第5話 天文部に突撃!


「さーせんー」


 ADは俺達をしっかりと見ている。これは変えがたい事実だった。セリフを覚えて役を演じるのはごめんだ。もうこの際作家の文章から反して、自分で気の向くままに行動したらどうなるのだろうか、という疑問が湧く。きっと俺は物語でコントロールが利かなくなったために、作者からは疎まれるかもしれないが、そのほうが案外面白い物語ができるかもしれない、そんなことを考えてみる。


「さて、小説が進むよ」

「ですね」

「その通り」

「私はセリフあるかな」

「なんなら俺のを譲ってやるよ」


 奇妙な会話だなと思った。後ろから生徒達が通り過ぎている。彼等彼女等に役名もなければ、恐らくセリフもなく、もっといっちゃえば物語はこれからほとんど絡んでいかないのだろう。それでもみんな一人一人の物語がある。その物語が複雑に絡まって、奇跡は起こっていく。いや、起こす。


「さっき、ファックスで今日の詳細に関する台本が届いたもんで……」


 一体どこからここまで走ってきたのか当然検討もつかなかったわけだが、ADは肩で息をしていて、時折呼吸の仕方を忘れたかのように苦しい顔を俺達にふりかけてくる。

 しかし俺達とてなにもしてやれない。さっさと台本をよこしてほしいのだ。という俺の心の声とは裏腹にナナちゃんと吉祥はADの背中をすりすりとさすってあげている。

 彼の呼吸が落ち着いてきたところで、配られたペラペラのA4用紙は白い部分の方が圧倒的に多く、これがもしカレーであれば苦情どころでは済まされない感じになっていた。

 

「五人で天体部に潜入。後は適当に」

 

 それだけしか書かれていなかった。役者のアドリブに任せるだなんて、小説でやっちゃいかんに決まっている。それにだ。天体部にこの五人で突撃するだなんて、危険だ。吉祥はこれから起こる事を察して今にも逃げ出したいと言わんばかりに顔を青ざめていたし、竹下通は訳も分からず薄笑いを浮かべている。こいつを先頭に突撃させるしかない。それから、朱堂、とナナ。手をぽきぽきと鳴らしている。


 ADはその返事を聞くと、「アクション」とだけ言って、職員室の方へと消えていった。この世に楽な仕事なんてあまりないとは聞いているけど、その通りでADの仕事はとても大変だなと思った。


 さて、俺達五人は浦島太郎のような隊列でぐんぐんと階段を駆け上がっていった。しょうがない、だってこの世界の作者がそういう物語を書いたのだから。俺だってできる事なら、近くの喫茶店にでも行って可愛い女の子に目を奪われながら甘いティーでもすすりたいところだ。


 さて切り込み隊長は竹下通だ。こいつは絶対にそんなキャラじゃない。本当なら教室で水筒を飲みながら優雅に古典文学でも呼んでいる方のが間違いなく合っている。こないだ話したところによると、御曹司らしく将来は経営を担うべく親族から期待されているらしい。しかし今、その親族の期待を一身に集める竹下通は先陣切って、奇妙な天体部に討ち入りせねばならない。


 世の皮肉というやつか。


 テニス部が一年の教室でテレビゲームに現を抜かしているころ、校庭では謎の男子たちがふんどし姿になってキャンプファイヤーをしているころ、料理部が火おこしのための木を裏山で探しているころ、生徒会の候補者達が演説原稿を作っているころ、ハッカー部がコンピュータールームで天体部のHPをハッカーしようとしているころ、俺達は屋上に到着した。みんな馬鹿だ。すがすがしいほどの。


「ここまで来て言うのもなんだけど、俺は平和な学生生活を過ごしたかった」


 竹下通はガタがきている扉のドアノブを握りながらそんな弱気な発言をする。


「どうせ小説の中でしか私は生きられないんだからしょうがないでしょ」


 ああ、この小説の主要キャラクターが全員朱堂みたいに男勝りな人達だったらいいのにと思った。そんなことを思ってもしょうがないのだけど。


「ファイト、竹下通君」


 ナナちゃんと吉祥はどうやら階段を踏みしめて天に上がっていくにつれてアドレナリンが相当でているらしく、もう目の色が違っていた。これからリングに上がろうとするボクサーのようになっている。ナナちゃんはやはり柔道チャンピオンだけあって格闘家の血が女子といえどもあるから分かるが、一体吉祥の血の気はどこからでてくるのだろうか。

 俺はといえば血の気が失せている。ここは標高3000メートルの山の山頂ではないかってほどに息が苦しい。


「行かないといけないですよね?」


 竹下通がまたも弱気な発言をしたとき、ナナちゃんの回し蹴りが見事に炸裂し、竹下通は扉をぶち破って、一人天文部の総本山に突撃した。俺達も「わー」と合戦に向かう足軽のような声を出して屋上の空気を浴びた。


「くせものぞーー」


 屋上は思ったよりも広かった。金網格子は設置されていなかったので、その分開放感があったからかもしれない。気持ちが良かった。この学校での一番の特等席はここだ。街が一望できるし、周りに遮るものがないここからなら、夜空に宇宙が現れるのは容易に想像できた。


「まあ、くせものということについて批判する気はないです」


 俺は冷静に述べた。若干、女子二人は今にもこの屋上を焼け野原にさせる気満々のように思えたので、ここは俺だけでもしっかりせねばと思い、心を落ち着かせた。深呼吸をする。胸いっぱいに桜色の空気が充満した。


「天文部への入部希望者か?」

「まさかね。いいから、韮澤でてきなさい」


 俺は平和的にこのクーデターを収める術を諦めた。まあこっちが突撃しておいて平和的におさめるだなんてそんな虫の良い話はないに決まっているのだけど。

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