのである。

 そしてその両腕には、薄紫の縦ロールの髪型にはそぐわない、特大なガトリングガンが装着されていて、その銃口からは硝煙が立ち上っていた。


「こ、この声は、カナデ様ではありませんか?! どちらにいらして!? 」


 俺の声に反応し、それと同時に銃弾の雨も止む。


「なんとか耐えられました……」


「ありがとうオール。しかし、俺の事を探しているのか? でも一体何で? 」


 安堵するオールを気遣いながらも、みんなから遠い位置にいるのをキープしつつ、警戒を緩めずに迎撃態勢を取っておく。


「それは、あなた様を迎えに参りましたのよ!! 愛しのカナデ様!! あなた様がこの付近に来ていると情報がありましたの! そしたら、ビンゴですわっ! 」


「愛しの?! 」


「そんなことさせないよー!! 」


 驚く俺を余所に、レーダーにもう1つの白色のマーカーが出現し急接近してくる。


「カナデは、私の、王子様なんだからーーー!! 」


 そう雄叫びを上げながら、メルがお姫様へ吶喊とっかんする。

 その手には先ほど見た、身の丈を越える大剣が握られていた。

 そのフォルムは鞘に入っていたときよりも大きくそして幅広になっていた。


 メルが握る剣の柄の端には、赤い宝玉が鳥の爪の様な物に掴まれた意匠があり、鍔の部分は細長く横に伸びシンプルなデザインだった。

 大剣の腹の部分には、魔方陣のほうな紋様が書き込まれていて、メルの魔力に反応しているのか赤く輝いていた。


「小娘が懲りませんわね! 私の攻撃に恐れをなして退いた癖に!」


そういいながら、お姫様はガトリングをメルに向かい放つ。


「あんたもしつこいよね!! そんなんだからカナデにも忘れられてしまうのよ!! 」


 ガトリングの嵐を巧み避けながらメルが叫ぶ。


「何ですって!! 小娘如きにカナデ様の気持ちが分かるわけないではありませんか!! 」


 どうやら、お姫様にも何かしたようだった。この世界の俺は一体なにやってるんだよ……


「カナデはねー記憶喪失なんだよーだ!! だから、あなたの事なんか覚えてないに決まってるのだ!!」


「え……この、『マリアンヌ・ガーネット』の事を忘れてしまわれたのですが…… 」


 メルからの衝撃の告白により、マリアンヌは攻撃を止めうなだれる。


「そ、そんな事って……。では、あの時の事もお忘れになられたのですね……」


「あの時の事って何! カナデ!! あの子に何したのよ! 」


 全く記憶に無い出来事を話されても困ってしまう。

 ひとまず戦闘が収まったのはいいが、面倒な事になってしまった。


「「いい加減何か話して!」ください!!」


 2人の神姫の声が重なった。


「俺は何も覚えてない。悪いがガーネットさん? 何かしていたのなら謝る。申し訳なかった」


 こういう時は素直に謝罪しておけばよいのだ。少なくとも悪い展開にはならないだろう。


「分かりましたわ……忘れてしまわれたのなら、力づくでも思い出してもらいましょう」


 マリアンヌがキッと顔を上げ、見えていないはずの距離があるにも関わらず、俺の方に目線を向けてきた。

 その殺気のせいか、威圧感のせいか、背筋に冷や汗が流れる。


「異界より目覚めし神獣よ。我の願いを叶える為此所に顕現せよ!!  神斧ウルス!! 」


 マリアンヌが祝詞を唱えると、上空から1本の斧が轟音と共に落ちてきた。


「ふふふ。これで貴方たちもおしまいですわ」


 自身を覆う程の刃が付いた戦斧を、通り過ぎる前に掴み、不適に笑うマリアンヌ。


「さぁ、メル。カナデ様を我が物にするために散りなさい!! 」


 いうや否や、メルに吶喊とっかん。一気に距離を詰め、戦斧を後方へ回し横薙ぎの一撃を放つ。


「ふざけたこと言わないで!! カナデは私のモノよ!!」


 私のモノって……。メルのモノでもないんだが……


 呆れる俺をよそに、2人の鬩ぎ合いは続く。


 マリアンヌの一撃を剣の腹で受け、斧を押し返しながらメルが叫ぶ。


