第24話 事件の序章
俺達はやっぱり所詮は小説の中のキャラクターに過ぎないんだな、というどうしようもなさを感じながら校庭に向かった。
地面に着いた途端に熱気を感じた。
校庭は天文部の学生によって占拠されていた。普段は屋上で窮屈そうに陣取る天文部は広々とした校庭に散らばり、空を見つめていた。
韮澤さんはその中心に立ち、ポケットに手を突っ込みながら顎をあげ空を眺めている。
「不気味よ。また近隣から苦情が来るわよ。怪しいですって」
朱堂は天文部と天文部が流れる空を交互に眺めながらそう言う。今の所何も変わった事はない。
「竹下通、その紙には何が書かれていたわけ?」
「いや、ほとんど天文部のセリフらしいんだ」
たしかに韮澤さんのブレザーのポケットからA4用紙が飛び出している。
「私達側でセリフを持っている人は?」
そのナナの問いに、竹下通は一瞬息を飲んだ。
そしてこう言ったんだ。
「益子焼さんだ。益子焼さんが「時は熟した」と最後に言うんだ」
ここにきて、出てくるわけだ。少しだけ鳥肌が立った。一体どうなるんだ。朱堂の短腸な物語よりもよっぽどわくわくしてしまう、あいつには言えないけど。
「でもなんだろうな、天文部が校庭に散らばって空を眺めてると絵になるな。不快だけど」
俺の言葉に四人はただ頷いた。天文部は相変わらず無言で空を眺めている。このまま空に吸い込まれてしまいそうだった。どうせなら韮澤さんだけ重力に逆らって宇宙に飛んで行ってほしい。
「天文部、校庭の占拠はやめなさい」
振り返れば、校庭のゴール裏付近に、ランニングシャツ姿のサッカー部が新聞紙のサッカーボールを持って、怒っている。
「昼休みは校庭部活連合が仕切っている。今日はサッカー部と野球部が使う日だぞー。天文部は立ち去れ」
やけに景気がいい。天文部にいつも怯えているサッカー部が今日はどうしたというんだろう。
「校庭部活連合とはなんですますか」
「なんでしょう。新しくできたのかな」
「カス共が集まったんでしょ。どうせ。弱い奴らほど群れるからね」
あのサッカー部をカスの一言で一蹴してしまう辺りが彼女らしく、もはや爽やかにも感じられるが、どちらにしてもサッカー部は練習ができそうにない。
「キャプテン、あの天文部の奴らをドリブルコーンに見立てて、ドリブルの練習をしちゃいましょう」
馬鹿な一年がそんな事を大声で言う。恐らく天文部に聞こえるように言ったに違いない。
「ったく、お前って奴は。練習の虫だな。ガハハハハ。それーい」
と同じくバカなキャプテンは言論による校庭奪取という平和的解決手段を背負い投げで放り投げてから、新聞紙ボールでドリブルしだした。そのキャプテンに蟻の隊列のように後輩達が続いている。
「けなげです」
吉祥は同情と憐れみを込めた珠玉の一言を放つと、サッカー部のドリブルに目を奪われた。もはやハングリー精神だけしかないサッカー部は技術的にはブラジル代表にも引けを取らないのではないかというテクニックを披露しながら華麗に天文部の間を縫うように駆け巡っている。
でも天文部は空に夢中でそれどころではない。彼らは感情がなくなったように、顔を上げていた。それはまるで太陽に付き添うように花の位置を変えるひまわりのようだった。
「君たち、とんでもないことが起こるよ」
また新しいのが来たぞと思って、後ろを向けばそこにはやや元気になっている益子焼さんがいる。
「益子焼さん!」
その忠誠心はどこから本当にやってくるのという具合に竹下通は万歳をしながら会計のトップを出迎えた。
「竹下通君、おはよう」
「おはようございます!」
昼だよ。真昼間。
「佐々塚君、おはよう」
「おはようございます!」
何で俺までおはようなんでしょうか。
「改めてお礼が言いたいよ、佐々塚君には。先の天下分け目の選挙は君の……」
俺は迷わず益子焼さんに飛び蹴りをした。
まずいまずい。今ここでは明らかにまずい。
ナナ陣営は敗戦のショックで責任者の処罰どころではなくなっている。俺の首の皮はやっと一枚繋がっている状態だというのに、ここで益子焼さん陣営で奮闘していたことがバレタラ、俺は体ごと吹っ飛ぶに違いない。
「な、なにやってるんだ、佐々塚!」
「佐々塚君、乱暴な真似はやめたまえ」
「天文部の横暴を見ていたら怒りでとび蹴りしたくなりました」
「君、やる相手が違うだろ、絶対に。あっちだあっち」
益子焼さんは腰を入念にさすりながら、校庭の方を顎で差した。
「すいません」
ナナは益子焼と書かれた人形をまた取り出しては何度もパンチしだしている。俺は慌ててナナの前に行ってその行為を隠した。これを見られたら今まだ弱っている益子焼さんはぶっ倒れるに違いない。
俺も大変だ、、色々な所に配慮せねばならない。
「益子焼は何故ここに?」
朱堂はギュッと口を締めてそう言う。呼び捨てに、益子焼さんの新しい取り巻き達は臨戦態勢に入っているが、朱堂の悪名は既に校内中に知れ渡っていると見えて、慌ててこぶしをパーに戻している。
「朱堂さんだね」
益子焼さんはわずかに体を震わせながらはにかんだ顔であいさつした。
「僕は恐らく天文部と同じ件でここに来た。とんでもない事が起こるよ」
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