第5話
パルの先導で自然を歩いて歩いて。日がかたむきかけた頃、パルはゆらりと足をとめた。
野宿をするには、早い時間。なのにとまったからには。
「ここか?」
目的地に無知なオレは、パルに頼るしかない。
地図を手に歩いてはいたけど、道中に目印になりそうなものはなかった。人とすれ違うこともなくて、道を聞けなかった。地図自体もざっくりだったし、目的地につけたのか疑問は残る。
慎重派なパルだ。簡単に迷うようなことはなさそうだけど。表情にも、大きなや不安や『やっちまった感』はのぞかせていない。
「そう、かな」
周囲を見回して、パルは自信なさげに声を漏らした。
ここが目的地のラソン平野?
周囲を木々に囲まれた、ただの森に見える。アクシルの『地味』の発言は間違っていなかった、どころかゆるい表現だったと思えるほどに。
人気のなさを証明するように、森は無人。観光する人は1人もいない。世界から隔離されたかのように、オレらだけしかいない。
この程度の森、集落の近くでもあっただろ。なにが目的だったんだよ。
目的は『来たらわかる』と言われたけど。
「ちっともわからん」
心の不満をすべてぶつけた。風景を見られたから『損した』とか『来るんじゃなかった』とまでは思えないにしても、肩透かしは否めない。
「お困り?」
突然の背後からの声。振り返ったら、こっちに歩く1人の男が見えた。今まで襲撃してきたヤツとも違う。初めて見る顔。
さっきまで人影はなかった。気配すら感じなかった。
なにもない場所から音もなく登場したかのような存在に、瞬時に緊張が走る。
警戒アンテナをビンビンに立てて、パルは弓を構えた。オレも反射的に剣に手をかける。
「おいおい、荒れるなよ。俺は助ける側だぜ」
『敵意はない』とでも伝えるように、男は両手を肩まであげた。武器を持っているのは見える。戦えそうだ。
「証拠は?」
言葉だけで、パルの警戒を崩せるわけもない。構えた弓を変えないまま、低い声をぶつけた。構えと威勢だけは立派だ。
「数日前かな? 昼頃、男に追われたのを助けてやったろ?」
集落近くで最初に襲われたアレか? 追う男が見えなくなるほどの白があがって、男の追跡はとぎれた。
「アレはアンタが?」
原因不明のまま、うやむやになっていた。白いモヤは自然現象ではなくて、コイツが人為的にやったこと? それなら、急に白があがったことも説明できそうだ。
「目にシミる煙玉を使ってね。しとめようとしたら、逃げられちまった」
煙玉と言われたら納得できる白だった。
オレは『アレ』としか言わなかったのに、白い光景に納得できる方法をあげた。コイツは本当に、オレらを救った本人なのか?
逃げた襲撃者が別の男を雇って、後日の襲撃につながったのか?
「どこから情報を得た?」
説明だけだと、パルの疑念は晴れなかった。
どこからか情報を買って、オレらを油断させて襲撃する可能性を疑ったか? そこまでして、オレらを狙う理由はないだろうに。
「仲間だって。どう言えば信じるんだよ」
あきれ顔になった男は、数秒の間のあとに表情を明るくした。襲撃者の特徴やあの瞬間にオレが持っていた獲物、ペンダントのチェーンが切れたことまで言い当てた。
詳細を知っているなら、本当に助けた本人か? 襲撃前のペンダントのチェーンの情報までは買えないよな?
あの瞬間はちっとも気配を感じなかった。襲撃者だけでなく、コイツも近くにいたのか? ずっとオレらを監視していたのか? まさか、コイツもストーカー?
なんらかの事情でどちらかに執着があったなら、危険が迫ったオレらを助けた行動も納得、か? 素直に喜べない。感謝できない。
「あと、あれ。女騎士に村に行くように伝えたのも俺」
領主前で会った、オレとワムスの危機を救ってくれた女か? 他に女騎士っぽい心当たりはない。あの場に来たからには、女も騎士だったんだよな。
女は『男に呼ばれた』と話していた。コイツの主張と矛盾はない。『男』だけだと、疑念を払うには弱い。男の特徴、聞いておくんだった。
「そうやって監視して、とらえよ――」
「助けられるようにしたんだぜ」
パルの警戒の声を、相手は強引にくつがえした。
監視したのは否定しないって意味か? なんのために? 本気でストーカーか? 集落の外ではストーカーが流行しているのか?
「お前、まさか――」
「ご名答」
警戒の消えた声を漏らしたパルに、男はにやりと笑った。
「エシオンだよ」
名前を聞いてもピンと来るものはない。パルに視線を送ったら、かすかに瞠目しているように見えた。
「顔見知り?」
反応したからには、聞き覚えはあったのか?
「……いや」
そう、だよな。外部の人と接触がなかった集落で生活していたんだ。パルだって初対面に決まっている。
にしては、この反応は? 初めて会ったとは思えない、ような。
「ここ、でいいの?」
「座標はな」
わからない会話を眼下に、エシオンは地面にゆっくり手をおろした。素早く口を動かしているけど、声らしき音は届かない。。
瞬間、地面からふしぎなオーラの発光がにじんで。
なにが起こったのか理解できないオレは、パルにひっぱられた。混乱のまま、発光の上に移動させられる。
目がくらむほどの発光ではなかったのに。意識が数秒間、白におおわれたような感覚がした。
無意識に閉じていたまぶたを開ける。今までいたはずの森が姿を消していた。周囲に木々は一切なくて、光がフワフワと舞っている。
ところどころに大きな水晶みたいなものが浮遊して、ここの異質さを強める。
異様な空間ではあるのに、不快や不安はわかない。既視感を覚えたようにかすめた。
神秘的なオーラを放つ石が地面からのぞく箇所もある。あのオーラ、覚えがあるような。
オーラの光をあびているせいか、生えた草にはみずみずしい新緑を感じない。
神秘的なオーラが重なりあうせいで、空気がよどんでいるように見える。
目の前には、自信のある笑みを崩さないエシオン。隣には、オレ同様視線が定まらないパルがいた。
パルの様子を見る限り、パルもこの風景が見えてんだよな? オレにだけ見える、豪快な幻覚ではないよな?
「なにを、した?」
「移動しただけさ」
ほろりと漏らしたオレに、エシオンはにたりとした笑みで返した。
今まで見えた風景と大きく異なる。『移動した』って返答は理解できる。でもオレは歩いていない。風景をここまで変えられるほど、時間もたっていない。
「どこだよ、ここ」
時間の経過を『一瞬だけ』と誤認させられるようなことをされた? オレらの意識がない間に、コイツがここまで運んだ?
