第5話 欲望のままに

 ガルト様は、私の気持ちに気付いているのだろうか。

 気付いていたら嬉しいが、恥ずかしい。だから気が付いていない方が、なんとなく助かるような気がした。

 だから、まだこの気持ちは言わないでおこう。そう心で誓った。


 血の入った瓶を飲んでも、まだ全身が血を欲しているようだった。

「ガルト様、早く人の血を飲みに行きたいです」

「分かったから、ちょっとは大人しく待っていろ」

 大人しく待っていろ、と言われても、大人しく出来ないのだ。相変わらずイライラするし、そわそわしていないとどこか気が済まない。

 こんな様子だから、ガルト様はため息をついて歩いて行った。

「少し、待っていろ」


 今回は電柱の上から人間の街を見下ろした。

 今夜は通りが多いところだったから、ガルト様も一緒についてくることになった。

 ああ、血の香りがプンプンする……!人が多い分、血の香りもこの前よりずっとする。

 街ゆく人、誰もが美味しそうに感じる。

 ごちそうが、目の前にある。それだけで心がわくわくする。

 ああ、こんなに最高な気分を味わえるなんて、私は本当に幸せ者だ!

 さて、誰から食べようか……


 腰が曲がった老人の血なんて、不味そうだ。興味がない。私が、興味があるのは、若くて、ハリとツヤがある若者の血だ!

 あの子供の血も美味しそうだ。量はあまり飲めないかもしれないが、あの柔らかい肉に食らいついたらどんなに美味いだろうか!

 人間の肉には限らないが、若いものの肉というものはいつだって美味いものなのだ!

「ガルト様、もう狩りに行ってもいいですか!?」

 そうガルト様に言うと、ガルト様は静かに頷いた。

 それじゃあ――いただきます!

 狙いはあの子供だ!!

 電柱の上から飛び降りると、ガルト様も狙いを定めたのか、一緒に飛び降りた。

 狙った子供には親がいた。まずは子供を連れ去らないと……そう思ったときには、親はもうガルト様に首を噛まれていた。その様子を脇で子供が目を丸くしてみていた。みるみるうちにその目には涙が溜まってくる。

 今だ! いや、今しかない!

 小さな体を後ろから抱きしめて、その柔らかい皮膚に牙を刺す。

 体が小さいこともあって、暴れていたのも簡単に押さえ込むことができた。

 牙を刺したところから血が溢れ出てくる。その血を一滴も残さず味わう。この前より甘い香りがした。子供の血はこんなにもいいものなのか。

 しかし、あまり飲み過ぎると、この子は死んでしまう。

 だから、今回はこれくらいにしよう。そう思って、肌から口を離すと、その子供は腰が抜けて、地面に倒れ込んだ。


 ――あとちょっと、あとちょっと飲みたい。


 その欲望に勝てずに、また牙を刺す。


 血をごくりごくりと飲み、その味を存分に味わっていく。全身が震えるほどに美味しい。


「おい、ロゼ」

 ガルト様の声にはっとすると、その子供は力なくうなだれていた。

 牙を刺しても血はもうほとんど出てこなかった。


 あぁ、やってしまった。そう思ったが、たいして罪悪感は覚えなかった。


 ただ、罪悪感を覚えない自分がとてつもなく怖かった。


 その子供の血を飲んでも、欲求不満が止まるはずもなく。

 私はガルト様の姿を見ると、その血を飲みたいという気持ちすら持つようになった。

 最初にガルト様の血を飲んだのは、私がヴァンパイアになった時のことだ。その時は痛みで苦しんでいたが、ヴァンパイアである今なら、美味しく飲めるはずだ。

 自分が仕えている相手に、していいことではないことは十分分かる。

 だけど……我慢ができない。


 ガルト様の血が飲みたいと、全身の細胞が叫んでいる。


 ガルト様の匂いも、血も、鋭く尖った牙も、全部自分のものにしたい。


 いつから私はこんなふうになってしまったのだろう。


「ガルト様」

 ガルト様はなんだ、と言って振り返る。

 あぁ、その振り返る時の表情が、好きなのだ。

 振り返ったときに、服が風で揺れる姿がかっこいい。

 私が大好きなガルト様だ。


「あなたの全てを、私にください」

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