大学生と高校生

第6話 一人暮らしのはずだった

苦しい。どんなに息を吐いても。終わりが見えない。

「ぜんぜん、膨らまない……!」

誰だ、可愛いからハートの風船使おうとか言ったの。……私だ。大人しく輪飾りを提案しておけば良かった。3個目までは何とか作れたけれど、もう今日は限界。あと1個作ったら終わりでいいや。

息を思いっきり吸い込んで、お腹に力を入れて、そして息を一気に吐き出す。

「何してるの」

廊下から突然現れた銀髪の少年にびっくりして、思わず少しだけ口を離してしまった。

ぶすううう。いい感じに膨らんでいたのに、青いハートは間抜けな音を立てて萎んでしまった。

「サークルの歓迎会の準備。…というか、誠司君、なんでここにいるの!?」

学ランを窓辺のハンガーに掛けはじめた背中に、萎んだ風船を持ちながら問う。

「俺今週からこっちに住むって、お父さんたちから聞いてないの?」

そういえば、誠司君は地元じゃなくて、こっちのエリート高校K校に進学だった。凄すぎていまいち現実感がない。

「たしかに家からじゃ通えないし、こっちに住むしかないよね。誠司君はどの辺に住むの?あ、K高だと寮とかあるのかな?」

「あれ、聞いてないの?」

小首を傾げてこちらへ向かってくると、誠司君は私の手からするりと風船を奪い、隣に座った。

「お父さんがね、一緒に住めば良いって。お母さんも、『ひなはのんびりしてるから、一緒に住むなら安心ね』って言ってたよ。」

奪い取った風船を長い指で弄りながら、天気の話をするようなノリで誠司君は言った。

…聞いていない。

「でもここ1DKだよ?お互い、プライバシーとかあるじゃない?」

「俺は気にしないけど」

「私は気にするの!というか誠司君ももうちょっと気にしよう?」

聞いているのかいないのか、誠司君はさっきの青い風船に息を吹き込んでいて、返事をしなかった。私が一度膨らませた後だったとはいえ、肺活量の差か、一瞬で膨らんでいた。

「俺が、家族じゃないから嫌なの?」

形の良い唇が風船から離れ、少し骨ばった指が、ハートの口をぎゅっと押さえた。それを持っているのと反対の腕でテーブルの上に頬杖をつくと、誠司君は隣から真っ直ぐに見つめてきた。

「…違うよ。」

答えを間違ったら悪いことが起きそうな張り詰めた空気に、私はそれしか発することができなかった。

「ふうん。そっか。」

ハートの口を手早く結ぶと、お茶を準備すると言って、誠司君はキッチンへと向かっていった。

キッチンや戸棚の場所、紅茶の仕舞ってある場所なんて特に教えていないのに、前から知っていたようにてきぱきと準備している。

さすがエリート高校生、なんでもできるなあなんて関心してしまった。

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