第10話 青年隊、賭けに出る!

「めんどくさいから、下で見てましょう。あとは勝手にやるわよ」


 朱堂の滅多に出ない平和的な選択に俺達一同、ナナちゃんを覗いてホッと胸を撫で下ろしながら、校門の近くまで歩いていった。屋上を見るためだ。

 まだ夏に比べれば太陽の陽が落ちるのも早く、放課後の校庭は朝と違って少しだけ寂しい気もした。夜に近づいて何か空から圧力みたいなものが降ってくる、そんな感覚だ。


「そういえば、私こんな話を聞いたことがあるわ」


 ナナちゃんが話だし事を聞いて俺達はこれから何が起こるのかについて明確に予想できるように至った。

 つまりそれによるとだ、桜町青年隊は、天文部の横暴を見るに見かねて強硬派と温厚派に分かれたらしい。強硬派は地下活動的にアンチ天文部勢力を起している。つまり今階段を一生懸命に駆け上がっている奴ら。彼らはその持ち前のボランティア精神で生徒を救うべきだと考えたらしい。温厚派今まで通りボランティア活動を続けているという。主に女子によって形成されている。組織は一応一緒だ。


「なるほどね。それで納得できる事が増えるわ、でも何でナナちゃんはそんな内部事情を知ってるわけ?」


 朱堂は赤い眼鏡をかけたままに、フンと鼻を鳴らした。その鼻息で桜の花が散ってしまわないか、俺は少しだけ心配した。


「私、ボランティア部に入ったんです。もちろん温厚派としてですけど」


 ちゃっかりしてるな、と俺達はまじまじとナナの顔を見た。朱堂は「朱堂を護衛する秘密組織」の部長として一喝するのかと思ったが、そうはせずに「丁度良かったわ」とだけ呟いた。


「みんなを各部に潜入させようと思ってたのよ。佐々塚はもちろん天文部に」


 俺は朱堂の言葉を聞いた時その場で後ろからぶっ倒れそうになった。桜の木に介抱してもらおうかと思ったほどだ。冬の日本海のように俺の扱いは荒い。俺は勝手に座礁してしまいそうだ。


「でも今まで地下勢力だった青年隊は何で今頃全面戦争に打ってでたわけ? あの武田寅之助さんという人は少し早まったわ。私達に言ってくれれば手伝ったのに」

「まさに私の疑問もそれなんです」


 ナナちゃんは唇を少しだけかんだ。まだサイズに会ってない体操着を来た同期たちが先輩に尻を叩かれながら校庭を走っている。


「あの人達の話しによると、もしかしたら私が関係しているのかも……」


 吉祥ちゃんはある日突然、自分が物語の主人公に躍り出たかのように動揺し、そのためにいじいじと胸元の赤いリボンをいじりだした。

 その時だ。けたたましいキーンという音が空を二分させるが如く鳴り響いた。そして、誰かがドアを蹴っ飛ばす音を聞いた。なぜ分かったといえば、先週俺達は屋上のドアが見事に破壊された音を知っているのである。


「そこまでだ、天文部」


 声が響き渡る。


 俺達は角度的に青年隊が突撃してきたシーンを拝む事はできなかった。しかし上級生が望遠鏡を、下級生達が肉眼で空を眺めている絵は良く見えた。そして中央の一番良い所で望遠鏡を構えていた韮澤さんも。


「韮澤の顔のひどい事」


 朱堂は竹下通の背中をバンバン叩きながら大爆笑している、

 メガホンでそう叫ばれたときの韮澤さんの顔は校庭にいる俺達からも容易に確認できた。

 一言で表現すれば、「また誰かが突撃してきたのか」という恐怖に満ち溢れた顔だった。

 そりゃそうだ、この短期間に人が屋上に突撃しすぎている。韮澤さんがまるでスローカメラで再生しているかのように、首を屋上の入り口へと向ける様はこちとてそれなりに同情した。それから武田さんの方へと歩いていったと見えて、韮澤の姿は視界から消えた。


「お前たちは完全に包囲されている。これ以上の暴挙はやめなさい」


 武田寅之助さんだ。当初の予定通りキャプテンが真っ先に突っ込み後輩達に自分の背中を見せる事で青年隊の士気を存分に高めているとみた。あくまで予想ではあるが。

 こりゃこの高校創設以来歴史的な事が起こる。天文部による王政が解体されるかも知れないという事態なのだ。


「面白い事になってきたわよ、みんな。明日には校門の上に韮澤の生首がさらされてるかもしれないわね」


 朱堂は悪人のように目を尖らせてからそんな事を言う。ナナちゃんもつられて「へっへっへ」と笑いだした。吉祥と俺と竹下通は感電したかのように体を震わせた。おっかないたらありゃしない。


「諸君ら、落ち着きたまえ。話せば分かる」


 どこかで聞いたことのある名言をメガホンを使って韮澤さんは叫んだ。天文部も一応メガホンを持っていたらしい。もしかしたら武田寅之助さんと韮澤さんが一つのメガホンを代わるがわりに使っているのかもしれない、そう思うと誠に滑稽な光景が想像できた。


「今日は桜町高校の始まりの日だ。生徒は自由を掴む。今ここで天体部は廃部にしたまえ。さもなくば……」


「さもなくば何なのだね、武田君、いや青年隊長殿」


 やりとりは続く。ナナちゃんは、やけに芝居がかった長いやり取りに半ば辟易していたが、もう気づけば校庭には多くの生徒達が事の次第に気が付いて飛び出していたし、校庭の部活動は時間が止まったように中断し、まるで空の上で行われているかのような、青年隊と天文部の歴史的な攻防に固唾を飲んで見守っていた。

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