第18話 俺のジレンマと矛盾と憂鬱
「物好きだな……」
公園はボチボチ小学生らしき男の子達が時計塔の針を確認しながら、もう帰らなきゃと甲高い声を出している。今日は朝の天気予報で言っていた通り肌寒い日だった。
「一体それが益子焼復活とどう関係してるんだ」
俺はあまり気乗りしなかったけど、尋ねてみた。
竹下通はよくぞ聞いてくれたと言わんばかりに口を開いたわけだ。
「金平糖は何によく似ている?」
俺はそう言われてカラフルでごつごつとした金平糖を想像してみた。あの何とも言えない甘さがわずかに口の中に広がった。
「イガグリだね。考えても見れば益子焼さんのごつごつの頭に似ているよ」
「お前は何というかロマンがないな。子供達がそれを聞いて金平糖を食べたいと思うかね」
竹下通は人が変わったように話を続ける。
「星だよ。星」
「ああ、星か」
「そう、星だ」
いや、意味が分からない。
「なんだ、その顔は佐々塚。いいか、激辛金平糖は星でできてるんだぜ」
なんとも浮世離れした話ではあったが、俺はここはそもそも小説の中の世界という一種なんでも許される場所であることを思いだした。だから、
「ああ、星でできてるのか」
乗ったわけだ。
「それを食べるとどうなるんだ」
竹下通は静かに目を瞑ってから息を吐いた。
「宇宙人を倒せるんだよ」
竹下通の、小説だとしてもやりすぎな話は置いておいて、次の日の朝、7時ごろに学校に着いてから顔を洗った。起きてから着替えてそのままで出てきたのである。
今日は初日の街頭演説の日。ナナが校門の前に立って挨拶をしながら握手をするのだ。
「おっは、スバル君」
「はい、おはよう」
既にナナはたすきをかけていた。そこには正義と書かれている。すごい自信だ。校門前に集合。まだ寒い。吐く息が白く染まる。でも太陽は高々と光線を浴びせる。矛盾。
「とりあえず言われた通り街頭演説の原稿は考えてきたわ」
俺はぐしゃぐしゃの原稿用紙を2枚渡された。
パッと用紙を見るだけで「天文部の横暴許すまじ」だとか「韮澤の生き血をすする」だとかもう絶対に言っちゃいけないような単語がびっしりと書かれていたので朝で低血圧な俺はその場で倒れ込みそうになった。
「ナナちゃん、来たよー」
という声に俺は最初、朱堂と吉祥が来たのだと錯覚した。でも声は男の声だった。一瞬竹下通かとも思ったがあいつはその「激辛金平糖」の一件で相当に神経をすり減らしている。というか、あいつはナナを落選させて益子焼さんを当選させようとしているんだから、この場に来るはずがない。
簡単に言えばファンだったわけだ。
「あー、来てくれたんですね!」
ナナはわざとらしく声のキーを上げてから本人が可愛いしぐさであると思っている腰をフリフリしてファンに手を振った。ファン達のどす黒い声援が飛ぶ。校門の外の通行人達は足早に去っていった。
「あの人達は一体どうしたんだ」
俺は間違いなく怪訝な顔をしながらそう尋ねた。
「選挙のお手伝いをしてもらおうと思ってね」
使えるものはとことん使う。こいつは無人島に言っても天寿を全うするであろう。
「そうか、まあそろそろ朝練で登校する人達が来るからさっさと準備しちゃおう」
俺は生徒会室からぶんどってきた軍手を手にはめて、朱堂が乱雑に作った幟を俺は掲げた。女子二人はまだ夢の中でうつつを抜かしているだろう。
「おはようございますー。って韮澤かい」
ナナは思いっきり朝の挨拶をした後、最初の登校者が韮澤だったことに驚きお互いバツが悪そうに顔を見合わせては天文部のトップはそそくさと去っていった。幸いにも気まずい時間は一瞬でその時間は終わった。
それからナナの原稿をファンの一人が読まされる。背は小さく女子みたいに可愛い顔立ちをしている、たしか1年C組のタメだったが、そんな奴が「韮澤の生血をすする」なんて大きな声で読み上げているのである。校舎の中に入っていった韮澤さんも大声の演説を聞いて慌てて帰ってくるが、一人では所詮なにもできないのでしょぼくれた顔をして帰っていた。
ぼちぼち登校の生徒達が増える中で、ナナは必至になって一人一人と握手をした。演説を読み上げる男子もナナを受からせようと気迫のこもったスピーチをする。周りのファン達も「おっはよーざーます」と金切り声で叫ぶ。
でも。
俺はナナの選挙参謀でありナナ陣営の責任者でありながら、益子焼さんを受からせなければならないというジレンマを抱えている。俺は昨日の夜、当然考えた。ナナを裏切って益子焼さんを受からせるような事をしていいものかと。でも答えはすぐに出た。
その方が言いに決まっているということだ。
いやそりゃ色々と間違っているけど、そうしたほうが後々良い結果が出る。
ナナが当選したところでどうなる。生徒会は締め上げれても天文部を締め上げる事には繋がらない。ここで益子焼さんに生徒会の職を与える事で、にわかに天文部内部で「益子焼待望論」の流れを作っていったほうのが、結果的に韮澤率いる悪しき天文部は壊滅できる。俺は昨日竹下通に永遠に口説かれた。月が完璧に出るまでだ。嘘じゃない。このままだと今夜は寝れないと思ったから返事をしてしまった。
「益子焼さん、全面支持に回る」
とね。
だから俺は「おっはよーざーます。ナナちゃんに清き一票よろしくおねがいします」との掛け声の後、俺の前を通りすぎていく生徒達には小さな声で「益子焼に一票よろしくおねがいいたします」と付け加える事を決して忘れなかった。こんなもん、ナナや朱堂にバレタら、どんな痛い目に合うか分かったもんじゃないが仕方ないのだ。
「こんな冷や冷やした選挙活動は体が持たない」
選挙の公示日になり、臨時の号外が新聞部によってばらまかれた。そこには天文部推薦の立候補者達が大きな顔写真と共に紹介されている。他はおまけ程度だ。益子焼さんに至っては「絶対に当選させてはならない男」と紹介されている。
「佐々塚はとにかくナナに票が入らないようにしてくれ。俺は当選確実予想が出ている、片桐幕を潰しにかかる」
「どうやってだ」
一限目と二限目の間、俺達は廊下で声をひそめて話し合った。
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