目の前にたたずむ男は、おせじにも『力が強そう』とは思えない。男にしては細めで、身長も平均程度。コイツだけで、オレとパルを運べるか?
そもそも、初対面の相手に手間がかかる嫌がらせをされるいわれはない。わからないことだらけで、脳内で混乱が量産される。
「思い出せないの?」
動揺の色を消せない瞳をパルに見せられて、オレにも動揺が伝染する。
「なにを言いやがる。こんな場所につれられて、平気でいられるわけがないだろ」
見るからに異質な場所。『この世ではない』と言われたら信じられる。それほどまでに現実味のない世界。
混乱させて、様子を楽しみたかっただけ? よぎっても、意のままのように混乱はとまってくれない。
惑う中でも『パルはそんなのを楽しむタイプではない』と、一抹の冷静は届いた。パルの様子もあるから、パルもオレ同様の被害者ではあるはず。
「ここが、目的地だよ」
弱々しく笑ったパルに、一驚を喫した。
こんな場所が目的地? この状況でウソをつくわけがない。ウソをつくこと自体が珍しいパルだから、発言は真実のはず。
だとしても、すぐに納得できる内容でもない。
「どうしたんだよ。なにがありやがった」
急に提案された旅行。謎の目的地。あふれる混乱はとまらない。
「こうするのが最善だよ」
パルの言葉に納得するように、エシオンも大きく点頭した。長めの髪が、風もないのに嫋々と揺れる。
「入口は見えないぜ。特定の座標で認められた呪文を唱えないと、来られない。集落より安全さ」
エシオンの発言で、地面に見える石が集落にあった素材とつながった。放たれるオーラが同じだ。地面にある石は、集落にあるアレと同じだ。
入口が見えないとかの条件も、この石が関係あるのか? 集落は呪文とかは必要ないけど、手をふれないと入口が開かない条件がある。
1つのひっかかりが消えたところで、混乱は少しも薄まってくれない。
気になる点が消えなくて、それ以上の思考を続けさせてくれない。
「逃げるために、ここまで来たってのかよ」
入口が見えないこの場所が目的地。ここに来るのが最善。
パルの話をまとめると、そうなる気がする。
「そうとも言えるかな」
「オレらだけで? 集落の人を放置で?」
ひどい領主のいた村で感じた、パルの冷酷さがよぎった。自分とオレだけ助かればいい。その考えだったのかよ。
「ここに進入を許すのは、ディセットだけさ。そっちは特例」
オレだけ? そもそもオレ、名乗ったか? ストーカーなら、パルに呼ばれたのを聞いて知る機会があったのか?
「襲撃、されたじゃん」
さみしさを感じる表情のまま、パルの弱い声が空気にとけた。数日前だけど、あれこれありすぎたせいで遠い昔に感じる。
「あれ、ディセットが狙いだ」
心外すぎる言葉に、パルをにらみかけた。襲撃者の狙いがオレ?
オレは恨まれるようなことはしていない。獲物が目当てだったら、オレが捨てて逃げた瞬間に目的は達成した。オレらを追う必要はない。獲物以外にオレを狙う理由はないだろ。
「感知する方法があんのさ。今まで身を隠せたのは、集落とペンダントのベールのおかげ」
オレに近づいたエシオンに、ペンダントを外される。地面の石と共鳴するように、オーラが強くなったように感じた。
襲撃者の狙いはオレ。オレとパルの違いは、ペンダントを装備していたか否かとも言える。襲撃者の狙いはペンダント? 襲撃者に追われても、わざわざペンダントを拾ったパルの行動も説明できる気がする。
まさか。ペンダント程度で襲撃されるか? 狙われるような代物なら、心配症のパルは装備を強要なんかしない。パルの性格と今までの行動が矛盾する。
ペンダントに関係なく、オレという個人を狙った襲撃だったのか? 心当たりがなさすぎる。理解できない。
「行動を見て、こうなるだろうとは思ったぜ。準備は済ませてあるぜ」
「ありがと」
勝手に進む話に、一切ついていけない。一体、なにがどうなった? オレを狙った襲撃? ここが目的地?
すべてが一切、解決しない。絶えず混乱が脈打つだけ。
「案内するぜ。ついてこい」
「待てよ! 少しは説明しろ」
理由もわからないまま進められても、静観できるわけがない。混乱を吐き出すように声が荒ぶった。
「ディセットは本来、ここにいるべき存在だぜ」
エシオンに投げられた言葉は、理解できるわけがない。わけのわからない場所につれたエシオンなんかに流される理由もない。
「帰るぞ」
パルの腕をつかんで、戻ろうとする。集落を想起させるように、出口らしき箇所は見えない。
ひとまず背後に歩こうとする。クイが刺さったかのごとく動かないパルのせいで、オレの腕が最大まで伸びた。
「おい」
強くひっぱっても、世界に固定されたように動かない。
「ここは安全だ。ここにいるのが、ディセットのためになるんだ」
独り言なのかオレに言ってんのか、ボソボソと小声が届く。オレに向かない表情は、どんな感情が眠るのか読めない。
「パル」
再度ひっぱろうとしたら。パルの顔がやおらオレに向く。
「大丈夫だよ。エシオンは敵ではない」
さっきまでコイツに警戒していたとは思えない発言。情緒不安定かのように変わるパルの意見。
襲撃があったのに旅行を提案された瞬間にもよぎったブレが再燃する。
読めないパルの真意に、腕をつかむ手がするりとゆるむ。
「一緒に来いよ。話もあんだろ?」
エシオンの言葉がきっかけとなったのか、パルの足が動き始めた。戻る方角ではなく、エシオンの背中に向かって。
「待てよ」
呼びとめたオレに向けられたのは、弱々しいパルの笑み。悲しみすら感じられる、強引に作られた表情。
「信じて」
短い単語を前に、それ以上の言葉は続けられなかった。
背中に向く。さっきまでいた自然に帰れそうななにかは見当たらないまま。
エシオンの言葉が本当なら、戻るのにも『特別な呪文』とやらが必要なのか? オレは知らない。
帰る手段がないなら、不服ながら流れに任せるしかないのか? 早く終わらせて、機嫌を損ねないようにしたら帰れるよな?
