不思議で幸せな気持ち

HaやCa

第1話

こんなにも不思議でしあわせな気持ちになったのはいつぶりでしょうか。思い返しても私の頭には何にも浮かんできません。それほどまでに「あの日のできごと」は大きくて、まるで胸が冒険譚で満たされるようでした。

 そう、あの日私たちの冒険が始まったときから。


 小さな町の中を様々な商人が行き交っています。果物や野菜などを売る者、冒険に関わる情報を売る者、他にも多くの人々が活気を見せていました。そんななか私は何処へ行こうか迷っています。私はお腹を空かせていました。

「あっちのお店は怪しそうだし、こっちの幌はヤバい臭いがしてるし」

 あれから四時間、魔法店(主に魔法を取り扱っている店)が見つけられなくて私の体力はゴリゴリと消費されていました。道の真ん中で止まってげんなりとしていると頻繁にお腹が鳴ります。ぐうぐう、悲鳴を上げているようでした。

「ごめんよ。僕が頼りないばっかりに」

「いえいえ、あなたのせいじゃありません。元はといえば、わたしが迷っていたのですから」

 隣にいる女の子―ラクの言葉を聞いたとたんに、私は取り繕うように言います。泣いている女の子の扱い方がわからなかったからです。

「ごめんよ、ごめんよ」

 ラクは謝り続けます。私は彼女をあやすように手を取りました。私よりは小さいけれど、私より強く握り返します。そこでラクが私のお手伝いをしてくれた理由がわかったような気がしました。

ですが、ここで突っ立っていてもらちが明きません。お腹はペコペコでつらいですが、私とラクはなけなしの力を振り絞って歩くことにしました。

「あなたって優しいんですね」

「ひっく、そんなことない。僕は困っている人を助けられないだけで。ひっく」

 ずっとラクは泣いていました。道に迷っているのは決して彼女のせいではありません。私がいけないのです。

 目当てのお店を見つけられたら、ラクに恩返しをしようと心に決めました。


 幸い、お腹を満腹にすることはできました。道の途中、露店の店じまいをしていたおばあさんに声をかけると、にっこり笑って焼き鳥を焼いてくれたのです。勇気を振り絞った甲斐がありました。人の優しさに触れたのち、私たちはまた件のお店を探し始めます。

「お姉さんって、どうして魔法のお店をさがしてるの?」

 歩いていると、ラクが泣き止んだことに気が付きました。お腹がいっぱいになって元気が出たのでしょう。そのきょとんとした目が愛おしく思えます。

「わたしが魔法店を探してる理由…」

 自分なりにラクの言葉を咀嚼してみましたが、うまく伝えられる気はしませんでした。

私が魔法使いをやっている理由は複雑ですし、一度の説明ではなかなか理解は得られないでしょうから。

「ダメ?」

「ううん、ダメじゃないよ。でも伝えるのは難しいの。ラクが嫌じゃなかったらお話するよ。時間はかかっちゃうかもしれないけど」

「どれくらい?」

「一日、いや三日、いやもっとかも。一年ぐらいかかるかもしれないけど、いいかな?」

 私の言葉の意味を探り当てるように、ラクは考えています。頤に小さな指を当てて、空を見上げて。正直、私はあまり期待していませんでした。ラクは今日初めて会った人です。だからこそ、私なんかについてきてくれるとは思っていなかったのです。

「お姉ちゃん、いまなんさい?」

「えっ? 十八才だけど。それがどうかしたの?」

「じゃあ、僕が十八になったらお姉ちゃんと一緒に冒険する。そうじゃないと、まわりのひとは誘拐だって思うから」

 舌足らずに言うラクの言葉は、とても温かい感情にあふれていました。途端に溢れ出す涙を必死にこらえて、私はラクの目を見ます。

「ありがとう。わたし何にも考えてなかった。自分のことも、ラクのことも」

 私の抽象的な言葉に、ラクは首をかしげています。それでもいいと今は思います。

彼女が大きくなった時、私と共に同じ道を歩いてくれるならそれだけで十分だと思ったのです。

「お姉ちゃんあれ!」

 こらえたはずの涙が雫となって私の視界を奪った瞬間、ラクが私の袖を引きました。

「私が探してたお店。ありがとうラク!」

 目の先にあったのは、私がずっと探していた魔法店でした。

 半日かけて見つかった魔法店、そのお店を目の前に私は声を上げて泣いてしまいました。

「お姉ちゃん、変なかお」

 ラクは指をさして笑います。自分がみっともない表情をしていたことはわかっていたので私は何も言い返しません。

「そうかも」

 目元を拭いながら、私も同じように笑い声を上げました。



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