第3話
少し歩いて、村らしき場所が見えてきた。
木の柵に囲まれた敷地内に、木の建物がいくつか確認できる。どれも美麗とは言えない見た目だけど、あたたかみがあって親しみは持てる。
奥にかすかに人影も確認できる。襲撃者がよぎりもするけど、いかにも平和的な場所だ。ここにはいないだろ。
見える人が着るのは、戦うことを考えていない動きにくそうな服。襲撃者ではないな。人目がある場所で襲おうとは考えないだろうし、村内は安全だろ。
初めての村を高揚させるオレに、家屋の影から1人の男が姿を見せた。さっきの村人とは違って、激しい動きにも耐えられそうな服だ。
瞬間、前を歩いていた案内者の足がとまる。
「よかった。見つかった」
オレらを見ての発言。男は、オレらに声をかけているとは思える。
細身なのもあって、より高く見える身長。背と同じほどの長さの槍を持っているけど、敵意はなく構えようともしない。絹のように繊細で毛細血管すらうかがわせる透明感の素肌に浮かぶのは、目をみはるほどに整った顔。切れ長で垂れ目気味の目を守るように、長いまつげがある。にごりのない瞳を向けられるだけで、目をそらすことすら忘れてしまいそうだ。すべてにおいて、闇夜でもまぶしく感じそうなたたずまい。
オレに見覚えはない男。集落以外の人と交流がなかったから、当然だけど。パルにも言える。襲撃者とも異なる外見。必然的に、可能性は絞られる。
「なぜ、こんな場所まで……」
可能性を確定づける細い声が聞こえた。
「モンスターに拉致される君を見かけて、追いかけたんだ。見失ってしまって、心配したよ」
会話内容と不均衡にほがらかな笑顔で、男の真意をかすみとれない。
「もう勝手に消えないでね。見つけるのは大変――」
男の言葉を待たないまま、案内者は背を向けて駆けた。
「おいっ!」
声をかけても、振り向くこともなく背中が小さくなる。男に視線を戻す。急な逃亡に驚くかのように、小さく口を開けていた。
事情はわからない。逃げるだけのなにかが、この男にあるのか?
消えそうな背中を見失わないように追いかけた。
「待ってよ!」
パルの声と同時に、駆ける音が聞こえ始めた。パルも追う選択に至ったらしい。
思った以上の脚力の持ち主だったのか、見失いこそしないけど追いつけない。
残ったままの疲労で追い続けられるか懸念しながら駆け続けて、背の高い草やぶに身を隠したのが見えた。オレも進入したら、地面に座る姿があった。少しあとに、パルもオレの隣に来る。
「どうしたんだよ」
3人の荒れた呼吸が響く中、口を切った。紅潮した顔をゆらりとあげて見られる。
「すまぬ……まさかここまで追ってくるとは」
「追われるようなこと、したの?」
疑念がよぎったのか、パルの声はかすかに強くなっていた。
「しておらぬ、のだが……勝手に追われる」
「悪いことはしてないんだな?」
疲労と不安を混在させる表情を見ると、聞くまでもないと思える。パルの疑念を消すためにも、一応聞いた。案の定、少しの間を開けて、相手は小さく点頭した。
「国を出て、1人でのびのび暮らせると思ったのだ。少しして、あいつが姿を見せた。以来、寝場所を変えても変えても来やがって、自由を満喫すらできぬ」
それって、ストーカー? よぎったけど、相手の精神を考慮して言葉にはしなかった。
親しみの持てる笑顔が光る、気がよさそうな男だった。ファンクラブが作られるのは必至そうだ。裏で、そんなことをしているとは。どこかで聞いた『人は見た目で判断してはいけない』がよぎった。
「危害を加えられたことは?」
パルの心配は、そこか。逃げるほどなら『ひどいことをされた』とよぎるのも仕方ないか。
「肉体的な危害はない。勝手に隣で寝られておったり、目覚めたら間近で寝顔を眺められておったりする程度だ」
それ、肉体的な被害はないって言っていいのか? よぎったけど、これも精神のために黙るが吉。『被害はない』と思いたいだけの可能性もある。
100人中100人に好かれそうな笑顔だったのに、ひどいことをしやがって。いい詐欺師になれるんじゃないか?
「アクシルがどうしてこんなことをするのか、検討がつかぬのだ」
「アイツ、アクシルってのか?」
小さな点頭を見て、気づく。
「オマエは? 名前、聞いてなかったよな」
「申し遅れた。ワムスだ」
丁寧な性格なのか、挨拶の瞬間だけ姿勢を正した。
「オレはディセット」
ストーカーの名前、よく知っているな。勝手に隣で寝るようなヤツだ。名前を連呼して、強引に覚えてもらおうとでもしたのか?