なにをされるかわからないから、パルだけ行かせるわけにもいかない。諦めて、エシオンのあとに続いた。
エシオンに案内されたのは、特別さの感じない家屋だった。入ったエシオンは、入室したオレらを確認してゆっくり扉を閉めた。
豪華とは言えない室内だけど、満足な広さはある。異質だった外とは違って、不穏さはない。窓から見える例のオーラをのぞけば、一見はただの室内と変わらない。
「ちゃんとした待遇だね」
「牢屋のほうがよかった?」
軽口をたたいたエシオンに、パルは眉をひそめた。
「冗談。んなのないぜ」
パルの怒りを悟ったのか、エシオンはあきれたように肩をすくめた。
「今から、ここがディセットの家だよ」
オレに向き直ったパルの発言に、追いつかない理解がまた進む。
「家は集落にある」
満足な広さこそないけど、平穏の空間はある。こんな場所は必要ない。
「もう帰らなくていいよ」
「どういう意味だよ」
続けられるパルの身勝手に、イライラが募り始める。コイツ、なにがしたいんだ。
「こここそ、ディセットが帰る場所なんだ」
「生まれ故郷だぜ」
たたみかけられた言葉に一瞬だけ反論を見せられなかったのは、感じた既視感がちらついたから。『生まれ故郷』って単語とつながる気がして。
来た瞬間、ちらつく感覚があった。気のせいだった、で片づけていいのか?
この室内は見ても、なにも感じない。ちらついたのは外だけだった。
「まさか」
すぐに正気に戻る。オレはあの集落で育った。集落がオレの故郷だ。
外にあった石のオーラと集落の素材を無意識につなげて、既視感を感じただけだ。ひっかかりは残るけど、強引に自己解決した。
「記憶、戻らないか」
日常会話のトーンのエシオンの声に、脳幹がちりついた気がした。かすめるなにかがある、ような。
違う。オレの故郷は集落だ。惑わされるな。
「ここに住む人は、特殊な能力を持つ。能力を狙って、命を狙われんのさ。襲撃も、能力目的だろ」
「オレに特殊能力はない」
魔法は使えない。剣を扱ったり、狩りができる程度。狙われるほどの能力はない。
「記憶がないから、自覚がないんだろ。蘇生能力のな」
「なんだよ」
「ディセットを含め、ここの住人は『死んだ人を1人だけ、自らの命を代償に生き返らせる能力』を持つんだぜ」
エシオンから届けられたのは、突飛な内容で。今までの話も、信じる必要がない内容だったと思わせてくれた。
「死んだ人に執着する一部の人間に狙われるってわけさ」
あきれたように放たれたエシオンの声は、かすかに軽蔑を感じられた。本当にそんな人を差別するかのようだ。
「そんな話、信じられるわけがないだろ」
死者を生き返らせるなんて、できるわけがない。可能なら、ウワサくらいは耳に入ってもいいはず。ちっとも聞いたことがなかった。
「真実だよ」
エシオンに向けたイライラは、パルから返された。
「こんな話、信じるのかよ」
ピュアかよ。警戒心は高いくせに、だまされやがって。
「特殊な細胞を持つ蘇生種は、特定の道具を使うと人間でも存在を感知できる。特定の素材をまとったら、感知されるのを相殺できる。特別なベールに守られた集落やこの場所は安全だし、ベールの外を歩く際はペンダントを外してはいけないんだ」
オレの視線は、無意識に首元に落ちた。ペンダントはない。エシオンにとられたままだった。
今まで口うるさく『ペンダントをつけろ』って言ってきたのに。外しても、パルがなにも言わないなんて。
ペンダントの装備を強要した本当の理由が『感知されないため』だったら。外してもなにも言わなかった現状は『この場所は安全』って言葉を裏づけるようだ。
「ディセットは昔、ここに住んでたのさ。覚えてない?」
「そんな過去、ない」
強く否定したかったのに、できなかった。また脳幹がちりついたから。
記憶の奥になにかが隠されている、気がする。
惑わされたらいけないのに、ぐらぐらと揺れる心がある。
「『外に出たい』って言ったディセットの意をくんで、守り手と2人でここを出た。運悪く賊に見つかって、守り手の転移術でディセットは安全な集落付近に飛ばされたのさ」
エシオンの言葉にも、ちりちりと騒ぐような感覚。
初めて聞く話なのに、知らないはずの守り手なのに。ひっかかりが、あるような。
「それを発見した」
パルが自分自身を指した。突然の情報の津波は、混乱しか届けてくれない。
「転移術の後遺症か知らないけど、ディセットは意識がなかった。ディセットの首にあったペンダントにさわったら、誰か……守り手だと思うけど、思念が流れたんだ。ディセットの名前も、守るべき理由も、ペンダントの効果も、この場所も」
「悪意のない人間がペンダントをさわったら、思念が流れるように細工したんだろうぜ。この可能性を考えてな」
「集落に保護した。それからのことは、ディセットの記憶に残ってるかな?」
物心ついた頃から、集落でパルと生活していた。物心がつく前は?
ひっぱり出せない記憶と、ちりつく脳幹。
つながりそうで、つながらなくて。つながってほしいのか、ほしくないのかわからなくて。
「本気かよ」
無意識に言葉が漏れていた。信じたくない気持ちから生まれたのか。
「ディセットにウソは言わないよ」
パルはそうだった。いつでもオレのことばかり考えていて、オレにウソなんてつかないようなヤツだった。
大切な事情を隠されていたと考えると、ある意味大きなウソにはなりそうか。
「エシオンも、信頼していいよ」
「どこが。初対面だろ」
さっき会った際はパルとエシオンに面識はなさそうだった。警戒していたのに、どうして今はこうなる。パルの心変わりの意味がわからない。
「ペンダントをさわった際の思念に『エシオンって名前の人がここを守るだろう』って内容もあったんだ。身分と名前が合致したから、信頼できる」
エシオンの名前を聞いて驚いた様子を見せたパル。あれからパルから警戒が消えた、ような。話としてはつながる。
「集落の人には、事情はほとんど言ってないよ。薄々、気づいた人はいたかも」
「一部は知ってるん?」
エシオンの問いに、パルは点頭を返した。
「子供の頃だったから、どうしていいかわからなくて。特に信頼できる人に話したよ。数日前にあった襲撃の相談もして『ここに行くべき』って決めたのも、その人の助力があったから」
急に『旅行』なんて言いやがった理由は、それか。
「ペンダントがあったら、外に出ても安全と思った。激しい動きとかで、体から離れる瞬間があったのかも。積み重なって、存在に気づかれたんだ」
それが、最初の襲撃の原因。すべて、オレを狙って?