「ぬらぁぁぁ!! 」


「きゃあっ!!」


 斧ごとマリアンヌを吹き飛ばして体勢を崩したところへ追撃。

 上段からの一撃を放つもののマリアンヌは斧を巧みに使い、その攻撃は簡単に受け流されてしまった。


「剣の腕はまだまだですわね!!」


 そう言うと最小の動きで斧を薙ぎ、メルの腹部に一撃を与えた。


「メルっ!!」


 大きな刃の一撃を受けて無事ではないと思い、吹き飛ぶメルを受け止めるべく機体を動かす。


「カナデちゃん! 何しにいくの! 」


「何って、メルがヤバいじゃないですか! 助けに行くんですよ!! 」


 小隊のみんなから、「冗談だろ?」と、呆れたため息が出ていたが、構わない。

 あの子の身を心配して何がおかしいんだ。

 憤りながらもレーダーのメルが吹き飛ばされた方向へと進む。


「まだまだ終わらなくてよ!! 」


 吹き飛ぶメルへと斧を肩に担ぎながら、速度を上げて攻撃の構えを取りながら近づいていく。

 斧と言う特性上大ぶりな攻撃になってしまう為隙は大きいのが欠点であるが、その一撃は重い。


「神姫が何だってんだ。メルは俺が守る!! 」


 機体を飛ばしながらライフルを構える。

 今装填されているの銃弾は、対神姫用爆裂弾である。

 狙うはマリアンヌが握る戦斧。ARMEDの頭部の大きさとそう変わらないサイズだが、俺の腕があれば狙える。

 自信はある。動きは速いが直線的な軌道だ。読み切れる。


「ここだっ!! 」


 移動しながらの狙撃は並の実力ではできないが、俺は世界トップチームにいたんた、外すことなんかない。


「きゃあっ!! 」


 突然の衝撃と、爆発にマリアンヌの進行が妨げられる。


「やったか!! 」


 直撃。しかし、もうもうと立ちこめる煙から、勢いよくマリアンヌが飛び出てくる。


「無傷かよ……」


 これが神姫なのか。対神姫用の筈である武器での一撃が不発に終わり愕然とする。


「カナデ様。いくらあなた様とは言え怒りましたわよ。ジェム、シーカー。貴方方は撤退しなさい。2人まで失いたくはありません」


「しかし!! 姫様だけ残して去ることなど出来ませぬ!! 」


「行きなさい!! 民を守れぬ王族なぞ、居ないのも同然!! 私を信じて撤退せよ!!」


「姫様……分かりました……ご武運を……!!」


 マリアンヌは本当のお姫様の様だった。

 決して趣味でドレスを着ているだけではないのが言葉から伝わってくる。


「ヴァーミル王国第2王女。マリアンヌ・ガーネット。我が名において、あなた方を殲滅しカナデ様をいただいていきます」


 マリアンヌの一言で小隊のみんなに緊張が走る。


「みんな撤退だ!! 神姫相手じゃ絶対に適わん! 後はメルに任せて、自分の命を第一にしろ!! 」


「「了解!! 」」


 ライアンの号令を聞いて、ミラとオールは撤退を始める。


 全速力で前線を離れる3人。

 しかし、俺はその言葉が理解出来ず反論をする。


「ライアン!!  メル一人残して撤退なんておかしいでしょう!! 俺は残って援護します!! 」


「馬鹿言ってんじゃねぇぞ! 相手は『神姫』何だぞ!! 俺たちじゃ全く歯が立たないんだよ。お前の一撃でもビクともしてなかっただろうが! 記憶は無くしててもふざけた事言ってるんじゃねぇ!!」


 ライアンの言葉に反論が出来ない。

 分かっているが、何もせず引き下がるなんて出来ない。


「彼女が凄い強いのは分かりました。でもメル1人には出来ません」


「あのなぁ。あいつの狙いはお前なんだよ。残ってもお前を庇いながらメルが本気を出して、戦えるとでも思っているのか?」


 あぁ、そう言うことか。あの子はまだ本気を出せていないのか。俺がいるせいで。


「分かりました。撤退します。メル!! そいつに負けるなんて許さないからな! 絶対に戻ってくるんだぞ!! 」


 俺はメルへと想いを告げ、撤退を始めた。


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