考えれば考えるほど、奇行に走るアクシルがちらつく。人は見た目で判断してはいけない。こんな形で身に刻むことになるとは。
「……パル」
警戒は抜けきらないのか、パルの名乗りには多少の迷いがのぞいた。名前を教えるだけだ。気に病むほどではないだろ。
「よろしく頼む。うちの勝手で逃げることになって、申し訳ない」
「いいよ。そんな事情なら」
悪人には見えなかったけど、裏事情があった。本当に、人は見かけによらない。
肉体的な被害はないらしいとはいえ、危険を感じる相手であることに間違えはない。逃げてもいい。
「村、戻れないの?」
「わからぬ。まだいるかもしれん」
襲撃者から身を守れそうな村。代償に、アクシルからの脅威がある。恐怖を感じるのはワムスだけだろうからって、戻る理由にはできない。
オレらだけで村に帰るのも、それはそれで心配が残る。
「ゆっくり休息できるかと思ったのに」
パルのぼやきが刺さったのか、ワムスが肩を縮ませた。パルに悪意はないだろうけど、自責を感じさせたか?
会いたくない男に会って、不快もあるだろうに。これ以上、精神に負担をかける理由はない。
「パルもある意味、変わらないぜ。オレ、別の意味で拘束されてるから」
あれこれ心配されて。自分でできるのに、パルの世話はとまりはしない。やられすぎて、気にならなくなっちまったほどだ。
「ディセットのためだよ」
あくまでも、パルの態度は変わらない。困ったもんだ。
「野宿はどうだ? 不快な思いをさせぬよう、努力する」
アクシルに隣に寝られたり寝顔を見られたりの経験があるワムスだと、不安は残る。アクシルがいるかもしれない村に戻るのは、得策とは言えないか?
見た感じ、村の警備はなさそうだった。襲撃者が来たら、村の人にも危険を与えかねない。野宿のほうがいいのか?
「賛成」
パルに視線を落としたら、悩みが残るみたいだった。
「近くに、他の村はある?」
「記憶の限りでは、ない」
「野宿しかないじゃん。体力の限界だろ?」
動きを見せないパルの体力を察して、声をかける。ゆっくり顔があげられて、晴れない表情を見せられた。
「暗くなるし、仕方ないか」
完全な納得ではなさそうだけど、妥協には至れたか。
「うむ、野宿はいいぞ。土のひんやり、におい、すべてが癒しだ」
かすかに喜々を見せるワムスの指南で、オレらは初めての野宿で夜を明かした。
モンスターが出にくいという場所に身を隠して寝たからか、誰からの襲撃もなく朝を迎えられた。
集落での眠りと比べたら、快適さは劣る。思ったより悪くはなかった。疲労が強かったせいもあるだろうな。
周囲にいるのも、パルとワムスだけ。いつの間にかアクシルが合流することもなかった。見つかることがなくてよかった。
オレとパルはパルが持ってきた食料で、ワムスは近くから採取した野草で飯を済ませて出立した。
『ワムスにわけるべき』とは言ったけど、ワムス自身が『悪いから』と拒否した。瞳に羨望はあったけど。野草まるかじりに抵抗はないらしい。野宿生活だと、そうなるのか?
だからこそ、果実を見つけてうきうきと採取に励んだのか? モンスターに背中をわしづかみにされるまで気づかないほどに。
「目的地にまっすぐ進むか、村に立ち寄れるようにするか、どちらが所望だ?」
「後者かな」
「うむ」
一晩明けて、パルの警戒はゆるんだように感じる。体力が回復して、冷静な判断を下せるようになったのか? 睡眠中に危害を加えられなかったのが、信頼を作ったのか? 無意味な対立が薄まってくれてよかった。
「洞窟を抜けたら、村があるはずだ。本日中につける距離かは、判別できぬが」
ワムスの地理情報は大雑把さが目立つ。一切の道が入っていないオレらより、マシだけど。今はざっくりした情報に頼るしかない。
本日中につけるかわからない村が、次の目的地。逆算したら、本当の目的地らしいラソン平野はもっと遠いのか。
考えは、ワムスの鋭い動きで遮られた。剣を抜こうとしている。襲撃か?
オレもパルも察して、それぞれ武器を構えた。見回しても、敵らしき気配は見られない。
ワムスは既に対象を目視しているのか、視線は一点から動かない。小さな口を動かして、聞きとれない詠唱を始めた。
足元に水色のやわらかな発光が生じて、ワムスの指先に針のような細さの氷が作られる。
ワムスの詠唱がわかったのか、ワムスの視線の先から男が姿を見せた。こっちに駆け出す姿はオレらを襲撃したヤツとも、アクシルとも違う。初めて見る顔だ。
男がこっちにつくより先に、ワムスの鋭い氷が男に命中した。刺さった胸を押さえて苦痛を浮かべた男に、パルの放った矢が横を通過する。
また、外しやがった。ひるませはできたのか、こっちに駆ける男にさっきの威勢は消えていた。
魔法と弓という攻撃があるのに、接近を続ける。遠隔攻撃の手段はないのか? 判断して、前に出て剣を構えた。
数の有利もあって、男は降伏した。命を奪うのに抵抗はあるし、見逃すことになった。
その前に、聞くべきことがある。武器を奪って座らせた男に、3人で視線をぶつける。
「オレらを襲った理由は?」
金を持っているようには見えないだろ。金が目当てなら、3人もいるオレらを狙うのは不自然だ。剣や弓を持っているのは見えただろうし、3人とも戦えるとはわかるはず。3人相手でも勝てると思えるほど、オレらが弱く見えたのか? だとしても、就寝中を狙ったほうが賢い。
白昼堂々、戦力的に不利だと考えられるオレらを狙った。理由が読めない。
「……頼まれただけだ」
「誰に?」
頼みだと、金目当ての犯行説は薄まるか? 『オレらの金を奪え』と頼まれるとは思えない。恨みを買っていたなら可能性はあるけど、心当たりはない。
「金で雇われただけ」
「そいつ、どんな男?」
『男』と断定したパルの問いにも気づかないで、男は雇い主の特徴をあげた。オレらを奇襲した男と合致した。
アイツが金で雇ってまで、オレらを襲撃した?
