第6話 ごちそう

「俺の血が欲しいという顔をしているな」

 ガルト様は、私の事を下に見ながら、にやりと笑った。

 欲しい。ガルト様の血なら自分の命を投げ捨ててでも飲みたいと思える。

「そんなに俺の血が欲しいか」

 小さく頷くと、ガルト様は、少しだけ屈んで私の頬に手を添えた。

 深い海のような色をした目に見つめられると、なんだか気恥ずかしい。


「お前の素直なところ、俺は好きだぞ」


 そんなこと、言われたら――

 私、ますます飲みたくなっちゃうじゃないですか。


 ガルト様は着ている服を少しずらして、その肩を露わにさせた。


「ほら、好きなだけ飲めよ」


 透き通るような肌。でもそこに確かにあるしっかりとした肉。噛みきる事が出来ないけれど、牙を添えただけでもそれを感じる事が出来た。牙を刺せば、その肉のしっかりとした感触はもっと感じられた。私の牙に反発するように、その肉が牙を押し返してくる。

 血を飲めば、それは格別の味がした。とても濃かった。

 そして、なによりも――ああ、ガルト様の匂いがする。ガルト様の肉の匂い、服の匂い、髪の匂い……ガルト様の匂いに包まれて、私は幸せだ……!

 口の中がガルト様の血で満たされていく。そして喉の乾きが嘘かのように潤っていく。全身が喜んでいる。


 ふと、体が宙に浮いた。

「おい、そろそろやめろ」

 片手で、手提げの鞄でも持つかのように、持ち上げられていた。

 ああ、さすがに飲み過ぎると怒られるか……

 でも、こんなに沢山飲んだのだから、もう私は死んでもいい。


 そんな気がした。


 次の日。

 私は、ガルト様の朝食をいつもより少しだけ豪華に作った。

 朝早く起きて、魔界のマーケットで沢山の食材を買ってきたのだ。ガルト様が昨日の夜に渡してくれたお金を握りしめて。


 今朝行った、そのマーケットで、私は自分の大好物を手に入れてきた。なんと言っても、人間捌き祭りが開かれていたのだ。簡単に言うと、マグロの解体ショーのようなものだ。人間狩りをする悪魔によって狩られたばかりの人間を、魔界のマーケットで捌き、その場で売るというものだ。


 人間捌き祭りの事はガルト様から聞いていたけれど、実際に見たことは初めてのことだった。

 捌いたばかりの人間の肉だ。絶対に美味しいに決まっている。これは煮たり焼いたりして食べたいところだが、新鮮なうちは生のまま食べたいものだ。肉が口の中で躍るように跳ねる。この感触が大好きなのだ。


「ほら! 新鮮な人間のお肉だよ!!」

 陽気に声を張り上げながら捌いたばかりの人間の肉を高々と挙げる様子を見て、ヴァンパイアとして、ではなくて、獣人としての血が騒いだ。

 そうして、予算的にはオーバーだったが、私は人間の肉を大量にゲットすることが出来た。何より、キッチンに立つ私の前にあるのは、好きな人間の腕と足の肉を手に入れたのだ。これは存分に楽しもう。


 ただ少し気がかりなのは……渡されたお金を使い果たしてしまったことだ。


 テーブルの上に朝食を並べていると、ガルト様がやって来た。

「ガルト様、今日の朝食は豪華ですよ。人間の肉が手に入ったのです」

 そう言うと、ガルト様は満足そうに微笑んだ。

「獣人にとっては、最高のご馳走だろうな。これだけ買ったと言うことは昨日渡した分のお金は使い果たした、というところか?」


 ……さすがは私の、ガルト様。

 ああ、完全に、気づかれていたようだ。

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