第19話 AD突然の死去


「益子焼さんが会計に出たことで、天文部は片桐に相当の金と人員を割いていると聞く。まあとにかく何か手を打たないと」

「どんな手だ」

 もう極悪者にでもなった気分だった。

「コンピュータ部に今探してもらっている。直に何か答えが出る」

 竹下通は颯爽と身をひるがえすと急いでトイレの方へと駆けこんでいった。

 俺はホッと静かに自分の席へと戻った。ナナと朱堂と吉祥は休み時間も工作活動に奔走している。暇そうにしていると俺は怒られるもんだから、何か仕事をやっている感をだすために、何も書かれていないノートを取り出した。

 氷のように張っていたみんなの気恥ずかしさは徐々に溶けて、廊下で大声をあげながら走り出す奴らも出て来た。女子はスカートの丈を短くしてみたりして、カッコいい男子の方をちらちらとみながら未来のご近所おばさん目指して世間話に精を出している。

 一〇分間の休憩しかないのに、俺達にとってみればこの休憩は何だか自由になった気さえさせる。何を言っても何をやってもいいような気さえした。


 でもそんな時だったんだ。ホラーのような出来事が起こったのは。

 

 俺は何気なく教室の窓の外に目を移していた。体育の準備をするために、体育係らしき奴らが白線を汚らしく引いていた。

 その時、人が落ちて来た。頭を地面に向けて真っ逆さまに。一瞬の出来事だったけど、俺は見えてしまった。その顔が。泣いていた。そして明らかに見覚えがある顔だった。

 恐らく校庭にいた連中が事態に気が付いたのであろう、幾筋もの悲鳴が上がった。階段を大急ぎで駆け下りながらもそんな声が聞こえたんだ。

 校庭に着いてから、俺は血の出てないその遺体を見つめた。瞳は閉じられていたが、そこからはまるで流星のような涙がこぼれている。まるで生きているようだった。


 なあ、この世界のみんな教えてくれ、何でADがたった今死んだんだ?


 さて、その日は全ての授業がなしになった。すぐに帰りのHRになり、担任は神妙な顔をして、教卓に登った。

「みなさん、これはどういうことになったか分かりますか?」

 正直に俺は分からなかった。ADが死ぬなんていう展開はとうてい理解できない。このままだと作家がいくら物語を書いてもそれを伝達する人がいないから、物語は進まなくなる。ということはだ。もしかしてこの世界は終わってしまうのか?

「正直に言えばどうなるか分かりません」

 なんだよ、質問するぐらいなら答えぐらい用意しておいてくれよ、なんて事は口に出さずに俺は隣のナナを見た。こいつだって清き一票を、なんてお願いしている場合ではなくなったのだ。

「ナナ、これはどういうことを意味する」

「知る由もないわ」

「ここから犯人捜しのミステリー小説になっていくのか、この世界は?」

「んー、そんなことやるぐらいなら、私の選挙の方が大事です」

 平然と言いのけた。さらりとだ。俺は少しだけ頭が痛くなった。いいか、例えばこれは今までの世界にあった一般常識が崩れたんだ。例えていうなら、俺達の祖先は猿ではなく、イカだったんだよと新事実が浮上してくることと等しい。いや、それ以上に違いない。

「お前は天才だな」

 脚本のない物語が始まろうとしていた。てかたぶん結構前から始まってた。

「とにかく、集合!」

 朱堂はいつになく真剣な表情で、俺とナナにそう言い放った。帰りのホームルームが終わった後の事である。足早に去ろうとする竹下通の首根っこを掴みながらだ。

 俺達四人は無言で視聴覚室へと向かった。既に男子達が額を集めて何かコソコソとゲームをしていたが、「どけ」というドスの利いたナナちゃんの一言で、男子達は慌てて出ていった。

 さて。

「これは一体どういうことなのでしょうか」

 吉祥は不安そうに顔をしかめている。胸元の赤いリボンをいじいじと触りながら、しきり目線を移し、これから何が起こるのかを想像しながら怯えているようだった。

「もし、作家が物語を放棄したのであれば、エンディングの曲がなって終わるはずだ。でもそれがない。それどころか物語は一向に終わる気配がない」

 竹下通は、さきほど急いでどこかに行こうとした罪をチャラにしようと一生懸命に推理を立てていた。あいつはあいつで益子焼さん復権のために奔走している。

「作家がADを殺すなんてストーリーを立てるはずはないだろう。だってADは物語には出てこない存在だ」

 わりかし筋の通った話だった。視聴覚室の少しだけ乾燥した空気が窓に吸い付いているように感じられた。空は青空だ。こんな青空を描いた作家は今どこで何をしているのだろう。

「竹下通、冷静な分析ありがとう。でもあなたの考えはありふれてるわ」

 朱堂は腕を組みながらの仁王立ち。ニヤリとしながらまるでこの状況をも楽しんでいるように感じられた。

 一言いわせてくれ。

 朱堂は化け物か。

 他の生徒達はこの物語は一体どうなるのかとおろおろしながら家に帰っていったというのに。

「ADが屋上から落ちてくるっていう前代未聞の事態になってるわけ。とんちんかんな事が起こってるんだから、とんちんかんな事を考えなさいよ」

 俺は思わず笑った。こいつは一体何者だ。そしてこんな奴に一目惚れしたという設定の俺は一体どうすればいい。

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