「なんのために?」
「知らねぇよ。『とらえろ』って言われただけだ」
『殺せ』でも『危害を加えろ』でもなく、とらえろ?
なんのために? 疑問はよぎったけど、これ以上聞いても有力な情報を得られないよな。
「本当に? 隠してない?」
構えた弓を男に向けて、パルは冷酷に発した。にじみ出る本気を悟ったのか、男は身じろぎする。
「本当だって! 名前も知らない! 『とらえたら金をやる』って言われて、それで」
声を裏返してまで主張した男に納得したのか、パルは弓をおろした。確保された安全を前に、男は胸をなでおろす。
「わかった。消えろ。他言するな」
「はいっ」
消えない怒気におびえながら、男はわたわたと逃げ帰った。
ようやく勝利を実感して、剣をおろす。
「すまぬ」
安心した心に届いたのは、小さなワムスの声だった。
「なに言ってんだよ。助かった」
ワムスが誰よりも早く気配に気づいてくれたから、奇襲されないで済んだ。オレとパルだけだったら、最初の襲撃の二の舞になったかもしれない。
魔法や剣の威力も申し分がなくて、頼りになる戦力だった。
「あるいは、アクシルが金をバラまいて見つけようとしたのかもしれぬ」
本当に申し訳なさそうに消える声。オレらが奇襲された事実をワムスは知らないんだと思い出した。
「いや、アイツは――」
「ただの愉快犯だろ」
告げようとした真実は、パルの声で遮られた。パルに小さく首を横に振られる。
「言わなくていい。不安をあおるだけだ」
耳元で小声で続けられた声。そう、なのか? 危険を伝えたほうがいいんじゃないか?
原因はわからないし、解決のしようがないから言わないほうがいいのか?
まだワムスを信頼しきれてない思いが残っているのか?
伝えるか、伝えないか。どっちが最善かわからない。パルの意見に従うか。
「オレもそう思う。気にすんな」
明るい声で伝えたら、ワムスの顔があげられた。今までうつむいていたワムスには、オレらの密談は気づかなかったよな。
「見たことがない武術であったゆえ、ならず者であろうが」
武術を見る余裕もあったのか。細い見た目に反して、想像以上の実力を隠し持つのか? 相手が人間だったから、手加減をしただけだったのか?
「手間をかけて、すまな――」
「謝罪はいい。進もう」
肩を落とすワムスにしびれを切らしたかのように、パルはぴしゃりと言い放った。空気を変える言葉だ。
ワムスもいつまでも沈んでいられないと悟ったのか、小さく点頭して歩き始めた。
足を進めて、視線の先に洞窟らしきものがかすめられた。抜けるべき洞窟か? 近づくにつれて、別のなにかも見え始める。
「ぬ?」
違和感に気づいたのは、オレだけではなかった。ワムスからもマヌケな声が漏れる。
それもそのはず。目的地の洞窟の入口は、ゴロゴロした岩でふさがっていたから。
洞窟の周囲には、切り立った崖がある。そこから落ちたのか?
