第20話 朱堂、衝撃のカミングアウト
「ADが屋上で足を滑らして落ちたってことは考えられないか?」
「なるほどな。たしかにおっちょこちょいな所があるよ、あの人は」
俺は言った。ヘリコプターで登場してきたり、二階の壁よじ登ったりしているのだから、事故っても仕方ない部分はある。みんなは沈黙した。ADに関してはタブーとなって迷宮入りするように思われた。
しかし。
「もう答えを言っていいかしら。めんどくさい」
朱堂はマジックボードに何やら書きだした。それは全ての沈黙を破るには十分だった。十分すぎたようにも思う。マジックペンがキュッキュと滑る音だけが教室の中に響き渡る。その音は鈍かった。
「普通の高校生による普通の物語、この作者は私です」
何でそれをあえて口に出さずに、文字にして書いたのかは定かではないが、とにかく衝撃的な事を宣言したわけだ、朱堂は。俺は竹下通やナナや吉祥の顔を見た、口をあんぐりと開けている。手を突っ込んでもみんな気が付かないに違いない。
「はあ?」
竹下通は忠実なイエスマンだったはずだがここに来て初めて反抗的な言葉を吐きだした。俺は思わずおお、と唸ってしまいそうになった。
「なによ、竹下通」
言いたいことは分かる。言いたいことは分かるぞ、竹下通。もう少しましな設定の小説を作ってほしかったんだよな、お前は。でもな、そんな薄情な事を言うと朱堂の……、いや、ナナの蹴りが飛んできた。
「作者は私よ。私が描いてた、この世界をね」
強く握りしめる黒色のマジックペンがえらく可哀想に見えた。
「いやまてまて」
つまりあれか、選手兼任監督みたいな奴か、野球でいう。「代打は俺」って奴なのか。
「そりゃありえないぞ」
5m先の本棚に衝突して、本の海からようやく抜け出した竹下通は、ぷっぷと口の中に入った埃を吐きだしてから、「作者と小説の世界は切り離されるはずだ」と叫んだ。
「うるさいわね。できるのよ。私小説なんてほとんど主人公は自分みたいな感じでしょ。ま、もうこの世界は私の手を離れたけど」
親離れしました、わが子はと言わんばかりにそんな事を言うけども、事態はそんな嬉しい事ではない。
「どういうことだ、朱堂は小説を書く事を放棄したのか?」
「まさか。たしかに時々めんどくさくなってアドリブに任せる時が時たま会ったけど、私はしっかりハッピーエンドの物語を完成させる気満々だったわよ」
そうか。たしかにあんな雑な台本、朱堂ならあり得る。本当に序盤だけはしっかりとセリフも場面も作り込んでいたのに徐々に飽きてきたというわけか。朱堂らしい。
「朱堂ちゃんもしかして……」
吉祥は、全ての点が線となって繋がったらしい。
「この小説の中の世界は誰かに乗っ取られた?」
俺は耳を疑った。バカな。そんなことあり得ない。
でも。
「吉祥ちゃん、あなたはやはり鋭いわね。正解!」
朱堂はブレザーのポケットから紙ふぶきを出して、吉祥の頭の上にパラパラとふりかけのようかけている。吉祥は「ふわー」と言いながらさっきまでの不安がどこに行ったんだと問いただしたくなるような顔をしてその場で舞った。
ナナちゃんも舞った。
朱堂も舞った。
厳しい視線が飛んできたので、俺も舞った。
また蹴られることを恐れた竹下通も本を持ちながら舞った。
この様子を外から見ていたのであろう、旧青年隊達も、「エンヤ―サー」といいながら教室に入ってきて一緒に舞った。
「まつりだーまつりだー」
竹下通は訳もわからず泣いていた。青年隊の元隊長であった、武田寅之助、何だか既に懐かしい名前になっているけど、ともかく彼は新撰組のはっぴを着ながら獅子舞のように踊っている。
「エンヤ―サー」
男達の低音の声がこだまを震わす。
「エンヤ―サー」
俺もたまらず叫んでみた。少しだけ気分がいい。まるで今までつっかえていた何かがポコっと吐きだされていくみたいだ。
「エンヤ―サー」
この掛け声と共に俺達は乗っ取られたこの世界の事を忘れた。
さて。
そんなことしてもこの世界は何も変わらない。何者かに乗っ取られたという事実は変わらない。朱堂がこの世界を描いていた事とか、そのペンネームが団子坂とか、色々と突っ込まなければならない所は多々あったが、この世界の主導権が他の誰かに移ったことのヤバさは俺でも良く分かった。
次の日からいよいよとんでもない事が起こっていったのだけど、まずは「死の組」について説明せねばならない。
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