第22話 益子焼パイセン、勝つ
益子焼さんが一〇票差で勝利した。
繰り返そう。
益子焼さんが十票差で勝利した。
俺は体育館で小躍りしたい気分だったが隣の沈み込んだナナを見て咄嗟に体の動きをストップされた。考えてもみれば選挙責任者であった俺のクビはどうなる。間違いなうホームランボールように飛んでいくに違いない。
晴れて益子焼さんは学校運営の中枢を司る生徒会にて予算を握る会計のトップに就任した。益子焼さんは当選したというのにまるで他人の事のように上の空。
「益子焼さんの勝利を祝福して乾杯」
竹下通主催の祝賀会は放課後、体育館裏で厳かに開かれた。コンピューター部の一美頭さん、生物部の森さん、死の組のそれぞれ学級委員長、そして演劇部と脱韮澤を掲げる天文部の代表が集まったのである。
竹下通から配られた甘酒の缶をみんなでプシュッと開けてから乾杯。冷たい飲み口から流れてくる甘い汁は美味。
竹下通はこの宴を見ながら感慨深そうに頭を振る。
「新時代が来ますね」
竹下通は既に明日からの事を見ていた。でも依然益子焼さんはフーと熱くもない甘酒を冷ましながらズルズルと汁をすすっていた。
俺は奇妙な宴から程よいところでお暇し、一年B組の教室へと向かった。
はっきり言おう、俺は通夜の会場にでも入ってしまったかと勘違いしたほどに場の空気はしらけていたわけだ。
「佐々塚、遅かったわね」
という朱堂の声も圧倒的に寂しかった。
「……」
吉祥は声にすらならないため息を吐き、
「これはひとえに私の責任なのです」
と落ち切った肩をがっくりと落としたのはもちろんナナ。
こんな時に何か気の利いた事でも言えればいいのだけど、俺は何を言えばいいのか全く思いつかなかった。だから、
「まだ一年だ。来年があるさ」
と割と普通な事を言ったのだが、
「その間にも民が天文部によって苦しむ事を忘れてくれるな。佐々塚君」
と叱咤され、俺はしゅんとなる始末。何度も思うが、同じ生徒達の事を民と呼べれる精神がすごいなと思う。
こうしてナナ陣営は選挙に負けた。負けるべきして負けたといってはいいが、俺は当然後ろめたい気持ちがあったのである。トボトボと帰りながら、各教室を覗いてみると、各陣営が敗者の弁を垂れつつ支持者達に謝っていた。そうだ、この学校では選挙に負けるという事は即その支持者達が除け者にされることを意味する。
ただ、この選挙において急速に力を得だした勢力がある事を述べなければならない。
「演劇部」
そう、演劇部なのである。この世界は誰かが作った物語の中なのに、その中でさらに役を演じるという憐れみを俺は演劇部に投げかけていたが、どうやら只者の集まりではなかった。
演劇部の部員は五十人。部長は石黒さん。主演スターは中浜さん。毎月一本は新作の演劇を近くの公民館で開催している。公民館の使用料は地元の高校生という事でタダだが、ちゃっかりと入場料を徴収しているので儲かっているとの事。去年は全国ツアーと称して、各地でゲリラ的に忠臣蔵を公演し、暮れには見事ブロードウェイにて演目をするという快挙を成し遂げた。
なぜそんなプロ集団がにわかに学校で注目を集めるようになったか。それは部長の石黒さんの手腕による。どの組織もやはりトップは大事だ。
もう少しだけ彼の話を続けさせてほしい。
石黒さんは初の一年生公演にて主演を務めた際、当時仲の良かった韮澤さんを呼んだそうだ。もちろん公民館に。
演目は「河童の川流れ」というその題名だけで盛大にスベッているわけだが、ともかくも一年生たちは初の自分達の劇に日夜心血を注いだらしい。でも、韮澤さんは、会場が嫌々のアンコールを繰り広げる中、あまりの退屈さに一人退場した。
それは石黒さんの心に火を点けた。でも彼が偉大だったのは、韮澤が次期トップになることを見過ごし、早々に支持を発表したことである。感情ではなく損得勘定で動いた。コツコツと溜めていたチケット料金を密かに天文部に回しては財政的にも支援し、その関係を強固なものにさせた。それは一重に練習場所を確保するためだった。天文部はたしかに体育館を演劇部に分け与える事を約束した。
でもその約束はすぐに反故になった。演劇部は密かに益子焼さんをにも財政支持していたことがバレタのである。
つまりどの候補者が天文部の次期部長になってもいいように手を回していた石黒さんは後に、「悪代官」と呼ばれるにいたる。
今回の選挙で、竹下通は最後の最後、その悪代官と喫茶店で何時間にも及ぶ話し合いの場を設けた。何で知っているのかと言えば俺も付き添ったからである。悪代官の格好は中肉でヒゲをたんまりと蓄え、まるで大正時代に成金になった社長のような振る舞いであったが、悪代官の気分を害さないように俺はしきりに彼の顔色を伺いつつ、選挙支援を仰いだ。
条件は「体育館の全面貸出」であった。竹下通は渋々その要求を呑んだ。結果的にこの決断が選挙勝利の直接的な要因になるが、それは無理難題な約束であったという事は容易に想像できる。
「あの件はしっかりとやってくれるんだろうね」
五月の中旬、新体制がぼちぼち動きだした頃、俺達の教室にはテカテカに油を顔に塗ったくった悪代官が登場した。俺と竹下通はその場で直立不動になった。
どう考えても無理なんだ。
「約束を反故にしたらどうなるか分かるかい?」
ブルブルと俺と竹下通は震えながら何度も首を振った。
「忠臣蔵のように討ち入りするからな」
演劇部の十八番である忠臣蔵が本当に自分達の家に突撃してくる様を俺と竹下通は咄嗟に脳裏に思い浮かべ青ざめた。
「着々と進んでおります」
竹下通はその場しのぎの明らかな嘘でそういうと丁重に頭を下げて、悪代官が去っていくのを見送った。
「そうだ、忘れてたぞ。この学校の伝統行事を」
なるほどね、としきりに竹下通は首を赤べこのように振ってから、俺の顔をまじまじと見て来た。
「伝統行事なんてあるのか。どうせくだらないんだろう」
くだらないに決まっている。
「そうだな。何故分かった」
にべもなく竹下通はきょとんした顔で答えた。
「それは朱堂の設定か?」
「いや、古い台本には書かれていなかったから新しく書かれた設定だ。つまり、俺達は新しいシナリオを見事に突き進んでいるぞ」
ふーんと窓の外の気楽そうに浮かぶ空を見る。
「どんな行事だ」
「スター祭り、だ」
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