第15話 選挙に立候補す
次の日、俺は竹下通と一緒に生物部に行こうとしたのだが、「ここは俺だけで大丈夫だ」と言って聞かなかった。放課後の事である。足早に竹下通は教室を去っていったので、俺は朱堂の鋭い視線を背に彼を追いかけた。
「竹下通、何というかお前、屋上で蹴飛ばされて以来人が変わったぞ」
「変わった?」
「ああ。水を得た魚のように動き回ってるじゃないか」
ちらりと竹下通はハンカチを取り出して額の汗を拭った。人でごった返している廊下は今から神輿でもやってきそうな雰囲気だった。
「佐々塚、俺は本気だぞ」
と言う。佐々塚の力強い足跡が赤い夕陽に照らされた長い廊下の中に溶け込んでいく。コツコツと。
「俺達は既に天文部を敵に回してる。いいか、本気でやらないと体制の渦に巻き込まれるぞ」
「それはそうだけど……」
「今現時点では、益子焼さんという人格者を立たせる事、それからナナを生徒会選挙で当選させることしかない。お前はいますぐ、1Bの教室に戻って選挙を手伝ってきたまえ」
竹下通、お前は本当に俺が知っている竹下通なのか。俺が昔の俳句読むであれば、こんな一句を詠むだろう。
「ああ、竹下通、なんて語呂が、悪いんだろ」
とね。俳句の基本を見事なまでに潰してしまっている。こんなの古文の先生に聞かれた大目玉に違いない。
「まて、どういうことだ。ナナが生徒会に立候補するなんぞ、初耳だぞ」
あいつには恐怖政治しかできない。なんでこの高校は二つの恐怖政治に悩まされないといけないんだ。
「佐々塚。君はナナ陣営の選挙参謀なんだぞ? 何も聞いていないのか」
これほど嫌な予感しかしないことも久しぶりだなと思った。
渋々生物部に行くことを諦めて、俺は1Bの教室に行った。すると、三人が丁度必勝ハチマキを巻きながら教室を出るところだったんだ。朱堂は、まだ目ん玉が書かれていない巨大ダルマを抱いている。気が早すぎる。
「何をしてたわけ」
既に一年の中では可愛いで名が知られているこの女子三人は入学早々、独裁している天文部の屋上に飛び込み、今ではハチマキを巻きながら生徒会の選挙で臨戦態勢になっている。正気の沙汰じゃない。気の弱い男子なら、見ているだけでも下校したくなるレベルだ。
「今日から、立候補者の受付が始まるの。あなたは選挙責任者だから、もし落選したらあなたが責任をとりなさい」
「俺はお前と出会ってからまだまともな会話をした覚えがない。これは俺の記憶違いか?」
「記憶違いですます」
吉祥は、とろーんと垂れてしまいそうな白くて丸い頬っぺたを揺らしながら、平然とそんなことをいってのける。
ひょいと朱堂から投げられた必勝ハチマキを手に取ると、何だかこれを今つけてはいけない気が本能的にしたのでポケットの中にいれた。いや、いれようとしたら、「佐々塚君、私の選挙戦略お願いしますね」
とナナが丁寧に頭を下げてくるもんだから、俺は仕方なくハチマキを額に巻いた。
それから生徒会室に行ったんだ。既に列ができていて、わりとみんなこういう事に積極的なんだと感心しながら、天文部の奴らが偉そうに腕を組みながら列の見ているので、俺達四人はもう殺気立ってそいつらを睨んだ。
俺達の番がようやく来た時。生徒会の受付者がナナの姿を見てから、また回し蹴りでもされるのではないかと、突然用意してあった防災用ヘルメットを被りだしたのには、よほどこいつらも苦労しているんだなと思って、俺はすごく胸が痛くなった。しかもナナが自分の名前を立候補予定者の欄に書くもんだったから、生徒会の後ろにいた奴らが机事引っくり返ったんだ。そりゃそうだ。天文部の言う通りにやってれば事なかれ主義で安穏とした生活を送れる生徒会に突如、柔道チャンピオンが来たら生活は激変する。そりゃまさにアマゾン帰りのライオンを、動物園の中に解き放つぐらいの危険さに等しい。
「今日から、一〇日後の六限目に選挙を行います。くれぐれも選挙違反等内容によろしくおねがいします」
受付の眼鏡男子先輩は恐る恐る、びっしりと選挙規約が書かれた紙をナナに渡したのだけど、ナナはその場でさっと一読してからヒツジのように紙を食べ始めた始末。生徒会の連中は血相を変えて俺達を掻き分けて逃げるように生徒会室を出ていった。この学校は地獄なのかと思われるほどに、地獄絵図の機会が多い。
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