第9話 桜町青年隊、現る!

「急いで校庭に向かってください。後は流れでって感じです。では、アクション」


 日に日に台本が荒くなっていく。もはや作家はこれ以上のこの世界の物語に興味がないのではないかと思えるほどなのである。団子坂さん、大丈夫でしょうか。途中で挫折して、この世界を描いている小説をくしゃくしゃに丸めてゴミ箱に捨てないでくださいね。絶対ですよ。

 ただADは相変わらず忠実に仕事をこなす。

 ここは二階だ。ADはひょっこりと窓の外から顔を出してそう叫んでから、すっと消えた。それからドテっという嫌な音が響いたが、トコトコと地面を蹴る音が聞こえたのでどうやらケガはしてないようだ。その生命力に拍手を送りたい。


「行きますか」


 吉祥さんは達観しているかのように、ひょいと立ち上がっては少しだけめくりあがったスカートをなおした。そう、俺達はこの小説の主要キャラクターだ。


 校庭に行くと、丸めた新聞紙で練習に励むサッカー部と無心で走り続ける陸上部、守備陣がエラーしかしないノックをしている野球部が仲良く汗を流している。

 そして、陸上部が体育着で走っている横で、制服のまま鉢巻をして襷掛けをしたむさくるしい男たちが「俺達は永遠のーー、三四歳」と中途半端な年齢を連呼しながら足並み揃えて走っている。


「桜町青年隊ですますね」


 吉祥は物知りだ。別に死んだ魚を見るような目を彼らに向ける事はなく、いたって冷静にそう説明した。彼女はこの学校に一〇年以上在学しているのではないかという具合に何でも知っている。

 俺が最初にこの高校に入学してから、世の中本当にいろんな人達がいるなと気が付かされたが、この桜町青年隊ほど奇妙な集団はいない。もともとはボランティア部だったと聞く。地域清掃や地元の老人ホームでのボランティア、文化祭の日は手話をしながら合唱をするという、どんなひねくれ親父でも罵倒できないほどに素晴らしい生徒達の集まりではあった。

 校庭の土は白くて白亜の校舎の写し鏡みたいだったけど、周りの桜色のおかげでほんのりと地面も色づいているような気がした。俺達五人の制服姿はこのピンク色に色づいた校庭の中では異色だった。俺はポケットの中に寒くもなく手を突っ込む。五人は知らず知らずのうちに一列になって、校庭を見渡した。

 桜町青年たちのランニングが終わり俺達のすぐ横で整理整頓してから、キャプテンですと最初に名乗った「武田寅之助」さんは、すごい目つきで俺達に迫ってきった。こいつらは仮入部期間中、ずっと校庭でキャンプファイヤーをやっていた連中だ。マイムマイムマイム、と乱舞する様はとても見れたもんではなかったが、若干の女子には人気があるらしく、校庭から何人かの女子が目を輝かせながら覗いている。

 サッとナナちゃんが動く。


「どうしました」

「君は吉祥か?」 


 その眼光の鋭さったら、まるで雷鳴のようだった。


「私が吉祥ですけど……」


 少しうつむき加減に手を挙げる吉祥さんの瞳がウルウルとしていて、細身の体が今にも風に飛ばされてしまいそうに佇む。


「なるほど、君か。僕たちに有力な情報を教えてくれたのは」


 武田寅之助さんが、隊員達の方にまるでバレリーナのようにくるりと反転してから、「この方によって天文部の横暴は終わりを告げるに違いない。よって皆、礼をしよう。礼」と言えば、暑苦しい隊員達はスッと礼をした。

 吉祥はあたふたとしながら内股の足をさらに内股にし、頭の天辺をほじほじと掻いている。そして最後の最後に、右手で不器用な敬礼をした。


「では、隊員、よく聞け」


 武田寅之助さんは、校長用と書かれたメガホンをどこからか取り出して物騒な事を言いだした。


「民衆を苦しめる悪しき天文部の横暴は今日で終わらせる。こちらには重要な文章がある。これを持って、屋上への上陸作戦を開始する。精鋭隊が屋上に梯子で登りしだい、ロープをつるす。後続はそれに続け。まずキャプテンの私が死にざまを見せる。いくぞ」


 これまたどこから持ってきたのか三脚を持ってきてから、一年らしき低学年が壁に掛けた。


「キャプテン」

「何だ」

「三脚じゃ屋上まで届きません」

「何だと」


 俺はこれ以上に滑稽な光景を他に知らない。三つの三脚の上に武田寅之助さんと恐らくその参謀二人がそれぞれチョコンと立ちながら屋上を見上げているのである。


「ええーい、階段で登るぞ。ついてこい」

 隊員達は「しぇえええええええ」と叫びながら突撃していった。

「最初からそうすればいいのに」


 への字顔の朱堂。竹下通はもうこれ以上の事には巻き込まれたくはないと顔を青ざめていた。


「でも吉祥ちゃん、あなたがまさか青年隊の関係者だとは思わなかったわ。天文部よりもおかしなそして男しかいない集団にいたなんてね」


 朱堂は少しだけご立腹のようだった。


「そんなはずないです。私はこの活動以外は図書館委員として図書館の受付にいますから……」


 それは事実なのだ。図書館なんて普段行くはずもないような男子達が、しきりに図書館に言っては少しでも吉祥と話すために哲学書なんかを借りているというのだ。


「朱堂ちゃんあの人達についてく?」


 ナナちゃんは堅いブレザーをめくった。ひ弱な柔道部が、ナナちゃんを勧誘に来るのではなく、「強すぎて手に負えないから入部しないでくれ」と言いに来たのには笑ったが、とにかくナナちゃんは臨戦態勢になった。 

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