第12話 益子焼パイセン

授業中も物思いに耽るかのように遠くの空を窓から覗いているが、何か思いついたように必死にノートにペンを動かすのがあいつの常だった。つまり授業は全く聞いてない。


「ねえ、吉祥ちゃん、何故あなたの弁当はいつもそんなに豪華なの」


 吉祥は風邪を引いていたらしく、マスクをつけていたが、そのまま水筒の麦茶を飲もうとしたために、マスクが茶色に滲んでしまっている。


「これは手作りなのですます」


 吉祥はふわふわと右手を揺らしながらマスクを乾かそうと風邪を送っている。ただいまの時刻はお昼の一二時半。俺達五人は教室の中で机を合わせながらお昼ご飯を食べた。朱堂は菓子パンを片手に真剣な眼差しで周りをキョロキョロとする。


「青年隊が下手に失脚したもんだから、みんな怖気づいてるし、天文部はますます鼻を伸ばしてるわよ」

「まあ、そうだろうね。朱堂が天文部に入って、韮澤さんと結ばれれば万事うまくいくんだけどな。別に天文部が権力握ろうと下々にはあんまし関係ないよ」


 と俺は言いたかったんだけど、もちろんそんな事は言えずに、「屋上に突入するっていう手段はやめよう。例えば、どうだ内部崩壊させるっていうのは」と代わりに言った。

 朱堂、吉祥、ナナちゃん、竹下通は、真ん丸な目をそれぞれ真ん丸にさせてから、口を揃えてこう言ったんだ。


「その手があった」

 

 という感じに。

 その日の朝に配られた校内新聞には、武田寅之助さんの寂しい後ろ姿共に、「謀反に失敗」とのタイトルがつけられた写真が一面を飾っていた。

 ちなみに、広告欄には体育館にて、アイドルのライブ開催に関する代々的な広告が載せてあった。重大発表があります、と太字でかかれているが、校内アイドルの重大発表なんて、彼氏ができたか塾のクラスが落ちたかその程度しかないに決まっている。他の広告欄には、化学部がクローン技術に成功なんて見出しがあって、資金募集中とでっかく書かれていた。なんで一高校の部活如きでそんな最先端の研究ができるか理解に苦しむ。


「でも朱堂ちゃん、天文部も青年隊もなくなっちゃったら、この部はどうなるの」


 ナナちゃんはぽきぽきと片手だけで指を鳴らしながら、おにぎりをほおばっている。俺は丸めた新聞を引きだしの中に押し込んだ。


「警察はこの世にいなくならないのと一緒よ。悪は倒しても倒しても蘇る。私を狙う人間は必ず出てくる、いつの時代も」


 その自信がどこからやってくるのかを尋ねたい。


「まあたしかに天文部はしつこそうだな」


 竹下通も暢気に松茸を食っている。お正月でも誕生日でもない。平日なのにだ。


「それで、佐々塚は何か良い案があるわけ? 天文部を内部崩壊させる」


 朱堂は菓子パンをむしゃむしゃとまるで骨付きチキンを食うかのように噛んでいる。


「たとえば、次期韮澤と目されている二年の筑前さん。あの人を使うしかない」

「つまり内部で権力闘争をさせるってわけね?」


 全てを承知した表情で吉祥は水筒の麦茶をすすった。


「ははーん。いいアイデアじゃない。でも天文部で筑前ってやつと次期部長を争えそうな人間はいるの?」

「一人だけ知っているね」


 竹下通はここぞとばかりに身を乗り出して会話に加わった。俺達が何か恐ろしい事を話している事を察知したクラスメイト達は逃げるように教室を退出した。俺もいつしか、この天文部の恐怖政治を終焉させなければという想いが芽生えている。泣ける。


「その男はかつての次期部長候補筆頭だった」

「名前は?」

「益子焼さんだ」


 聞いたことのある名前だった。ってよく考えてみれば有名な陶器の名前だった。そして、この益子焼さんというキーパーソンは恐らくアマチュア作家、団子坂さんにとっての秘策中の秘策であるに違いなかった。俺は会ってからそう静かに確信したのである。


 俺と竹下通は益子焼さんの所に放課後派遣された。何をするのか。それは決まりきっている。益子焼さんに再び力を蓄えてもらい次期後継者候補である筑前さんと争う事で天文部を二分してもらわねばならない。


「益子焼さん、益子焼さん」


 その男は校庭の片隅にあるゴミ捨て場付近にて、一人体育座りをしながら空を眺めていた。


「君は……、竹下通君かね?」

「お久しぶりです」


 竹下通と益子焼さんは中学の頃の先輩後輩だった。

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