「帰らない2人で、事情はわかった。俺もディセットの気配を察知して、危機を救えるように監視を開始した」
「どうしてすぐに迎えに来なかったの?」
「ここに戻すのが最善だったろうな。2人楽しそうだったし、見つかりにくい安全な場所じゃん。同年代がいないこっちよりいいかと思って、先延ばしにした」
窓からのぞく天を仰いだエシオンは、小さく息を吐いた。ここから見えるのは『空』と評していいかわからない、神秘のオーラが漂う薄い灰だけ。
「仲良しっぷりを見せつけられて襲撃に気づくのが遅れたのは、末代までの不覚だったぜ」
「しっかりしてよ。……こっちが言えることでもないけど」
「結局この結末になったし、よかったじゃん?」
2人の間では既に解決したような口ぶり。オレの疑問も混乱も、完全解消には届かない。なにを言ってやがる。
「顔を知られた以上、ペンダントだけだと守りきれない。ここなら外の人は来られないから、危険を感じることはないよ。ここに住むんだ」
悲しみを消したまっすぐな表情で、オレに偽りのない感情を届けるパル。小柄ながらに大きな決意がにじみ出る。
ここが目的地。ここに住む?
理解できないながらも、不穏な流れだけは気づけた。なにもしないでいたら、2人の流れにのまれる。
「なにがしたいんだよ! こんなところに拘束して」
ピクリと震えたパルの視線が、床に落ちた。
「これが、ディセットの最善だよ」
力のない声は、イライラを強める。説明もなくこんな場所につれて、勝手に話を進めやがって。
「納得できるわけがない! 帰る」
扉に歩こうとしたオレの前に、エシオンが素早く前に立った。
道をふさぐからには、出るのに特別な方法は必要ないのか? 外に出口らしき穴はなかったように見えたけど、オレだけでも戻る手段はある?
「念のため、襲撃した相手を蹴散らすよ。ないと思いたいけど、ここの安全もいつ壊れるかわからない」
「返り討ちにしてやろうぜ!」
頼りない語気のパルの宣言に、鼓舞するように響かせる。
パルは外に出るつもりか? まともに戦えないのに、偉そうに言いやがって。
「ディセットはここにいて。1人でやるよ」
パルは、あくまでも意見を変えなかった。弱々しい笑みは、すぐにでも壊れてしまいそうだ。
「んなの危険だ! できるわけないだろ!」
矢もまともに当てられない実力のパル。1人でなんて無謀だ。
1人目の襲撃者は、気配を完全に消せる実力があった。
2人目の襲撃者も、ワムスがいなかったらどれだけ苦戦したかわからない。奇襲されて、ケガを負った可能性だって。
パル1人で挑むのがどれだけ無謀か、パル自身が誰よりもわかっているはずだ。
「冷静になれ。ここが、ディセットを守る場所なんだ」
パルは腰をあげて、扉に近づいた。エシオンは家の扉を開けて、パルを外に出す。オレも続こうとしたら、エシオンに遮られた。
「ここにいろ」
オレの脱出は、エシオンにあっさり邪魔される。
「ただの人間のあいつは襲撃はされないぜ。案ずるな」
エシオンは外に出て。扉を閉められた。続いて扉を開けようとして、気づく。ノブがない。
「おい!」
叫んでも、返る言葉はない。扉は動かない。
窓に視線を送る。歩き去るパルとエシオンの背中が見えた。窓から主張するけど、振り返ることすらなく背中は小さくなる。
1人の室内に残ったのは、ただの板のような扉だけ。押す、ひく、持ちあげる。どうにか開かないか試行するけど、空回るだけ。
窓は開けられそうなタイプではない。
ガラスを割るしかないか? 強めにノックしても、ヒビが入ることはない。この程度でヒビが入ったら、耐久性が不安になるけど。
冷静になれ。
パルに言われた言葉が反響する。
冷静になるのは、どっちだよ。ざれごと、信じるのかよ。
窓からは、すっかり小さくなったパルの背中が見えた。キラキラとした光にかすんで消える。
1人で襲撃者を狩りに? できるわけがない。警戒と心配だけはすば抜けたパルなら、わかるだろ。どうして行くんだよ。
このままだと、また失う。
また?
自分で思ったことに疑問がよぎる。
オレは前にも、誰かを失ったことがあったか? ちりちりと騒ぐ脳幹。濃いモヤの奥に記憶がかすめるけど、ハッキリとは見えなくて。正体はつかめないまま。
さんざめく感情の奥底に、とても大切なことが隠れている気がする。忘れてはいけない、なにかが。
なにが?
自問しても、返る答えはない。
もどかしい脳を抱えていたら、窓の外にエシオンが見えた。窓をドンドンたたいて、主張する。この強さでも、ヒビは入らなかった。音に気づいたのか、エシオンが近くに歩いてきた。
「簡単に割れる素材ではないぜ」
ピッタリ閉まった窓なのに、エシオンの声はハッキリ聞こえた。窓越しでも会話って、できるのか? 特殊な素材を使っているとか?
『壊してでも脱出しよう』って思いを見透かしたかのような言葉。この家から出る手段はないのか?
「すぐには納得できないか? けど、これが真実だぜ。少しずつ受容して、ここの生活になれろ」
エシオンはペンダントを出して、オレにちらつかせた。
「どんな効果が眠るかわからないから、預かるだけ。脱出できる機能でもあったら、意味ないじゃん」
あの瞬間にペンダントをとったのは、そんな理由か。ここに来た瞬間から、逃げられないように策をはられてやがったんだ。
「ここ全体はベールがあるぜ。ペンダントがなくても、身は安全さ」
そんなことを言いたいわけではないのに。
瞬間、なにかがよぎった。
ペンダントを外しても安全。逆に言ったら、外でペンダントを外したら危険?
外れたことがあった。
「領主の村で落としたことがあった! 平気か!?」
「ここにいる限り、安全さ」
「ワムスは!? 『オレをかくまった』とでも誤解されて、襲撃されないか!?」
領主の前でペンダントを落としたオレ。その隣にいたワムス。事情を知らないワムスが誤解されたら危険だ。
伝えたいことがわかったのか、エシオンの顔色が変わる。
「そいつ、今どこにいる!?」
「わからない! 領主の村の宿で別れたっきりで」
時間を惜しむように、エシオンは駆けて小さくなる。
「待てよ! オレも……」
バンバン強くたたいても、振り返ってすらくれなくて。背中は見えなくなった。
ワムスの危機かもしれないのに、オレはなにもできないのかよ。
外すだけで危険なら。パルだって同様の危険がある。
パルの前で長時間外したことはなかったから、ワムスほどの危険はないのか?