「通れる?」
幸い、ふさぐ岩の上のほうは隙間を確認できる。人が通行できるかと聞かれたら、微妙な隙間だ。
「今は落ちないよな?」
この大きさの岩が落下したら、間違いなくグロテスクなバッドエンド。奇跡的に助かったワムスも、今回は完全に終局。
「夜行性のモンスターがすみかを作る際に、邪魔な岩を捨てたのであろう。明るい今は、平気なはずだ」
だったら、安心か。死ぬなら、キレイに死にたい。肉片にすらなれそうにないグチャグチャエンドはまっぴらだ。
「生態、詳しいの?」
「習っていたゆえ」
ワムスは器用に岩にのぼって、上にある隙間をのぞいた。
「ディセットは完全アウトそうだ」
この中で1番デカいオレ。そのオレが通れない。
「ディセット以外も、全力で細身を演出してやっとであろう」
「少しだけでもズラしたら、行けそう?」
「うむ」
ワムスは岩から着地して、岩をペチペチとたたいた。この程度の衝撃ではびくともしない。
岩に手のひらを当てる。ひんやりとした温度が伝わった。ゴツゴツとぶつかって、温度とは正反対の不快な感触がある。
パル、ワムスもオレに続いて岩に手を伸ばした。
「いくぞ」
オレのかけ声に決起して、3人で全力で岩を押す。
全力で押す。
押す。
ぐらり、と動いたけど。隙間を大きくするまでにはなってくれない。粘って押し続けても、それ以上の手ごたえが来てくれない。
動いてくれそうなのに、動かない。もどかしさを感じた瞬間。岩に伸びる手が増えた。
瞬間、岩がゆっくりと揺れた。バランスを失った岩は、大きくかたむく。
大きくなった入口の隙間に成功を実感すると同時に、じんじんする腕を垂らした。手のひらから肩、背中まで、幅広く痛い。
「な……」
ワムスの顔色が変わったのを察して、視線の先に振り返る。瞬間、動揺の理由がわかった。
協力して岩を動かしてくれたのは、アクシルだった。
ほがらかな笑顔を作るアクシルは、当然のようにワムスだけを見ている。まるでオレらは見えてないみたいだ。
「僕も押してくれていいんだよ? ほら」
なにかを求めるように、アクシルは両手を横に広げた。
「なぜ、ここにおる」
生気を奪われたかのように、ワムスの声には抑揚がない。結果だけ見たら、助かってはいるけど。素直に喜べない状態だ。
「君のそばにいるのが、僕の趣味だからだよ」
「離れろ。消えろ。去れ」
それ、全部同じ意味じゃないか? ともかく、ワムスの胸懐だけはわかる発言だ。響かなかったのか、アクシルの表情は笑顔のまま。
「村で逃げられて傷心だったけど、朝には復活して合流に来たよ」
両腕を広げたままの高らかな声は、一聞だけだと救世主みたいだ。事情を知るせいで、今は怪しい宗教の演説にしか見えない。
「言葉責めなら歓迎だけど、行動で示すなんてひどいよ。君の姿が見えないと、僕は少しも興奮できないんだよ? 捜索の手間もあるし、なえちゃうよ」
「とっととなえて、消滅しやがれ」
法悦にひたるようなアクシルの主張に、ワムスは厳しい言葉を刺す。『言葉責め』の単語を聞いた直後のせいか、アクシルの顔に紅潮が光ったように見えた。気のせいだと思おう。
「困ったなら呼んでくれたら、僕はいくらでもプッシュしたよ」
この口ぶりだと、朝に襲撃されたことは知らないのか? 知っていたら、助けに駆けたのか?
槍を持つ以上、アクシルは戦えそうだ。岩を動かせたことを考えると、筋骨隆々ではなさそうだけど筋力もありそうだ。オレより背が高いから、筋力も優れているのか?
「困ってなどおらん。アクシルなぞに押されて、岩があわれでならぬ」
「僕は君の体を押したいよ」
「黙れ」
落胆していたさっきと別人のように、早口でまくしたてるワムス。このやりとりを前にすると、ワムスはアクシルに恐怖を抱いてなさそうに感じる。気のせい?
「急ぐのであろう?」
「そうだったね」
すっかり言葉を失っていたパルは、正気に戻った。岩をのぼって洞窟に入ろうとしたワムスの手は、アクシルにつかまれる。
「なにをする気だい?」
「とめられる筋合いはなかろう。うちの自由である」
振り払った手はあっさりと外れた。力任せに握られたわけではないのか。
「君が先導したら、この悪い虫に、下からお尻をなぶり見られることになるんだよ」
反射的に吹き出しそうになった。待て、そんなつもりは皆無だ。アクシルも、涼しい顔でよくそんな表現を使いやがるな。
オレが行動を移すより先に、ワムスがアクシルに冷めた視線を刺す。冷視を前にしても、ワムスに向けた心配を解除しないアクシル。
否定するほうが『図星で焦った』と誤解されかねない。ここは無言でいよう。
ワムスは『オレらにそんな気はない』ってわかってくれるだろ。短いつきあいだけど、アクシルよりワムスのほうが信じられる。確実に。
「視姦を許すなんて、君はいつからそんなに淫乱になってしまったんだい? 僕がいくらでもやってあげるのに。今すぐにでも」
言葉が効いたのか、ただのイライラか、ワムスは岩にのぼるのをやめた。ジャリを拾って、アクシルに向かってぺちりと飛ばす。
「ワムスからプレゼントをもらえるなんて、うれしいよ」
小さな攻撃は正しく伝わらなかった。アクシルは地面に落ちた数あるジャリの中から、選んで拾って自身の懐にしまう。ワムスが飛ばしたジャリだけを拾ったんだろうな。正しく判別したかは、オレにはわからないけど。
「君が淫乱になっていいのは、僕にだけだからね」
「黙れ」
なれているかのように、ワムスは淡々とあしらった。
『淫乱』なんて単語を使うヤツ、初めて見た。発生源がほがらかな好青年風の男だから、脳が混乱を作りそうになる。見た目と言動のギャップは、吐き気を覚えるほどだ。
「先、行くね」
この場にいることを嫌うように、パルが洞窟に入った。見届けて、オレもあとに続く。あんな話をされて、ワムスに先に行かせる気にはなれない。見る気はないけど、ワムスもあとに行くほうが安心だろ。
余裕を感じる大きさの穴をくぐって、洞窟内に着地した。
外とは違う洞窟の気温を全身で感じる。空気に湿り気も感じる。
同時に、ミスに気づく。
洞窟の外では、ワムスとアクシルが2人きり。まさか、拉致とかされないよな?
