第4話 味

「ガルト様、行きましょう」

「ああ」

 先にガルト様が飛び降りた。それに続いて私も飛び降りた。その瞬間はちょっぴり怖かったけれど、それでも嬉しさの方が大きかった。

 風が横を通り過ぎて、髪の毛を揺らす。冷たい風を全身で感じるこの感じ。


 ああ――最高だ!!

 自分の羽で飛ぶ事なんて、こんなに幸せなことなのだ!

 今まではガルト様に担いでもらって空を飛んでいたのが、自分の羽を使って自分の思ったままに自由に空を飛べる。

 ああ、なんという幸せ!

 人間の住む街が見えてきた。そろそろ降り立つところを決めよう。どこかにいいところはないだろうか。

 上から見下ろした範囲では、ここはそれほど人通りも多くないようだ。高いところから見下ろせば、きっと狩りのターゲットも簡単に見つける事が出来るだろう。

 そうだ、あの高そうな塔に降り立つ事にしよう。あそこからなら、きっと人間が通る様子もよく見えるだろう。


 狙ったとおり、塔の上に降り立った私は、下を見下ろした。

 誰か通らないだろうか。

 美味しそうな人間……ヴァンパイアとしては美味しそうな血のにおいがする人。獣人としては、肉付きがいい人間。

 ちょうどそこの1人の若い男が通った。筋肉質なのに背が高い……そしてなによりも、イケメンだった。

 イケメンの血。不味いわけがないだろう。そう考えると、思わずよだれが出る。

 その男の周りには誰もいなかった。

 見ている人がいない。ここにいるのは私とターゲットだけ。ならば……

 私は、塔から飛び降り、その若い男の真後ろに降り立つ。

 そうして、若い男がこちらに気づいて振り返るよりも先に……その首にかぶりついた。

 牙をその男の皮膚を貫かせて、その血を飲むのだ。

 やはり、痛いようで、若い男の口元から悲鳴が出たが、それよりも早くその口を手で塞いだ。

 獣人だったときよりもましだ。獣人の時は、人の肉を食べていたものだから、悲鳴なんて口を塞いだぐらいで抑えられるものでもなかった。

 ガルト様に感謝しなければ、と男の血を飲みながら考えた。

 それにしても美味いものだ、人間の血は。もっと飲みたいけれど、加減をしなければ。もし、この男が倒れたりして面倒な事になったらそれこそ嫌だった。

 仕方ない。ここら辺でやめようか。

 そう、頭では思っていた。

 思っていたのに。


 ――私はその若い男の肩に牙を立てて、その肉を噛みきった。


 その問題は、次の日の夜に起こった。

 酷くイライラする。そして、何を食べても満足しない。

 じっとしていられないし、どこかずっとそわそわしている。

 血が欲しい。あの美味しい人間の血。あの噛み応えのある柔らかい肉。あの肌に牙を立てたときの、胸が弾む感覚。昨日味わった、あの人間の血肉は全身が痺れるほど美味しかった。

 ああ、あの味が忘れられない。

 ああ、飲みたい。食べたい。

 ――コトン。

 1つの瓶が、目の前のテーブルの上にあった。

「俺が昨日吸った人間の血だ。これでも飲んでおけ」

 ああ、この人はどれだけ素晴らしいのだろう。

 その瓶の蓋を開けると、確かに生臭い血のにおいがした。

 普通の人からすれば、それは生臭い。でも、それは私にとっては甘い蜜のようで幸せの証……!

 一気に飲み干した。

 それ程量もなかったし、それに鮮度も落ちていた。でも、私の体は少し満たされたような気がした。

「もうすぐ狩りに行くのだ。とりあえずそれで我慢しておけ」


 血の入っていた瓶を見つめながらふと思った。

 ガルト様は、いつもかっこいい。それは性格的な面だけではなくて、見た目もそうだ。でも、優しいところも多い。

 どこまでも自信があって、私にはない魅力もある。

 今までずっと一緒にいられて、本当に嬉しいし、これからもずっといたい。

 私は本当にガルト様のことを尊敬していて……

 ……本当に?

 これは、本当に尊敬とか憧れの気持ちとしていいのだろうか。

 それとはなんとなく違うような気がした。


 ああ、そうか。


 ――私、ガルト様が好きなのか。

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