ペンダントを回して飛ばしたオレの行動を、エシオンは見た様子だった。確実に外れた瞬間にパルがいたと既知なのに、襲撃者を倒しにパルを1人で行かせた。
危険は薄いと判断しての行動? パルはどうでもいいと思ったから?
だったら、ワムスの危機に顔色を変えた今のエシオンと矛盾する。少なくともエシオンは『パルの危険は薄い』と判断したんだ。
結論づいても、オレの中に安心が作られるわけがない。
ワムスに渡してしまったかもしれない危険。パルにちらつく危険。
のうのうと休んでいられるわけがない。
部屋中を歩き回って、脱出できないか探る。くまなく見ても、人間が通れそうな穴は見つけられない。
ノブのない扉は押してもひいても、スライドしても動かない。立体的な絵のようにそびえるだけ。
最終手段で窓を割ろうとしたけど、エシオンが言ったようにびくともしなかった。壁や扉に攻撃しても、うっすら傷がつく程度。予想以上の耐久があるのか、あれこれの抵抗は無意味に終わった。
抵抗をやめて感情が無に支配されかけた頃、窓をノックする音が聞こえた。ゆらりと視線を向けたら、初めての姿があった。
「食事、持ってきました」
幼さを感じる存在は、料理が乗ったトレイを両手に持っている。移動して窓から見えなくなって、小さな穴から料理がすべらされた。あの穴、こう使うのか。
料理のトレイがやっと通る程度の大きさで、オレは通り抜けできそうにはない。拡張できないかも試したけど、一切の手ごたえがなくてやめた。
「怪しい者ではありません。レヴィと申します。エシオンに世話を任されました」
反応が遅れたオレ。疑っていると誤認したのか、相手の自己紹介が投げられた。控えめな笑みは、悪人には見えない。
エシオンとつながりがあるなら、脱出の手助けはしてくれないか。他に方法はないか?
「外で食いたい」
『脱出したい』と言ったら拒否されそうだけど、こう言ったら許されるんじゃないか?
「……ごめんなさい」
真意がバレたのか、どんな理由であれ外には出せないのか。本当に申し訳なさそうな謝罪だけが届けられる。
「どうしても?」
「お食事はお持ちいたします」
変えられた話題は、確固たる心をほのめかす。コイツに頼んでも結果にはつながらそうだ。幼そうだし、エシオンに逆らえる権力はないか?
諦めて飯を前にしたら、感じなかった空腹が騒ぎ出した。今までは自覚する余裕がなかったのかもな。
トレイを手にしたら、窓の外から一礼するレヴィが見えた。会釈を返して、飯を前にする。
いざという瞬間のために、体力はつけないとな。そのためにも、飯は大切だ。
パルやワムスが危険にさらされているかもしれないのに、のん気に飯なんて。抵抗しかない。
脱出できない、この状況。今できることは、体力をつけることしかない。
怪しい場所で出された飯を信頼するのは危険か? 拒否したところで、逃げる手段がないと飢餓に苦しむ未来しかない。トラップ覚悟で口にするほうが進めるか。
覚悟を決めて、口にした。
飯は安全で、うまくて、懸念を忘れるほどだった。薬とかをもられる懸念はしなくて平気だったか。
それ以外は変わらなくて。逃げる手段はなくて、パルやエシオンも姿を見せなくて。
不安が爆発しそうになった頃。
窓の外にかすめた、複数の姿。確信がほしくて飛びついたら、徐々にハッキリ見えるようになって。
見間違えではないと実感できた。
パルとワムスが、こっちに歩いている。見た感じだけだと、大きな負傷はなさそうだ。無事だったのか?
オレの存在に気づいたのか、パルはこっちを見て笑みを作った。
ワムスは周囲を見回して、困惑をのぞかせている。いきなりこんな場所につれられたら、その反応が自然だ。
ようやくオレの存在に気づいたワムスは、オレを見て小さく口を開けた。
「どうしたのだ? 体調が悪いのか?」
室内にいるオレを、ワムスはそう判断したらしい。この場所の疑問を口にしないなんて、事情は聞いたのか?
「平気。出させてもらえないだけ」
たまった不満を、短い言葉に乗せる。隣にいるパルが、気まずそうに視線をそらした。
「なんと」
「なにがあった?」
状況のイライラをワムスにぶつけても仕方がない。聞きたいのは、事情だ。
「ディセットの知人だったのか? 『一緒にいないのか』と聞かれて、否定したら『吐け』と言われ」
『吐け』の単語が出たからには、不穏なことだったんだよな。平気そうにしているワムスだけど、手荒はされなかったのか?
口ぶり的に、ワムスは面識がない相手だったみたいだ。オレらを最初に襲ったヤツか、また別人か?
どちらにしろ、嫌な予感が的中した。無事そうでよかったと思いたい。
「争議になっておったら、なぜかアクシルに見つかって」
ワムスの危機に駆けつけられたなんて、ストーカーのたまものか? ワムスの危機を救ったのなら、あきれるだけの行為ではなくなる。
「仲裁されるように戦闘になったところで、謎の男に救われたのだ」
「駆けつけたエシオンはもう1人……アクシルのことだけど、いるとは気づいたけど、ワムスと距離も離れてて。2人を救う余裕はなかったみたい」
今ワムスが話した『謎の男』がエシオンのことか。
モメたワムスとアクシルと相手に気づいて、エシオンが助けに駆けた。事情があって、ワムスしか救えなかった。
これが今の状況の背景か。
「アクシルは?」
また、失った?
脳幹がうずく。
「ここにつれたあと、エシオンはすぐに救いに戻ったよ」
エシオンがここにいない理由か。アクシルはタフそうだから、無事だと思いたい。エシオンがアクシルの救出を一旦諦めたのも、後回しにしても大丈夫と判断したからだよな?
「パルは用事、終わったのか?」
今までの話を聞いて気になった。ワムスの話に、パルは出なかった。一緒にワムスを助けたわけではないのか?
だとしたら、どうしてここにいる? 気が変わって、戻る気になっただけ?
「偶然、エシオンと会って。一緒にワムスたちを救って、一緒に戻ることになっただけ」
一応、ワムスたちを救ってはいたのか。弓使いだから後方にいるし、実力も残念なパル。ワムスの印象に残らなかっただけか。
偶然発見できるとは、エシオンは強運だ。監視し続けていたらしいし、パルの発見になれっこだっただけ?
パルのことだ。威勢よく出たはいいけど怖くなって、近くで逡巡していたのかもな。
襲撃者に襲われた場所から離れたこの地だ。どこに行けばいいか、じっくり考えていたのかもしれない。
エシオンはワムスだけではなく、パルの安否も心配してくれたのかもな。オレの懸念も察して、パルも回収してくれたのか?
「まだ……達成はできてないよ」
襲撃者を蹴散らすために出たパル。1人も倒せないまま終わったのか。
ワムスの目を気にしてか、パルは力なく小さく発した。
襲撃者のこと、ワムスにはまだ話していなかった。それだけではなくて、蘇生種なんていう話にまで発展しちまった。
ワムスをまきこんじまった事実はあるけど、余計に話しにくくなったような。
パルが襲撃者関係の話をワムスにふせたのも、蘇生種が関係するってわかっていたからだったのか?
「治療があるから、他はあとで」
ワムスに空気を悟られるのを嫌うように、パルは手早く話を終わらせた。
パルとワムスの背中は小さくなる。治療が必要な状態だったのか? 歩けたし、オレとの会話を先にしたくらいだから大ケガではなかったよな。
少ししたら、パルだけが戻ってきた。
「もう終わったのか?」
「腕だけだから」
証明するように、パルは左腕をオレに見せた。包帯とかは見えないから、視認はできない。服の中に治療のあとがあるのか?
ここまで動かせるなら、心配するほどではないな。
「弓はまだ使えそうにない。エシオンにも『治るまで出るな』って言われた」
パルがアクシルの救出に出ないのは、それが理由か。まともに戦えないのに救出なんて、返り討ちにされそうだ。エシオンの判断には感謝する。
戦えたところで、パルの技術だと『ここにいろ』と言われるか。エシオンは、パルの弓の技術は知らないか?
監視していたらしいから、見ているか? ワムスを助けた際に目撃はしたか? 見る余裕があったらだけど。
「ワムスは?」
「重症ではないよ」
そう言われても、喜べるわけがない。
「オレと一緒にいなかったら、ワムスはケガをしなかったんだろ」
ワムスだけではない。アクシルも。ケガをしない以前に襲撃されることもなくて。平穏な生活を続けられた。
「ここにい続けたら、もう誰も傷つけないで済むよ」
「もう傷つけただろ! よくそんなことが言えるな!」
「これ以上増やしたくないなら、ここにいるんだ」
ワムス、アクシル。目の前にいるパルも。
オレの隣にいたせいで、危険にさらされた。その事実は、既に発生した。
これ以上増やさないために、ここにいる?
そんなの、正しいのかよ。
「食事とかの世話は、ここの人に任せてるよ。安心して」
既に飯はもらった。レヴィのことか?
飯や安全が保障されたって、のん気に受容できないに決まっている。
誰が危険にさらされるか、さらされようとしているかもわからないのに、オレだけ安全を満喫するなんて。
「扉、開けろよ」
ノブのない扉を、パルが開けられるかはわからない。
立ち去ろうとする背中に声をかけたら、ゆらりと振り返った。
「ここは、安全だよ」
呪文のようにくり返して、背中が小さくなる。どう言っても、パルには通じないのかよ。
しばらくして、ワムスが見せた。料理を手にしたレヴィも隣にいる。
「大丈夫か?」
「うむ。心配をかけた。傷がふさがるのを待つのみだ」
オレの心配に、ワムスは点頭して答えた。元気そうでよかった。
レヴィはオレらの話が終わるのを隣で待っている。
「ディセットは? ケガはないのか?」
「無傷」
ワムスは首をかしげた。安静にする必要もないのにここにいるのが疑問なんだよな。
「中から出る手段がない。完全に詰んだ」
蘇生種とかの話は、まだふせておくべきだよな。
「なんと」
目を丸くしたワムスは、解錠を望むように隣のレヴィに視線を落とす。
「許されません」
希望を打ち砕くように、レヴィの首がゆっくりと横に振られる。
「こんな感じで」
眉を垂らしたワムスの横で、いつもの場所から料理が室内にすべらされた。
「こんなことをしてまで、守る必要があるのか?」
穴越しにレヴィを見て、小さく質問を投げる。
外が見えるから圧迫感は少ないとはいえ、隔離と変わらない。ここまでして守る存在ってあるのかよ。
「個体数が少ないんです。やりすぎに思えるかもしれませんが、種を守るために必死なんです」
やりすぎにしか思えない。
自らの命を代償に1人を生き返らせることが可能らしい蘇生種。本当だとしたら、蘇生するたびに1人の蘇生種が犠牲になることになる。狙われるたびに個体数は少なくなる。狙われないように隠れる理由も納得しそうになる。
「こんな場所に隔離されてでも?」
オレだけ隔離されるなんて、不公平だ。逃げる可能性があるからだろうけど。
レヴィは家の外を自由に出歩いているし、エシオンは外を歩き回っている始末。
……レヴィもエシオンも、蘇生種とやらではないのか? 確認していないし、あるいは違う種だったりするのか?
「外を自由に歩きたい思いはあります。他の人もそうだと思います。でも、ベールをつけないと危険です。なにかの拍子でベールが外れたり、壊れたりしたら終わり。警戒が強いんです」
こう言うからには、レヴィはベールが必要な蘇生種か。口ぶり的に、この場所以外に出るのは禁止されているっぽいな。
「アンタは納得してんのかよ」
オレみたいに強く拘束されていないからには、逃亡願望がないか、薄いかだ。現状に強い不満はないのか?
「半々です。実はたまにベールを手に、外にこっそり出ています。自然を歩くのは好きなので、ベールの心配なくのびのびと歩けるようになったらとは思いますよ」
レヴィは壁に顔を近づけて、周囲を気にするように小声を発した。
自由を諦めたわけではないのか。種の保全の大切さも理解しているから、強い逃亡感情を見せられないだけ。
種の保全のために自らの主張を殺すなんて、正しいのかよ。
ここに来たばかりで、蘇生種についても無知なオレにはわからない。
ただ1つわかるのは。
「周囲が危険にさらされるんだぞ。アクシルだって」
蘇生種と関係を持った人が危険にさらされる現状。
レヴィが素直に自由を望めない気持ちもわかる。誰かを傷つけることになるくらいなら、自分の欲望を殺すほうがいい。その考えに至る材料にはなる。
「エシオンは責任感が強いので、きっと無事に見つけてくれます」
通常の声量に戻して小さく笑って、一礼された。ワムスに視線を送る。今の言葉が聞こえていたのか、ぼんやりとたたずんでいた。
あれこれ言っているワムスだけど、アクシルが心配なのか? 反発することは多かったけど、本気で嫌ったような態度は今までなかったように感じる。
ましてや、聞いた話だとアクシルはワムスをかばったかのような状況だった。自責を感じる思いも強いよな。
「ご自愛を」
負ったケガも、強い自責に教われないようにの意味も含めて、極力明るく伝えた。弱々しい視線を向けたワムスは、小さく点頭した。
どこかに消えた2人を見届けて、もらった飯を食い終わった。料理のやりとりで使うなじみの場所に、トレイを置く。ここに置いたら、レヴィがふらりと回収に来る。雑用を任されているらしい。
世話をしてもらうみたいで悪いけど、ここから出られないことには施されるしかない。
してもらうだけの日々。
確立された安全。
こんなの、幸せではないよな。
『襲撃の可能性があるから』と、ここで生涯を終えるなんて。
危険があると承知でも、自然を歩いてすごしたい。
オレが誰であれ、モンスターからは平等に襲撃の危機はある。それと同じと考えればいい。
周囲の人間を危険にさらす可能性も、オレが強くなって守ればいい。あるいは、誰とも深い交流をしないようにしたらいい。
それだけでいいんだ。
安全のためにここにい続けるなんて、オレが選ぶべき道ではない。
ゆっくりと腰をあげて、扉に歩みを進める。ノブはないままで、開ける手段を見つけられない。エシオンがどうしたか、見ておくんだった。
最初に試した、押したりひいたり、たたいたりすべらせたりを再度試す。動く気配はない。
壁を指でノックして、違和感のある音が鳴らないか慎重に調べる。たたいたら、指1本分だけズラしてたたくをくり返して。
地道すぎる作業だけど、これ以外に意味がありそうな手段を見つけられなかった。
しばらく進めていたら、オレのノックに返される音があった。反響するようななにかがあるのかと思ったら、ワムスが窓に指を向けていた。ワムスのノックか。
今たたいた場所を記憶して、ワムスの前まで歩く。
「なぜ、こんなことをされておるのだ?」
周囲の目を気にしてか、ワムスの声はいつもより小さかった。ピッタリ閉まった窓からも聞こえるから、ふしぎだ。
「ケガがないのなら、休む理由もなかろうに」
扱いの理由。ワムスはまだ真実を知らないのか。
複雑な事情にまきこむ理由はない。言わないほうがいいよな。エシオンたちもそう判断したから、言わなかったのかもしれない。
「謎」
「出たいのか?」
「とても」
短い単語に全感情を乗せる。答えるように、ワムスは大きく点頭した。
「どうにかできぬか、外から見よう」
こう言うからには、外からなら扉が開きそうな構造ではないのか。エシオンが特殊な施錠でもしやがったか?
「本当か!?」
すぐに出られなくても、脱出の糸口はつかめるかもしれない。ワムスの提案には喜びしかない。この程度なら手伝わせてもいいよな?
「自由を求める思いはわかる」
ワムスの語る自由は、オレの思い描く自由よりもっと広いのかもしれない。野宿って選択をしたんだ。自然を愛して、定住というしばりを嫌ったからだよな。
もう1つよぎったのが、アクシルの存在。どれだけ逃げても察知して、ワムスの前に姿を見せるアクシル。自由を奪う存在でもあるのか?
「アクシル、心配か?」
聞くべきではなかったかもしれない。無意識に声になっていた。
「誰が、あんな者を」
内容とは裏腹に、弱々しい声色。強がりにしか感じられない。
「身分を捨ててまで、なにもないうちにここまでして……なにを考えておるのだ」
届いた単語に疑問がよぎる。質問を許さないかのように、ワムスは外の調査に動き出した。
身分? アクシルは特別な身分だったのか?
ワムスは、アクシルが何者かを知っているのか?
いや、今は脱出の手段がないか見つけるのが先決だ。記憶した場所に戻って、ノックを再開した。
変わり映えしないノックが続いて、耳が飽き始めた頃。
「なにしてる!?」
外から響いたのは、パルの声だった。窓の外に視線を向けたら、パルとワムスの姿があった。
「……掃除を」
真実をふせて、ワムスは小さな声を発した。
「任せたらいいよ。『安静にして』って言われたよね?」
やばい。ワムスの動きを見られて、完全に疑われた。
真実がバレたら、唯一の脱走協力者のワムスを失う。オレがワムスをかばったら、違和感しかないよな? うまく切り抜けるように祈るしかない。
「じっとしておれぬのだ」
「安静にするより、大切なこと?」
相手は警戒心の強いパル。そう簡単に見逃してはくれない。
安静に。
本当、そうだよな。
ワムスのケガを案じて、好意を断るべきだった。自分の脱出に夢中になって、ワムスも重いケガではなかったから甘えた。
オレのせいでケガをさせたのに、オレのせいでケガを悪化させるのかよ。そして今責められて、心まで傷つけて。
そんなの、許されない。
「オレが頼んだ。出られる手段、外から見つけられないかって」
ワムスの瞳がかすかに瞠目した。かばわれるとは思わなかったのか?
「まだ諦めないの!? ここが安全だって話したよね」
鋭く向いたパルは、声を荒らげた。
「こんな窮屈な安全、こっちからお断りだ!」
「外に出て襲撃されたら、どうなるかわからないよ! つかまったら、能力を利用されて殺される可能性だって!」
「自衛すればいい!」
突如始まった口論に、ワムスはオロオロと視線を動かす。悪いけど、構ってはいられない。
「強い相手はゴロゴロいるよ! 慢心して、やられるだけだ!」
口論は一向に平行線で、先の道をてらしてくれない。
「守り手が命がけで守った命を、雑に扱うなよ!」
瞬間、ガラスが割れたかのように衝撃が走った。
この場所を駆け回る、低い視線の風景。
振り返って顔をあげた先に見えた、1人の男。
ペンダントを渡されて、その男と外に出て。
数人の男に囲まれて。
それから。
またたいた記憶は、紛れもなくオレのものだった。
オレは、ここに住んでいた。
あの男の人にワガママを聞いてもらって、一緒に外に出た。
そして。
賊に襲われて、オレは逃がされた。
あの人は、賊に襲われて。
命を落とした。
そう、だった。
忘れたかったつらい記憶を、無意識に封じたんだ。もう思い出すことがないように、心の深い深い場所に。
パルの声がきっかけになって、逆さまにされた水オケのように記憶があふれ出て。
オレのせいで死んだ。
喪失感と同時に、あることが思い出された。
死者を蘇生させる能力。
オレが蘇生種なら、あの人は生き返らせられるんじゃないか?
「オレのせいで死んだなら、オレの命を使って――」
「バカっ!」
ナイフのごとく、脳に言葉が突き刺さった。
「守り手に生きてほしいと思った人もいるだろうさ! でもディセットに生きてほしいって思う人がいるんだ! 守り手こそ、誰よりもディセットに生きてほしいって思ったんだよ!」
ズシリと重くのしかかると同時に、心に響く。
これはパルの魂の叫びだ。オレを拘束した理由は、オレの安全を、生存を強く思ってだったんだ。方法はどうであれ、パルなりに考えた最善だったんだ。
でも納得はできない。
「オレだって同じだよ。アクシルに生きてほしいって思ってる」
短い間しか一緒にいなかった。言動にあきれもした。けど、どうでもいいと思えるほどの存在ではない。
「こんな場所で心配を抱えて待ち続けろって言うのか!? 助けに駆けるべきだろ!」
オレの怒気に、パルは一瞬だけひるんだ。
アクシルの安否を心配するのは、オレだけではない。パルだって、オレへの心配の奥にアクシルへの心配を隠しているはず。本当は、アクシルを助けに駆けたい衝動があるんだ。自身の実力が足手まといになると痛感しているから、平気を装ってここにいるんだ。
オレらを不安そうに見つめるワムスが、他の誰よりもアクシルの身を案じている。心の奥で、深く、強く。
「でも、危険には変わりない」
「アクシルのほうが、よっぽど危険な目にさらされてんだよ! 助けることもできないなんて、嫌なんだよ!」
もう無力な子供ではない。
剣を扱えるように励んだのも、心の奥底に隠した守り手を死なせた過去に起因していたんだ。
自分の無力のせいで、誰かを傷つけることがないように。守られるだけでなくて、守れる力を手にできるように。
「拘束には反対です」
背後からの声に、パルとワムスは視線を向けた。こっちに向かうレヴィの手には、見覚えあるペンダントが握られている。
「ここは安全かもしれません。でも、この姿を、叫びを見聞きして、幸せだと思いますか?」
視線を揺らめかせたパルは、オレでとめた。窓に手をついたオレは、最後の訴えを放つ。
「これがオレにとっての最善だと思うなら、とんだ大間違いだ」
仮にここが、未来永劫の安全が約束された地だとして。こんな狭い世界で人生を終わらせたくない。アクシルを見捨てて終わりたくない。
常に危険に追われることになっても、広い世界を歩いて、仲間の危機にすぐに駆けつけられるようになりたい。
「……わかった。戻ったら、出してもらうようにエシオンに説得する」
力はないながらも、絞り出すような納得は得られた。
「パルは出せないのかよ」
「ごめん。知らない」
開ける手段、パルは知らないのかよ。ワムスを怒ったのは、逃げられる可能性はあるかもと懸念してだったのか?
ようやくパルを説得できたのに、エシオンが帰るまでおあずけかよ。そのエシオンは、アクシルを救出に出たわけで。
オレはアクシルの救出はできないってことじゃん。エシオンが帰るまで、もどかしさを抱えないといけないのかよ。
荒ぶる感情をとめたのは、今までびくともしなかった扉が動きを見せたからだった。
ゆっくり開いた扉から、レヴィが姿を見せる。
「開けられるのか?」
「エシオン専用の術ではないので」
施錠系の術が使われていたのかよ。開かないわけだ。
パルがワムスを強くとめたのは『魔法が使えるワムスなら開けられるかも』と思ったからか? パルがこの扉に術が施されていると知っていたかわからないけど。
思いのほか、あっさりと施錠問題は解決した。初めての窓越しではないレヴィから、ペンダントを手渡される。
「できる限り、ベールを強化しました」
「エシオンが持ってなかった?」
最後に見たペンダントは、エシオンの指にあった。どうしてレヴィが持ってやがる?
「『脱出系の能力がないか調べるように』と預けられました。特別な機能はありませんでしたよ」
外に出る際に最低限必要になる装備。パルの、守り手の思いが詰まったペンダント。握って、決意を新たにする。
「本当に行くの?」
「当然だ。パルは休んでろ」
戦えもしないのに、行く理由はない。『足手まとい』と言ってでも、ここに残すべきだ。
「レヴィは来る?」
この流れになるとは思わなかったのか、レヴィは小さな瞠目を見せた。
「安全な散歩とは遠いけどな」
外に出たい思いをにじませていた。危険がある以上、誘うのははばかれたけど。
「いい、ですか?」
「来てもいい存在? 狙われたりしない?」
蘇生種なら、オレ同様の危険がつきまとう。
「大丈夫です。ベールはあります」
自身の腰を指したレヴィ。太めのベルトに、見なれたオーラを放つ石が確認できる。
常に装備しているのか。ベルトなら、うっかり外れることはない。ペンダントより安全そうだ。
「危ないと思ったら、逃げろよ」
「武器でなら、少しは戦えます」
つれたのを後悔しない結果にしないといけない。
「全力で励みます!」
「同行しよう」
続いたのは、まさかのワムスだった。パルも意外だったのか、パチクリした視線を投げる。
「安静にしないといけません」
「痛みも強くない。歩く程度なら平気だ」
「戦いは?」
ワムスを守れるほどの戦力の自信はない。レヴィの戦闘力によっては、どうにかなるかもしれないけど。
「魔法は動きが少ないから、使える。案ずるな」
「でも……」
心配を続けるパルに、ワムスは首を横に振った。
「うちをかばって、この状況にさせたようなものだ。絶対安静レベルでもないのに、じっとはしておられぬ」
「わかった。無理はすんなよ」
心配は皆無ではないけど、ワムスの気持ちは自分に通じるものがある。拒否できなかった。
パルは心配そうな表情を崩さなかった。本人の意見を尊重してか、強い反対は示さなかった。
出口はなかったけど、レヴィの術で外に出られた。外に出るのも、詠唱が必要になるらしい。だったら、オレを室内に拘束する必要はなかったんじゃないか?
よぎったけど。昔、ここにいたオレ。記憶が戻りすぎたら、呪文も使えるようになる懸念だったのか。パルなみに警戒心が強いヤツ、いたんだな。
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