第6話 宣戦布告!

「おい、くせもの、無礼者、狼藉者。韮澤部長に向かって何て口を聞いているんだ」


 忠誠心をここぞとばかりに示すがごとく一人の部員が声を荒げた。部員は総勢二〇〇人を超えるというが強ち間違っていない。もう屋上の床が抜けそうな勢いだ。ちなみに男だけなら暑苦しい事この上ないのだけど、部員の三分の一ぐらいは女子が占めている。物好きもいるもんだなと思う。


「なにしにきた」


 韮澤は顔にできたニキビを人差し指で隠しながら隠しきれていないことに気付く様子もなく、群衆の中を割って出てきた。


「台本にあったから来た」


 とは小説の中だから言えないのである。しっかりと物語は作者の望み通りに至って合理的にそしてスムーズに進んでいかなければならない。しかしどうだろう、作者の書いた物語がいたって不自然な展開だった場合、役者の俺達とてそんな展開にはどう頑張って抗えないのだ。


「とりあえず、荒らしにきました」


 吉祥はノー天気に明るくそんなことを宣言した。こいつは天才なのかとすら思った。女風呂に潜入した男が警察に見つかって「のぞきに来ました!」と堂々と言うようなもんである。


「天文部に宣戦布告するということかな?」


 一羽の鳥が大空を飛び越えていった。そこで扉を抱き枕替わりに気絶していた竹下通が起き上がってこうのたまう。


「いえ、滅相もございません。我々は天文部と韮澤部長に忠誠をちかいに……」


 という決死の大宣言が終わらぬうちに朱堂が、


「天文部を壊滅させてご覧にいれましょう」


 と言ったので、竹下通はそこで力果てたみえ、破壊されたドアを枕に再び眠りについた。少々彼には刺激が強すぎたに違いない。


「貴様、名を申せ。天文部の賞金首にお前の名を記しておく」


 はてそのノートには一体誰が書かれているのかとても興味深かったが、とにかく俺の名が絶対に載ってはいけないノートの一つであることには変わりがない。


「私の名前は、佐々塚昴です」

「おい」


 俺は職人が磨き上げた刃のような鋭利さでそうツッコミをいれたが、韮澤部長は短い鉛筆の芯をペロリと舐めてから、ノートに文字を走らせた。


「朱堂美晴ですよ。こいつは」

「ねえ、仲間をそんなに簡単に売るわけ?」


 誰がだよ、とこの時ほど思った事はない。竹下通は敵の本陣で瀕死になっているし、俺は韮澤ノートの恐らくトップに名前が載った。こんなにもバットエンドなシーンが古今東西存在しただろうか。いや、断じてない。


 そこでけたたましい音が空を切り裂いた。まるで無数の蠅が耳元に飛来してきたかのような。天文部と俺達は空を見た。


 ヘリコプターが飛んできた。まるで空を轟音で切り裂くんじゃないかという具合にプロペラは回り続けている。そこから縄にぶら下がったADが大きな声で「カット」と叫んだ。もうむちゃくちゃだ。


 屋上襲撃事件は瞬く間に校内に広がっていった。各クラスに最低五人はいる天文部の密告を恐れて、表沙汰に反応を露わにする学生は少なかったが、俺は通り過ぎていく先輩や同輩から耳打ちで「よくやった」という労いの声を掛けられた。料理部からは、部活で作ったんだというカップラーメンをもらった。作ったというより温めたに近い。竹下通と廊下を歩いていても道がまるでモーゼのように切り開く。

 設定が分かってくる。

 つまり天文部は相当嫌われているらしいということだ。


「やはり民は王政を望んでいないのよ」


 同じ学生達を民と言えるその感覚に怖さすら覚えながら、俺達四人は朱堂に言われた通り、放課後、一年B組の教室に戻った。何でも大事なお知らせがあるのだという。

 そうだろうな。俺達は集まるべきだ。

 天文部のそう本山に入学早々突撃するという離れ技をやってのけてから、見事に失敗し、女子三人は雲行きが怪しいとみるや一心不乱になって走り出したのだから、俺は急いで倒れている竹下通を担ぎ上げて、敵前逃亡をしたのだけど、ならばやらなければよかったんだ。台本に書いてあるとはいえ。

 ただ奇跡的に絶対王政に歯向かった俺達ではあるが、すぐに迫害されるに俺達は至らなかった。その理由は後ほど分かる。 

 クラスに一台ずつ設置されているパソコンでエロ動画を見る気満々だった学生四人を蹴散らし、最近注意深く俺達の行動を見張っている天文部の一年達をナナちゃんに背負い投げしてもらってから、会議は始まった。


 朱堂は教壇の前に立ち、まだ新品の白いチョークを教壇の引き出しから取り出してから、こう言った。


「私は命を狙われています」

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