第11話 負けるは無念
「望遠鏡をすべてこの場で破壊するだろう」
校舎が揺れた、そう思うほどに天文部の学生達の悲鳴は学校を包み込む空気を揺らした。
「おい、どうなってもいいのか。これは反乱だぞ」
「我々はこの桜町高校に平和が戻るのであれば、全員討ち死にする覚悟である。それが男として生まれた本望なのだ」
「何を生意気な」
「おい、韮澤。これを見てもお前はそんな汚い言葉を吐けるのか?」
武田さんの言葉を最後にそれから、少しだけ沈黙が続いた。この沈黙は一体、何なのかとすら思う。でも、
「何でお前がそれを持っているんだ?」
という韮澤さんの言葉からはさっきまでの元気が確かに消えている事を確認せねばならなかった。
「いいか、一年の朱堂は私、武田寅之助に恋をし、だからこそ私に味方しているのである」
そう、それから武田さんはまるで入学式の祝辞を述べるかのようにかしこまった口調で過去に一度俺達が聞いたことのある文章をそのまま述べた。
それは二度と聞きたくないと思っていた、韮澤さんの朱堂への恋文だった。
メガホンで武田さんは何の配慮もなく述べる。そういえば、と思った。あの時あの恋文を代読させられた吉祥は読み終わった後あまりの恥ずかしさと惨めさのために、韮澤さん直筆の手紙を窓から投げ捨てたのだ。
吉祥は頭を抱えていた。朱堂はというと顔色一つ変えずに聞いている。しかし朱堂は武田さんの事は恐らく好きではない。
この場の試合は勝負あり、といった所。誰しもがそう思った。しかし、その目論見はもろとも砕け散った。
屋上からボヤがでたのである。
部費に窮した料理部が火起しをやりすぎたために、あの日あの時間家庭科室から想像以上の煙がでた。これにより火災警報がなり、消防車が出動したというのが事の結末だった。屋上の連中は火事だと勘違いし、一目散で皆が皆、階段を怒涛の如く駆け下ったのである。
歴史的な日になるはずだった、あの日は散々な結末に終わった。
それにより桜町青年隊は失脚し、活動の当分中止を言い渡された。
しかし、爪痕も残せた。
天文部の韮澤は朱堂に恋焦がれているという事が周知の事実になったのである。そして、また武田寅之助も朱堂に一目惚れしたことが露わになったのだ。
「闘いには勝たなければならないの」
その日の事を振り返り、朱堂は冷静に言った。失脚した青年隊達は未だ現実が受け入れらず、「あの恋文は意図的に朱堂サイドが流したものなのではないかと。つまり青年隊をわざとそそのかした」という憶測が広まったらしい。ナナちゃん情報だ。
「負けると落ち着いて物事を考えられなくなるのかもね」
吉祥の分析は正しかった。吉祥がもはや朱堂のイエスマン化しているのは割と知れ渡っているが、いくら何でも韮澤の恋文を偽装し、それを青年隊に渡す事で彼らを決起に踏み切らせるなんて高等手段はまず思いつかない。
「んで、青年隊はどうするって」
「朱堂ちゃんの首を討ちとる事です」
「この学校は何でそんな血気の盛んな奴ばかりいるんだろうね」
竹下通は、風呂敷に包まれたお弁当を取り出している。
「受けて立つわよ。どうせなら天文部と旧青年隊が束になってかかってくるといいわ」
一番血気盛んなのは何を隠そう朱堂だ。
「三つ巴の闘いにですね。プロレスで言う所のデスマッチですわ」
ナナちゃんは、「デス」という部分を殊更に強調しながら、舌をペロリと出した。本当にこちら側の陣営にナナちゃんがいてよかった。さっきも偵察に来ていた青年隊の残党に延髄蹴りをお見舞いしてくれたのである。
四月もあっと言う間に終わろうとしていた。まだ桜の花びらは風に流されまいと必死に枝にしがみついていたが、マフラーや手袋が完全にいらなくなった頃を見計らって、自ら風の中に舞う事を選択し始めた。
「どうもおかしいのよね」
それが朱堂のいつしかの口癖になっていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます