第16話 世論調査の結果が出る!

 さて、俺はとりあえず馬車馬のようになって働かされている日々に半ば流されてある肝心な事を忘れていた。


 おい、ADはどこに行ったんだ。


 ということだ。

 この世界は誰かの小説の中で俺はその誰かによって編み出された操り人形に過ぎない。なのに、セリフは最初の一,二週間を除いてやってこないし、あのADからの音沙汰も絶えた。次回はどんな登場の仕方でやってくるのか楽しみであった俺からしたらじらされることこの上ない。その割に物語は順調に狂った感じになってきているから、それはそれで面白いのだけど、団子坂さんでさえも書きながら訳が分からなくなっていないか心配なのである。


「繰り返すけど、これは小説の中なんだよね?」


 英語の単語テストの最中に俺はまるであてずっぼうな答えを書きながら、横で真剣に解いているナナちゃんに聞いていた。


「これ、デジャブ? 何回同じ質問してるのよ。もはや恐くもあるわ」


 シャーペンを強く握りしめて、芯を追っている。まるでカクテルでも作る様にナナはシャーペンを振った。


「だって、ADが来ないもんだからね。不安になっちゃって」


 そういえば、と俺は小テストの名前の欄を書き忘れている事に気が付いて、漢字で雑に自分の名前を書いた。本当はローマ字で書かなければいけないのにだ。

「たとえば、高校生活のさわりだけを書いて、それからメインは一〇年後だったりする小説もあるでしょ。今の生活が後々の物語にとっての伏線って場合もあるわけだし。そうすると、そこまで私達は何しても自由よ」

「面倒だな。こっちの事も考えてくれよ。物語は一〇年後に飛んでても俺達は一秒一秒呼吸してるんだぞ」

 ふざけた話だ。拘束時間一〇年のバイトなんて、絶対に俺はやりたくない。

「じゃあ、この物語が結末を迎えると例えばどうなる?」

「そりゃそこで終わり」

「終わりっていうのは?」

「消えるって事ね。つまり登場キャラクター達はみんな死ぬわ。暗いとこに行くの」

 俺はこの世界がまるで停電したかのように暗くなり、そこにいる全ての人間の動きが消えていく姿を想像して、ブルッと震えた。

「だから楽しまなくちゃ、損だよ。損」

 生徒会、会計候補のナナちゃんは涼しい笑顔を見せた。もうじき五月の初夏を迎えようとしている。

「ところで、当選するための作戦は練れた?」

 昨日はよく眠れたのかしらと確認するが如くそんなことを言う。

「まったく練れていない。選挙なんて初めてだ。しかしなんで会計に立候補したんだ」

 そりゃさ、と言う。

「お金を握る人間が一番強いのよ。世の中ね」

 ウィンクをする。ひまわり色の瞳が輝いた。

「とにかくスポンサーを集めましょうね」

 その言葉を最後に俺とナナちゃんは選挙の話をしなくなった。

 頭の中で今日の朝の歌が響く。

「エンヤ―ソーエンヤ―ソー」

 旧青年隊達が、大きな釜みたいのをみんなで担ぎながらそんな事を叫んで踊り狂っている。もちろん登校する生徒達はその一団をよけるために大きく校庭を迂回して下駄箱に行くことを強いられていた。朝だから星なんて見えるはずないのに、上から見下ろす事で恐怖を与えたいのか、韮澤達が屋上でずんと構え、旧青年隊達の音頭に冷ややかな微笑みを浴びせていた。

 ともかく。

 候補者は三人。これが多いのかどうかは知らないが、ともかくも当選できるのは一人だけである。前任者の三年生と、その補佐をしていた二年生の一騎打ちというそれはそれで泥沼の闘いになるはずであったが、柔道チャンピオンの新規参入により、会計という生徒会の中では閉職であるはずのポジションがにわかに騒がしくなっている。

 さて、スポンサーを集めなさいとはこの間立候補手続きをした後、女子三人から散々言われたことである。つまり、委員会や部活の幹部達を口説き、自分に票を入れれば当選後色々と優遇するという条件を与えて支持を固めるという本物の政治家顔負けの選挙戦のことである。

 幸いにも会計の立候補者は天文部から出ているわけではないが、三年生の前任者である片桐幕(かたぎりばく)さんは既に天文部と接近し、生徒会予算の大半を天文部に流すという密約を交わしているという噂が飛び交っている。ちなみにそいつの元秘書であり2年生立候補者の三島伊織(みしまいおり)さんは文系部活や男女平等委員会を中心に支持を固めつつあるとの情報が既に入り込んでいた。

 なんでそんな事が分かるのか。それはコンピュータ部が早々にナナ支持を打ち出してくれたからである。彼らは今天文部のホームページをハッカーするという仕事と両立しながら、生徒会選挙の動向をパソコンで解析しているのだ。おかげで俺の机の中はその大量の資料でパンパンになっている。

 この資料を生かすも殺すも俺の責任らしいのだが、俺はこれを有用に使う術を知らない。

「世論調査の結果を知ってるわけ、佐々塚」

 2限の数学終了後、朱堂は一枚の紙を持ってすっ飛んできた。


「天文部が推薦を決めた片桐の支持率が過半数を超えたわ。このままだとナナちゃんはダルマに目ん玉を描くことができません」


 別にそんなことをするためにあいつも立候補をしたわけではないから、当然隣にいるナナちゃんもツッコむのかと思いきや朱堂が報告した苦戦の状況に眉毛を悲しく垂れさせるにとどまっている。


「佐々塚、選挙を舐めてるわね」


 朱堂は全責任を俺に被せてくる。こんなリーダーで良いのでしょうか。


「バカね」


 朱堂は俺達以外誰もいない教室の中で突然爆竹に火をつけるとそれを天井目がけて投げた。すると、アッチ、という声と共に天井でカモフラージュしていた生徒何人かがペロリとめくるれるように出てきたのだ。


「あんたら、片桐についてるとロクな目に合わないわよ」


 ナナは恐ろしい顔でそう言ったんだ。男子生徒達はベタにちびっている。隣でふわふわと笑う吉祥が逆に場の緊迫感を際立たせている。

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