勢いよく振り返る。こっちに来ようとするワムスが逆光で見えた。
「いい眺め」
いけない声が届いた気がしたのは、幻聴だと思おう。すべては、自分だけ楽しみたかった魂胆か?
洞窟に着地したワムスは、すぐに立って歩き始めた。行動をあざ笑うかのように、背後から届く着地音。
案の定、アクシルが洞窟の中に進入してきていた。
「なぜ、ついてくるのだ」
ワムスは無視はできなかったのか、振り返って不機嫌な声をぶつけた。
「君と一緒にいるのが、僕の人生だよ」
「そんな人生、終えろ」
「君と一緒に死ねるなら、悔いはないよ」
話がかみわないように思えてならない。ワムスの話もズレた点が多かった印象だけど、アクシルも負けず劣らずだ。静観したら、洞窟内がカオスになりかねない。
「遊びじゃないぞ」
効くかわからないけど、オレも参加。案の定、アクシルは表情を変えなかった。
「僕はいつでも本気だよ。君たちこそ、遊びなら容赦しないからね」
ほがらかな口調ながら、一瞬だけ武器に手をそえようとしたのを見逃さなかった。ワムスにここまでの執着を見せるアクシル。ワムスになにかあったら、本気でやりそう。
「本当にワムスだけが目当て?」
無視をやめたパルは、アクシルに視線を送って警戒しかない質問を投げた。
「当然だよ。『悪い虫は燃えて消えろ』的な用事は、あるとも言えるかな」
へらへらと続けられた声に、身の危険がにじんだように思えたのは気のせいか。ワムスになにかするつもりはないから、安全とは思いたい。
「1人で見つけようとしたの?」
続けられたパルの問いで、聞きたいことがわかった。
「金で雇ったりしておらぬのか?」
ワムスも真意に気づいて思い出したのか、アクシルに質問をぶつけた。
「お金で雇わせるようなことをしているのかい? 自分を安売りしたらいけないよ。僕が永久に買うよ」
『安売りするな』なのか『買いたい』のか、どっちだよ。
「アクシルではない、のか?」
「僕はアクシルだよ」
2人の会話は永久にかみあわない気がしてきた。この様子だと、本当にアクシルは襲撃と無関係そうだ。
ここまでワムスに執着するアクシルが、ワムスを危険にさらすようなことはしないか。
「戦える?」
「守れる力はあるよ。魔法は苦手だけど」
その『守れる』は、自分のことなのかワムスのことなのか。
「なら、いいんじゃん」
パルの言葉の真意は、すぐにわかった。
「同行、許すのか?」
有無を言わさずに一緒に歩き続けるアクシル。なにもしないでいたら、アクシルはワムスから離れようとしなさそうだ。許すのか?
「なにを申すか。こんなのがおったら――」
「人数は多いほうが、戦力的には有利」
パルの意見を前に、ワムスは言葉を続けなかった。
戦力を増やすのは納得だ。現状、アクシルに襲撃者との関係は疑われない。
ワムスの気持ちを考えると、許可していいのか疑問は残る。
「ワムスはどう?」
「反対。却下。否決。棄却。一蹴」
思いつくすべての否定の言葉を並べたらしい。ここまでさけられても、アクシルはへらりと笑うだけだった。
『拒否されるほど喜ぶのか』ともよぎったけど、考えないでおく。拒否しても喜ぶ、拒否しなくても喜ぶなら、ワムスに明るい未来はない。さけて考えたい可能性だ。
「ワムスが今ここにいられるのは、誰のおかげかなぁ」
告げられた通告に、ワムスから色が消えていく。
「そ、んなの3人でもどうにかできた」
たどたどしく言葉を発するワムス。アクシルは負けない態度を続ける。
「力任せに動かせたとして、腕力は奪われてまともに戦えなくなっていたよ?」
腕の痛みは弱くなって、戦うのに大きな支障はなさそうだ。最小限の消費で済んだのは、アクシルの助力があったから。アクシルがいなかったら、腕がどうなったかわからない。岩を動かせたかすらも。
「体力がつきはてた君は、この悪い虫に食いものにされてしまっていたんだ。おぞましい」
しない。空気を悪くする発言はやめろ。
言っても聞かなそう、まともな返事は期待ができなさそうだから無言を貫く。
ワムスは完全に反論を失っていた。腕の疲労の意見は、完全なる正当だ。弱みにつけこまれたか。
「ありがとう。やっぱり君は優しいね」
無言は賛同と思うタイプだったのか、ワムスの戦意喪失を見抜いたのか、アクシルは笑顔をまたたかせた。
脅迫っぽく感じるけど、戦力が多くなるのには賛成だ。どうとも言えない。
「……すまぬ」
小さく届いた謝罪は、オレやパルに向けたものだったんだろうな。
「どこを目指しているんだい?」
「ラソン平野って場所」
「遠いね」
やっぱりそうなのか。こう言えるからには、アクシルも土地勘はあるほうか? ワムスを追いかける際に地理も自然に頭に入ったのか?
