第14話 益子焼パイセンの過去②

「勝ちますよ」

 俺が口を開くよりも前に竹下通は言った。

「俺達は勝つために生まれてきたんです」

 そうだ、その通りだった。俺達の運命が作家団子坂さんによっていかに支配されていようとも、俺達が物語を進ませるための駒に過ぎようとも、俺達はきっと何かを成し遂げるために生まれてきたに違いない。


「それは失敗なんじゃないかしら」

 次の日の放課後、俺達は1年B組の教室で臨時集会を開いていた。視聴覚室は5月の初めに行われる生徒会選挙のための打ち合わせで既に貸し切られていた。

「失敗といえば失敗だろう。でも益子焼さんは必ず天文部に戻るだろうね。なあ、竹下通」

 竹下通は物理の教科書をまるで辞書のようにペラペラとめくりながら頷いた。

「先輩は必ず戻るよ。そう信じるしかないじゃないか」

 その言葉でしばらく沈黙が続き、俺は益子焼さんが最後に教えてくれた貴重な情報を思い出したのだ。

「でも信じるだけじゃこちらは何も動けないですね」

 吉祥はこっちまで悲しくなるように寂しい顔をしてから、その場でペタンと頬っぺたを机の上につけた。二個隣にいるナナちゃんは大きく鼻をちり紙でかんでからそれを俺の顔に投げてきた。

「結局何も進んでないままになっちゃいました」

 風呂の中に沈んでいくようにブクブクとした口調で吉祥はそう言った。沈黙が別に恐いとは思わなかった。この五人なら。例えこのまま時間が流れていったとしてもそれは無駄な時間だったと俺達は言わないだろう。これもきっと必要な時間なんだと。

 それからしばらくして竹下通はこう言ったんだ。

「もしかしたらどの部活もなにかしら天文部に対して不平不満を持っているに違いない。その力を総結集させれば、何か面白い事になるんじゃないか?」

 きわめて名案である。なのに、

「そんな部活あなたは知っているの?」

 蹴散らすように朱堂は言う。

「コンピュータ部だ。あいつらは去年の部長選挙の時、韮澤さんに対抗した候補者の支援に回ったために苦渋を飲んでいる」

「つまり関ヶ原の戦いで、徳川側の敵に回った外様って感じね。たしかにその人達はもっと圧政に苦しんでいるかもしれないわ」


 ということで俺達は外様と呼ばれるコンピュータ部に訪れた。放課後、彼らは一心不乱にパソコンをカタカタと打ちながら血眼になって画面を見つめている。

「噂には聞いているよ」

 つまり俺達はアンチ天文部の中ではヒーロー的存在なのである。固い握手を部長と交わした。パソコンを長時間いじっているせいかやけに手が湿っていて、おもわず手をひっこめてしまいそうになった。

「何か手伝える事があったら言ってくれ。俺は部長の一美頭(いちびっと)だ。みんな聞いてくれ、彼らは屋上に突撃した英雄だ。拍手を送ろう」

 眼鏡の視線が一気に集まった。たぶん中には雰囲気的に伊達メガネの奴も混ざっているに違いない。弱小野球部がとりあえず全員坊主にするのと一緒だ。

 パラパラと拍手が鳴る。これがチャーハンならさぞ美味しいに違いない。

「また突撃するのか? 残念だがうちの部員達は武闘派ではない」

 でも、と一美頭部長は続けた。

「ここがある」

 脳みそをコンコンと叩いたのである。

「少しだけお話を伺ってもいいですか?」

 俺と竹下通は部長をパソコンルームの隣にある、自習室に招き寄せて、話を伺った。まず去年の天文部部長争いで誰を担いだのかということである。

「それは言うまでもなく益子焼君だよ」

「益子焼さんは、去年、一年生のはずですが……」

 ここで竹下通は動きを止めた。俺はそうだ、と気が付いた。益子焼さんは竹下通の一個上の先輩なのである。常識的に考えれば、一部の人数が少ない部活を除いて、次期部長候補は二年生が筆頭候補に挙がるものだ。一年生は入ったばかりだから無理である。そりゃそうだ。でもつまり益子焼さんが今こうして校庭の隅の方で星を眺めなければいけないという事態に陥った事は、つまりこうだ。


 入部早々、益子焼さんは反体制を掲げてのろしを上げたのだ、あの権力闘争に。



 益子焼さんもすごいし、負けると分かっていて益子焼を支持したコンピュータ部はなかなか骨がある奴らに違いないと思った。ちょっと待て、作家。なかなか斬新な感じになってきたじゃないか。でも、どういうこと?

「そうか、君は彼を知っているんだね……。最後の希望だった男だ」

 とここから益子焼さんの人となりについての説明があるのかと思ったが、そんな展開にもならず竹下通と一美頭さんは二人で神妙な顔をしながら見つめ合い、時々頷きながら、最後には激しく抱きしめあってお互いの想いを共有していた。

「一美頭さん」

 と竹下通は目頭を熱くしながら言う。

「益子焼さん支持に回った時点で、我々はコンピュータ部および一美頭さんを全面的に信頼いたします」

 勝手な事をまた急に言うねえと思ったが、一美頭さんはウンウンと力強く頷いてから、「君なら分かってくれると思った」

 今ここから、朱堂を護衛する会とコンピュータ部は歴史的な同盟関係を結ぶに至る。益子焼派の急先鋒として、今後あらゆる波浪をも跳ね返していかなければならない。

「しかし、君は何故我々が外様だと分かった」

「それはですね、一美頭さん。少々調べものがありましたので、こちらのコンピュータをいじっていたところ、天文部の公式サイトへのハッカーの形跡を確認いたしましてね」

「君も相当なエンジニアと見た。しかし何を探していたんだね」

「お分かりでしょう。激辛金平糖の作り方ですよ」

 竹下通、お前は一体何を言っているんだ。俺は竹下通がいきなし総理大臣にでもなって、俺の事を君付けで呼ぶような寂しさを感じた。どこか遠くな存在になってしまったな、という時に現れる感情だ。

「君、一体なんでそれを?」

 一美頭さんはそれまで温厚そうだった顔を少しばかり硬直させてから、静かな声で聞いた。

「私はもう一度、綺麗な夜空を見たいと思っています」

 その発言に一美頭さんは何か考える思案を見せた。

「君はもう一度関ヶ原の戦いをここで起こそうという気かね?」

 竹下通はゆっくりとしかしまるで時を刻む羅針盤のように正確に頷いた。

「違います。徳川政府を潰して新政権を樹立した倒幕派のように明治維新を起すんですよ」

 その時の竹下通のドヤ顔ったらない。いいか、こんな物騒は事を少なくとも俺は考えた試しもない。

 一美頭さんも「こやつできる……」とまるで強い者は強い者を知るといった具合にそんなことを言ってから、一言。「それについては生物部にいきたまえ。彼らも外様だ。何か知っているだろう」

 一美頭さんの顔は曇ったままだった。

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