2章 秘密組織

第7話 秘密組織創設

 もちろん俺と竹下通とナナちゃんと吉祥は驚いた。竹下通は額に大きな絆創膏をバッテンマークに貼っているだけで奇跡的にも大けがは免れた。一部の情熱ほとばしる男子生徒達は竹下通の傷を男の勲章だと言わんばかりに褒め上げ、天文部の目を盗んでは、彼を胴上げすることをよしとしている。もっぱら竹下通は「やめてくれー脳みそがこぼれるー」というよくわからない言葉を多用したがり、これはこれで男達の間ではブームになっていた。


 そんなことはどうでもいい。今は朱堂のセリフだ。


 俺はこの世界を作り上げた作家は大して能力がないと思っているから、こんなしゃれたセリフを作りあげる事ができないことを既に知っていた。まあ、何ならまだこの世界が作家によって作りあげられていることについても懐疑的なんだけど、あのADがヘリコプターで現れた辺りからこの世界について色々と信用しなければならないという念に駆られている。


「詳しく聞こうか」


 俺はわざと神妙なふりをしながらそう朱堂に答えた。ここで軽い反応を示せば、どうなるかなんてことは分かりきっている。考えてもみてほしい。隣に座っている女子が柔道チャンピオンだというところまでは良い。でも、何か俺が弱気な発言だったり朱堂に逆らう行動をとればすぐさま技のデパートを見せびらかすが如く技を掛けられる。学校で宙を舞うのはごめんなんだ。


「韮澤のバカから手紙が届きました」


 朱堂は今にも泣きそうに瞳を湿らせてから、ブルブルとした手つきで一枚の便箋封筒を取り出した。


「吉祥、あなたこれを読んでくれるかしら。まだ大した仕事してないしね」


 ずけずけとよく物を言えるもんだ。勝手にこいつが吉祥を招集させているだけなのに、恐ろしい女子だと思った。吉祥は頬をわずかに赤らめてから、長いスカートを翻し、教壇の前にトコトコとした足取りで向かってから便箋封筒を受け取った。


「では、読ませていただきます」


 百人一首でも始まるのかというほどに教室の中の空気は張りつめていた。


「朱堂様へ。あの日、私とあなたが屋上で会う事は運命であったのではないかと思っております。正直に言えば一目惚れしてしまったのです。私は天文部にて五十六代目の部長を務めています。もしよろしければ、入部しませんか? その暁には執行役員として、最新鋭の望遠鏡で月を眺めましょう。もしかしたら、私とあなたの幸せな未来が覗まけるかもしれませんが…… 韮澤より」

 

 まずナナちゃんは黒板を引っ掻いたかのような悲鳴を上げた。朱堂は眉間を寄せた。竹下通は「我は王なり」という意味不明な事を突然ぼやきだし、俺は予想外の展開に少しだけ胸をときめかした。なるほどと。作家の団子坂もだてに作家やっていない。なかなか奇想天外な感じになってきたではないか。俺はこの中で一人感心をした。

 韮澤が朱堂に恋をしたからこそ、俺達五人はかろうじてこの絶対王政のアンチ勢力といえども生き残っているのではあるまいか、そんな事を想いつくのは不自然なことではあるまい。

 吉祥はさっきよりもさらに顔を真っ赤にしながら、韮澤の便箋封筒を「えい」と窓の外に投げ込んでしまう始末。正しい判断であろう。吉祥は見事なまでに大仕事をやってのけたのである。


「命を狙われているという事、把握した」


 俺はまたも神妙にそう言葉を発した。


「私は天文部への入部を拒否します」


 朱堂は腕をきつく組みながら口をへの字に曲げた。こんな顔まで美しいなと思った。


「当然の事です!」


 ナナちゃんは何故だと聞きたくなるぐらいに朱堂に忠誠を誓っているもんだから、そう返事をした。

 あれやこれやと議論は白熱したが、恐らく朱堂は腹の中に秘策を秘めていると見えた。あいつはさっきまでの怒りを露わにした表情から、既に悪代官のような悪い顔へと見事に変貌を遂げている。


「韮澤部長に目をつけられるなんて面白い話もあるんだな」

「佐々塚は何をそんな悠長な事を言ってるの。あなたにとって最大の敵になったわけよ、韮澤は。分かってるの?」


 何か胸の中にもやもやがあるなと思ったらそれだったんだ。そう、俺も朱堂に一目ぼれをしている設定なんだ。韮澤部長は恋敵という事になる。あんな奴と争いたくない。血で血を洗うような泥沼の争いに入学早々巻き込まれたくはない。


「私にも色々と考えがあってね……。もしかしたら私は今後とんでもないことに巻き込まれていくかもしれない」


 俺達は既にこいつのせいで面倒な事に巻き込まれている。


「よって、私を護衛するための秘密組織を今ここに創設します」


 朱堂は言った。自分を守るための自分のための組織の創立。これほどまでに堂々と独裁組織が誕生してしまっては俺と竹下通もなにもできない。

 隣に座っているナナちゃんと吉祥は宝石のように目を輝かせながら立ち上がり万雷の拍手を朱堂に浴びせた。俺も座っていたらキレられると思い、急いで立ち上がってから泣きそうな顔で万歳をした。


「佐々塚、もっと笑いなさい!」


 朱堂の水が流れいくような声が鼓膜に響く。なあ、結構ベタだよ、作家。この展開。


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