「なにしに行くんだい?」
「観光」
「あんなに地味な場所に?」
地味な場所、なのか。パルはどうして、わざわざそんな場所に行きたいと思ったんだか。パルの感性は理解できん。隠された魅力でもあるのか?
アクシルの問いに、パルは返さなかった。
「どんな土地にも優れた面はある。そう言うのはやめろ」
「……そうだったね。ごめん」
ワムスのたしなめるような声に、アクシルはどこか悲しげに笑った。ワムス、アクシルの同行は完全に諦めたのか? 口車に乗るような形だったけど、いつもあんななのか? いつものワムスが、少し心配にもなる。無事に生涯をすごしてくれたらいいけど。
洞窟内を歩く中、モンスターとも遭遇した。特別強い個体はいなくて、苦戦はしなかった。
アクシルの力が強かったのが大きい。『オレやパルがいなくても勝てるのでは』と思うほど、優れた武術だった。
「2人はどこで武術を習ったんだ?」
ここまで強いなんて、ルーツが気になる。寸暇を惜しんで修練に励むタイプには見えない。優れた教えがあったのか?
「似てるよね。流派、もしかして同じ?」
パル、そこまで見抜いていたのか? オレはわからなかった。剣と槍の違いもあるし、注視してもわからなかっただろうな、
「僕とワムスは――」
「修練を積めば、どうにかなる」
まっすぐしたワムスの言葉で、アクシルの声はとぎれた。一瞥したアクシルは、言葉を続けなかった。
同時に話しただけなら、ワムスの話の終わりを悟って言葉を続けたらいい。しないとなると。聞いてはいけないこと、だったのか?
パルも悟ったのか、聞き返さなかった。
気まずい空気が流れかけた瞬間、アクシルが素早く反応して駆ける。モンスターを見つけたんだ。
アクシルに続いて駆けて、モンスターと対面した。さっきも戦った、ありふれたモンスターだ。小柄に見える。さっきより弱いか?
ワムスの詠唱した魔法が命中して、モンスターはうめき声を漏らす。その隙にアクシルが足をすくって、空中に投げる。
着地点に駆けようとして、先にある木製のつり橋に気づく。1人ずつ歩いても危険そうなもろさだ。
よぎった瞬間、モンスターがつり橋に落ちて。土煙をあげて、つり橋は崩れた。同時に、モンスターも奈落の底に落ちていく。
「あ、れ」
モンスターを落としたことか、つり橋を壊したことか、アクシルが片言を漏らす。
「なんたることだ」
ワムスが駆け寄って、眼下を見る。さっきまであったつり橋は完全に分断して。モンスターも見えなくて。
「勝ちは勝ち?」
パルも恐々と下をのぞく。オレも続いて見る。底がわからないほどの高さだ。
「のぼれる高さではなさそうだ。襲ってはこないであろう」
戦いには勝った。問題は。
「この橋、使うんだった?」
まさかと思いつつ聞いたオレに、ワムスは小さく点頭した。視線はすぐに穴の下に戻される。落ちたつり橋を思うような、悲しさのまじった瞳。
「そう、だよね。ごめん」
目的地を聞いた時点で想像はしていたのか、アクシルは沈んだ声で謝罪した。ワムスを直視できないのか、アクシルも視線は穴の下にある。いつもはあんな言動だけど、誠意ある謝罪もちゃんとできるのか。
「跳べ……はできぬか」
向こうの地面までの距離は、人2人分には足りない程度か? 跳んで移動するのは、不安が残る距離だ。広がる穴は地面が見えなくて、落ちたら末路の危機。
地面に落ちたモンスターが底で数多く生きていたとしたら、生き地獄な危機。
さっきさけられたと思ったグチャグチャエンドの再来だ。そもそも、ここから落ちた時点でグチャグチャ確定のバッドエンドか。
「ここが使えぬとなると……どこだ? どう行けばよいのだ」
脳内マップがエラーを起こしたのか、ワムスは頭を抱えた。髪型が崩れるのも気にしない様子で、本気の悩乱が嫌なほどに伝わる。
見てもどうにもならない。元凶のアクシルに視線を移す。悲しげにするだけで、言葉を発しようとしない。
別の道の心当たりは、アクシルもないのか? わかるなら、ここぞとばかりに援助を出すよな。助けられないから、悲しげにたたずむしかできないんだ。
「いつもこうだ。アクシルがおると、いいことがない」
地面に両手をついて、奈落を眼下にぼそぼそと吐露するワムス。聞こえたのか、アクシルは小さく口を開いた。言葉は作られないまま、口は閉ざされる。
否応なく、重苦しくなりそうな空気が流れる。
「どちらにしろ、あのボロさだと使えるか微妙だったよ」
心配性なパルらしい励ましだ。
アクシルをかばいたい思いは少ないけど、オレだって空気を悪くしたくない。
「同感。使うたびに損傷が進んで、最後の1人まで持つとは思えなかったぜ」
思いが届いたのか、ワムスの顔はゆっくりあげられた。落胆は消えないけど、立ち直れそうにはなったか?
