第13話 益子焼パイセンの過去①

なんでも竹下通は中学の頃、宇宙観測部に所属していたとの事。本当に星空が好きだった益子焼さんは廃部寸前だった、宇宙観測部に入部し、放課後ずっと夜空を眺めていた。そしていつしか気が付くと益子焼さんの隣には竹下通がいたという次第なのだ。「益子焼さんは星になれる人なんだよ」最後にそう言った竹下通の顔は不気味以外のなにものでもなかったわけだが、あいつは確かにそう言った。


「そうか、君はこの高校に来たのか。とんでもない所に来てしまったようだね」


 益子焼さんは立ち上がった。その目の下にはダムのような黒いクマがくっきりとある。目鼻立ちは整っていて顎はシャープ、モテる要素は揃っているように感じるが、一昔前は人気だったんですよと、しみじみと語る中年の元アイドルのような出で立ちになってしまっている。特筆すべきは丸刈り坊主。彼の頭の上で俺はスキーをしたいと思った。

「彼は?」

 そう言って俺は一瞥された。

「私の友達です」

「佐々塚昴です」

 俺は深々と頭を下げた。

「スバル……。おうし座の散開星団の別名だね」

 夜空を愛する人からすれば完璧な返事だった。益子焼さんが視線を落としたその先は穴でも開くんじゃないかと言うほどに暗く感じられた。


「竹下通、今の俺に関わるな。もう知っていると思うが、俺は天文部を追放されている。俺の近くにいると睨まれるぞ」

「先輩も人が変わりましたね」


 つまりここから竹下通は驚異的な交渉力を見せた。


「俺の翼はもう折れた」

「また飛べますよ、先輩は」


 俺はとりあえずこのやり取りは比喩であると信じたかった。


「別に天体部じゃなくても空は見える、そうだろう」

「間違いありません。でも……」


 竹下通は、ほんの一瞬息を飲みこんでから風の中に呟くように言った。


「みんなで見る星空が一番輝やいてるんだって言ってましたよ、先輩は」

「それは……そうだ」


 益子焼さんはガクリと首をもたげてから、背中にとおっていた一本の針金がぐにゃりと曲がったかのように猫背になった。


「君達の要望はなんだね」

「天文部に戻ってください」

「無理だ。もうあいつらには関わりたくない」


 竹下通はとびかかる様に益子焼さんのブレザーを掴んだ。


「先輩しかいない。先輩が天文部の次期部長になれば、この学校の恐怖政治は終わる」

「無理だって」


 先輩は竹下通の細い手を振り払った。その時のお互いの寂しそうな顔、こりゃ映画のワンシーンみたいだったわけだ。


「あそこの権力争いは熾烈すぎる。奴らは権力に憑りつかれた化け物だ。一回失脚した俺が這い上がる場所じゃないよ」


 益子焼さんは、入部早々から部活の活動に疑問を呈していて、一人黙々と夜空をスケッチしては、季節の移り変わりを夜風の中で感じていたらしい。政治ではなく星を見ようとの動きに一部同調する動きはあったものの韮澤政権の誕生によるそんな意見はもみ消しになり、新部長と馬の合わない益子焼さんは屋上へ来ることが禁止され、そのまま退部へと追い込まれた。竹下通は泣きそうな顔でそう説明した。


「これは皮肉だが、俺が退部してから最近あいつらも星を見ているというじゃないか」

「あんなのデタラメですよ」

「それは分からないだろ」


 すっと目線がこちらにやってきた。その時うっすらと唇が動くかのように見えた、慌てて閉じた。この人は何かを知っている。天体部に関して。


「益子焼さん、正直に言いますと、俺達は天文部と全面戦争をする気でいます。というかもうその闘いは始まっています」


 俺は静かに言った。もうあの二人のやり取りでは埒が明かないと思ったからだ。


「もし先輩が再び天文部に戻る気になればその時は教えてください。我々はあなたが次期部長になれるように下工作をします」

「俺が部長になったとしても天体部が変わるという保証はないよ?」

「あります」


 俺は言ったわけだ。もちろん自信なんてまったくなかった。でも益子焼さんは


「やけに言い切ってくれるね。初対面だというのに」

「はい。先輩は星が好きだっていうのが分かったんです」


 益子焼さんは既に夕日空に浮かぶ大きな星に吸い込まれるかのように頭を上げていた。さっきまで暗かった顔がまるで朝に蘇る朝顔の花のように輝きだす。


「……そうか。ただ待ちたまえ。竹下通は分かるだろうが、俺にも準備がある」

「そちらの方の準備も、やりますのでお気になさらず」


 竹下通はそう言うと、ウインクを益子焼さんに投げかけた。


「君たち、天文部は強いぞ」


 両手をブレザーのポケットに突っ込む益子焼さんの姿は様にな

っていた。

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