第23話 何だよ、スター祭って!
だからな、この学校は血気が盛んすぎるんだ。なんだよスター祭りって。ナナが飛び上がりそうな名前だ。
「あえてそれについては聞かない。でもそれと演劇部がどういう風に関係してるんだ」
「演劇部もその期間は念入りな練習が必要になる。場所が欲しいんだろう。ちなみにその情熱デスマッチが益子焼さんの一番最初の仕事になる。こりゃ荒れるね」
情熱デスマッチの次点で荒れるんだよ。名前からしてな。
「時期は?」
「七月の初め」
「夏が来てるね」
「人生の中で一番暑い夏に夏になりそうだな」
汗も出ていないのに何度も手の甲額を拭っているもんだから、
「なんだ、お前も何かするのか」
と恐る恐る尋ねる。もう竹下通の目は最初に会った時のゴボウのような細い目ではない。
「その日に益子焼さんを復活させるつもりだ」
激辛金平糖でか。でも待て。竹下通は最後の切り札的に益子焼さんを崇拝しているが、俺からすれば単なる冴えない高校生だ。俺も設定的には冴えない高校生だけど、彼は群を抜いて冴えてない。平熱三五度で、慢性的な鉄分不足って感じだ。
ぼちぼち初めての中間試験がやってきて、俺達はテスト勉強に追われた。やってもやっても理解ができない勉強。それはまさにオリンピックに出場する陸上選手追いかけているかのごとく無謀な鬼ごっこのように思えた。
まだ落選の結果に気を落としているナナを尻目に徐々に朱堂は回復しつつある。でも彼女が考えていた事はどうやら違う事だった。
「とにかく、色々と整理しないといけないわよ」
「それは全く賛成だね」
ある日の昼休み、俺達は竹下通を除く四人で弁当を食べていた。
「選挙で色々と吹っ飛んでたけど、考察しなきゃならない事が多々ある」
俺はもう謎だらけなこの学校の有様に半ば辟易としながらも、とりあえずもその謎に立ち向かおうとしている自分自身を誇りに思った。
「まず、今この世界を描いているのは誰なのかって事」
「そうですます。不安です」
久しぶりに話すような気がしたが、相変わらず吉祥は爽やかな顔をしながら、おにぎりを食べている。
「検討はついてるのか、朱堂には」
検討なんてついていたらそれはそれで厄介な事になる。どうせ天文部なんて放りだしてそいつをとっつかまえる事に俺が奔走せざるおえなくなる。
「全くね。第一、この世界の人間じゃないかもしれないわよ」
「ひっく」
吉祥は恐怖のあまりお握りを食べた瞬間にしゃっくりが出るという奇跡的な対面を起したらしい。少しだけむせていた。
「そんな事になったらこの物語はこの世界の人間じゃ止められないな」
「そうね」
「おいおい」
「なによ」
「朱堂がこの世界を作ったんだろう。ある程度の責任は持ってくれよ」
飼い犬のトラが暴走したというのに、もう私の手を離れたので後は知りませんといっているようなもんだ。迷惑ったらありゃしない。
「しょうがないでしょ。いくら私がノートにストーリーを描いてもこの世界はその通りに動かなくなっちゃったんだから」
朱堂の顔は、「そりゃ、日本人の主食は米でしょ」と米農家が言う時のように当たり前な顔していた。少しだけむかつく。でもそんな少し男っぽくて変わっている所に惹かれている自分がいる。なあ、俺が朱堂に一目惚れしているっていう設定はまだ継続中なのか?
「朱堂ちゃんは、何でこの物語を書こうとしたの?」
ナナは益子焼と書かれた人形の頭を何度もデコピンしながら聞いた。くれぐれも益子焼さんがこの姿を見る事がありませんように。
「そりゃー……。書いてみたかったのよ。私の世界を」
俺は思わず「普通の高校生による普通の物語」というタイトルについていじろうとしたのだが、朱堂が落としたその瞳の輝きはまるで俺が少年の頃にヒーローになりたいと眺めていた戦隊もののテレビを見ている目と同じだったので、やめた。急いで。
「筆一本で勝負したかったってことね、いいでしょう」
ナナは、今度は人形の頭をつねりながらそう言う。何が、いいでしょうなのかは俺にもよく分からなかったがとにかくいいのだろう。
「でも作者なのに自分を主人公にしちゃう辺りがお前らしくていいな」
すごいよ。そんな勝手な事俺にはできない。
教室に佇む机は太陽の光がキラキラと輝いていた。益子焼さんの会計としての仕事は極力節電節水をするというキャンペーンを打ち出した事である。その影響で昼休みは教室と廊下の電気が消される。
でもむしろその方が俺には明るい気がした。人工的なまるで夜光虫のように不気味に光る電球よりも太陽の光の方が丸みを帯びていた。それに教室にできる影は一種幻想的で、俺達の不透明な今後の未来を映し出しているかのように感じられたのだ。
「じゃなきゃ意味がなかったの、この世界を作り出した」
へえーといつもの俺なら受け流してしまいそうだったけど、ちらりと覗いてきた朱堂の視線に俺は一瞬ドキリとしてしまった。だから俺は何故朱堂は作家兼主人公という設定でこの世界を作り出したのかという理由を聞きそびれた。
「まあ現状ゆるーく進んでるから良いけど、今後どうする、作家さんが書くの面倒臭くなっちゃって、隕石でもこの地球に飛ばしてきたら」
吉祥は天真爛漫にそんなことを言った。
でもそれは本当に起こった。
一年B組の教室の隣はもちろんC組だ。アルファベット順に教室はE組まで並んでるわけだが、E組の隣は印刷室になっている。俺が久しぶりにのんびりとした昼休みを楽しみ終えて、ボチボチトイレにでも行こうと足を運んだ時、印刷室から大量の紙が飛び出ていた。何人かの生徒達がその紙の中で窒息しかけている。それは遠くでもはっきり分かった。
廊下の果ての方には階段があるが、その階段から竹下通が丁度良く降りてくる。そして壊れた水道管のように飛び出ている紙の中で一枚をキャッチすると、まじまじと眺め出した。
「おーい、竹下通ー」
と俺が呼びかける前に、あいつは今までの体育の授業でも見た事ないような走りをしながら、猛烈なスピードでこちらにやってきた。
騒動に気が付いたのか、朱堂も吉祥もナナも教室から飛び出している。
「一体何事?」
廊下は電球が灯っていないから爽やかな黒色で染まる。
「印刷機がぶっ壊れてるみたいだ」
なんだなんだと一年達も教室から出てきて印刷室に目を向ける。選挙が終わって以降、みんな疲れたように目立ったことが起きなくなったから久しぶりの事に興味津々といった様子だ。
「朱堂」
竹下通はその人ごみと、容赦なく飛んでくるA4用紙の中から、そう叫んだ。
「台本が届いた。校庭へ行け」
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