「ここまで損傷が進んでおるとは思わず……選ぶルートを誤った」
「ワムスのせいではないだろ」
自責に走りやすい傾向があるのか? 今回はワムスのミスではない。戦闘中に敵がどこに落ちるかまで計算する余裕もないから、アクシルを責めることもできない。
ボロいつり橋を前にして、全員が迷いなく渡る選択をしたとは思えない。特にパルは、強く反対しただろ。
結局、つり橋は渡なかったはずだ。
「だが、別の道となると……」
「知らないのか?」
困窮しきった様子を見るに、そうだろうな。小さな期待を捨てられないまま聞いた。
「『他にも出口がある』とは聞くが、どこにつながるかまでは」
責めたわけではなかったのに、ワムスは小さく肩を落とした。アクシルも自責があるのか、口を開こうとしない。この光景を通常時にアクシルに見られたら『ワムスを悲しませた』って武器を構えられたりして。
「出る? そこから別のルートを目指せない?」
道のわからない洞窟を歩くより、外に出たほうが得策に思える。パルらしい、安全最優先の提案だ。『冒険心を捨ててきたのか』と聞きたくなる。
「今、夕時になっておらぬか?」
「だと思う」
体内時計に優れたパルが、誰よりも早く返した。
洞窟に入ったのは昼頃だっただろうし、きっと今は夕方に近いよな。
「岩を投げる夜行性モンスターが活動を始める頃だ。今、外を歩くのは危険かもしれぬ」
「すみか、まだ作ってないのか?」
住居を作るために岩を投げるなら、完成したら岩を投げる必要もなくなる。すみかが完成したなら、岩の危険はなくなるだろ?
「完成したとて、夜に活動する事実がある。強いゆえ、襲われたらひとたまりもなかろう」
戦闘力の高いワムスが言うからには、かなりの強さを誇るんだ。アクシルも加わったとはいえ、強いモンスターとなると話は別。蓄積された疲労もある。
「見た目に反して素早いし、逃げるのも大変だよ」
アクシルも知識はあるのか、沈んだ声を続けた。
外に出るのは危険。つり橋の先には行けない。となると。
「別の出口を目指すしかないか」
全員がそうするしかないと思ったのか、オレの声に反対意見はあがらなかった。
「どこに出るかわからん。不明な地で迷う可能性は否定できぬ」
「いいよ。聞けばいい」
ワムスに頼りきりだけど、他の人にも頼ればいい。通行人程度は見つかるだろ。ワムスに負担をかけ続けるわけにもいかない。自責を感じやすいみたいだし、余計に。
「ここで休憩もできないしね。いつモンスターが出るかわからないよ」
モンスターとの遭遇率も高めのここは、外に野宿するのとは危険が違いそうだ。
「早急に出られるよう、善処する」
頼まれたことは完遂しようとする、誠実な心の持ち主なんだな。ここまで責任を負ってもらう必要はないのに。
ワムスの直感に頼って進み続けたけど、一向に出口らしき場所につけない。
誰も口にしないのは、ワムスを思いやってのことだよな。オレもわかっているから、口には出さない。
どんな話題なら空気を壊さないかもわからなくて、沈黙が続くわけだけど。
かれこれ分岐の消えた道を歩いているけど、変わり映えのない風景が続いている。
『無限回廊にでも迷ったのか』とよぎった頃、視界の先に壁とは違う色がかすめた。
「出口、か?」
ワムスも視認したのか、小さく声を漏らした。暗くて確信は持てないけど、壁に穴が開いて外の風景を映しているように見える。希望的観測かもしれないけど。
近づいたらわかるか。
「待って」
歩みをとめたのは、腕を伸ばしてオレらを制止したアクシルだった。アクシルの視線は上に向いている。釣られて見て、静止の理由がわかって声が漏れる。
「モンスター?」
高い天井にぶらさがるのは、初めて見る存在だった。ここからでも視認できるから、結構な大きさか?
推定した大きさだと、出口らしき穴は通れなさそうだ。
「駆けたら、逃げきれるか?」
オレの提案に、ワムスは難色を示した。
「縄張り意識が強い。感知されたら、しつこく追ってくるであろう」
「入口、小さいじゃん」
「壁がもろかったら、体当たりで壊される可能性があるよ。あれが出口の確証もないしね」
どんだけ横暴なんだよ。とは思うけど、アクシルの言葉は一理ある。出口の確証がない以上、駆けて逃げきるのは得策ではない。
「道、変える?」
不安げなパルの案に、ワムスは首を横に振った。
「この道を戻った頃には夜だ。体力が持つかもわからぬ」
時間が遅くなればなるほど、眠気で体力が奪われる。その状態で戦闘になったら危険。
今まで来た道に、安全に野宿できそうな場所もなかった。交代で見張りをして寝ればいいか? 見張りが奇襲されて倒れたら、全員が倒れるしかない。見張りが危険を伝えられたとして、寝起きの状態で満足に戦えるかの不安もある。
まさかとは思うけど、見張りのアクシルがワムスの寝顔に夢中になって……とかもよぎる。命の危機があるから、さすがに自重するだろうけど。
「アレ、強いのか?」
駆けて出口に逃げきるのは推奨できない。来た道を戻る選択も選びにくい。残されたのは、あのモンスターを倒して出口に安全に行く程度だ。外の風景を見られる以上、出口ではなかったとしても情報収集程度はできるはず。出口が小さくて出られない程度なら、強引に穴を広げて脱出も可能だ。
「凶猛さは強いが、体力は見た目ほどではない」
「勝率は?」
パルの問いに、ワムスは少し悩む様子を見せた。
「10%、であろうか」
予想以上に低い確率だ。一桁でないだけマシと思うしかないか。
「あげる方法はあるよ」
アクシルはモンスターにまっすぐ指を向けた。
「視覚が優れているんだ。目をつぶしたら、攻撃を当てられにくくなる」
「暴れたりしないのか?」
視覚を奪われたら、混乱して暴れる印象がある。あのデカさで暴れたら、結構な攻撃になりそうだ。当てられにくいと言われても。おちおち近づけなくなったら、近接攻撃しかできないオレは動けなくなる。
「聴覚とかは弱いから、動くのにも臆病になるよ。その隙に攻撃を重ねたらいい」
洞窟にいるモンスターは、視覚を犠牲に聴覚や超音波が優れているのかと思った。逆を進むことで生存競争に残ったのか?
「目を狙うっても」
天井にぶらさがっているから、近接攻撃では狙えない。勝率10%の相手に、地面に落としてから近接攻撃で狙うのは得策とは言えない。必然的に、遠距離攻撃になるわけだが。
視線をパルに移す。案の定、難色な顔だ。
おせじでも『弓の扱いがうまい』とは言えないパル。毎回のごとくスパスパ外しているのに、この大切な局面で当てられるか?
視覚が優れているなら、外した矢を視認した時点でオレらにも気づきかねない。そうなったら、終わり。視覚をつぶせないまま、勝率10%との戦いがスタート。
「ワムスならできるよ」
アクシルは優しい口調で、ワムスの肩に手を置いた。いつもなら辛辣な言葉を投げて振り払いそうなのに。ワムスは思いつめた表情で動こうとしない。
「届くのか?」
ワムスが使っていた、針のような鋭い魔法。あれなら、矢より優れた威力がありそうだ。魔法に明るくないオレは、射程がわからない。
「楽々だよ」
迷いもなく返したアクシル。ワムスの戦闘能力を熟知しているのか? プレッシャーを感じやすそうなワムス相手だ。ただの信頼とか、点数稼ぎで言うとは思えない。
「できるわけ、なかろう。あんなに遠いのに、ピンポイントに目に当てるなど」
「できるよ」
優しく両手を肩に置いて、ワムスをモンスターに向かせる。
ワムスに任せる構図にはなるけど、遠隔攻撃の手段を持たないオレはなにもできない。丸投げみたいな構図になる自覚はあっても、見守るしかない。
「いつ気づかれるかわからないよ。急いで」
自分を棚にあげる覚悟で、パルはワムスを急かした。
「動かれたら、目を狙うのは困難になるよ。今が最適な時期だ」
優しい言葉を続けられて、ワムスは無音でアクシルの手を払った。拒否かと思ったら、ワムスの足元が水色に光る。詠唱だ。
スローでモンスターに伸ばされた指先から、鋭い氷が生まれて。高速で標的に進んでいく。
鋭利にモンスターに刺さって、じっとしてた姿がたけって落下した。
「ほら、できたじゃないか」
武器を構えながら明るく響いた声で、瞳に命中させられたのだとわかった。オレも武器を構えて、モンスターを前に覚悟を決めた。
目に魔法を当てられただけでなく、落下のダメージも与えられて。覚悟したほどの苦戦はなく、勝利できた。全員大きなケガもなく終わらせられてよかった。
「重役を押しつけて、ごめんな」
ワムスの表情は晴れないままだった。
「偶然だ」
「努力のたまものだよ」
明るいアクシルの言葉にも、ワムスは自信なくうつむくだけだった。
魔法を当てられただけでなくて、そのあとの戦闘でも活躍を見せたワムス。ここまで謙遜しなくてもいいだろ。
「においに気づいて、他のモンスターが来るかも。早く外に出よう」
本心なのか、空気を変えたいからかのパルの提案に乗って、全員で出口らしき穴に歩く。
近づくにつれて外の風景が視認できて、見間違いや希望的観測ではなかったと実感できた。かすかに吹いた夜風は、洞窟とは違う冷たさがある。
出口をくぐる。土くささのない、さわやかな空気を感じられた。夜の世界ながらも暗闇になれた目は、あふれんばかりの自然を認知させる。
「この暗さだと歩けないね。野宿しようよ」
戦った疲労もある。時間的に、眠気に襲われてもおかしくない。アクシルの案には賛成だ。
「モンスターの気配はないし、そこまで危険な場所ではなさそうかな?」
パルはここでも警戒の声をあげた。初めての地だから当然か。疲労の蓄積はあるのか、休憩には賛成の意が見えた。
洞窟内のモンスターが外に出てまで襲ってくるとは思えない。きっと外は、そこまで危険はないよな?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます