第4話 AD生きとったか!

クソ―と鼻息を鳴らしながら朱堂はその場で憤慨し、やりようのない怒りとかもどかしさとかを俺にぶつけてきた。


「佐々塚、天文学部をやっつけて」


 その言葉で後ろの三人組は悲鳴を上げた。その声は屋のように天井に刺さりなかなか消える様子を見せなかった。


「無茶だな」


 一年が校内最大派閥らしい天文部に異を唱えるなんて、クーデターに近い。しかもそれに失敗すれば、俺の高校生活は終わる。

 

 いや、すでにこの売れない作家の作り出した小説の世界にいるというすっとんきょんな事に巻き込まれている時点で半ば試合終了のゴングが鳴っているかのように感じるが、俺はできる限り穏やかに過ごしたい。

 

 あわよくばこの世界から飛び出したい。



「俺は長い物に巻かれるタイプなん

「巻かれてもいいから、そこで爆発しなさい。あなたの死は犠牲にはしないから」

「何で天体部共々俺は散らないといけないんだ。犬死だろ」


 たしか台本にもしっかりこの学校の設定が書いてあったからそれをしっかり読まなければいけないんだけど、たしかに天文部についての記載が隅のほうにあった事を思い出した。本当にこの世界がとある作家によって描かれたのなら本当に物好きなものだ。


「ああいうのはほっとけばいいんだよ、朱堂」

「ほっとけないでしょ。あいつらの悪評を知らないわけ?」


 朱堂によれば、つまりこういうことだった。

 口達者な部員の多い天文部は学校上層部や生徒会をも籠絡し、部活動予算の大半をぶんどって、宇宙局顔負けの天体望遠鏡を買い込んでいるという事らしい。おかげで、料理部はガス代をけちるために火おこしから始め、サッカー部はブラジルの路地裏ばりに新聞紙を丸めた物で練習に明け暮れている。この手の話しはきりがないらしく、テニス部はあまりの部費のなさに、テレビゲームでテニスをやりだしているらしい。

 それから、数の力を利用して学校ではいつも威張りもう誰にも手がつけられないという状態とのこと。

 朱堂は早口で説明したが、チャイムが鳴ったのでまだ言い足りないという具合に席に戻っていった。

 別に何か特別な事が起こるわけでもないし、誰かが死んで犯人捜しが始まるわけでもない。ただ唯一気がかりだったのが、今日が台本に書いてあった、「一週間後」であるということ。しかも、一週間後と書かれただけで、実はその後の展開もセリフも全部白紙だった。


 俺はかなり心臓を震わせながらビクビクとしていた。あの最初の日以来の「台本のシーン」が一体どうなるのか恐怖であった。普通の高校生の普通の日常というタイトルだから、恐らく何の事件も起こらぬまま小説は進むべきである。もしタイトルと中身を全く違うものにさせて読者に奇を与えるのであれば、作者はとうに売れっ子になっていてしかるべきであるが、どうだろうか。


 などと一日中考えていはいたが、結局、学校はそのまま終わった。とんだ肩すかしだ。肩が抜けそうになったぐらいだ。


 クラブの仮入部期間がこの学校にはあって、今日からがそのシステムが始まる最初の日だった。この日にいろんな部活の活動に参加してみて、三年間どこに精力を傾けるか決めるわけだけど、俺はどこにも入る気がなかった。

 

 というか普通高校を舞台に小説を書くならば、部活ぐらい設定するだろうと思うけど、俺に関する設定は甘すぎていた。それは自由に生きれるということを意味する。でもね、見ず知らずの作家よ。こんな訳わからない世界で俺を放り込んでおくだけだなんて、そんな乱暴な真似はよせ。唯一無二の設定といえば、


「今までただの冴えない人生を送ってきたが、朱堂に一目惚れしてから人生に辛うじて生きる意味を見出した男」という筆舌に尽くしがたい無礼な文章で片付けられている。

「新入生が新しい風を吹かすしかないのよ」

「にしても壊滅はやりすぎだ」


 下駄箱で、靴を履き替えながら、早速かかとがつぶれた新品の革靴を履き外を出ようとした時に、三人の女子と後ろに竹下通がいた。


「天文部を壊滅するしか、この高校に未来はない」

「それは僕も賛成だね」


 竹下通はいつから朱堂のイエスマンに成り下がったのかは知らんが、あたかも天文部には昔から手を焼いているんだよと言わんばかりに、そう言った。

 それからナナちゃんもいる。

 この子も使えそうだから、という理由でポニーテールのよく似合う背の高い女子も連れてきている。

 たしか名前は、吉祥美日きちじょうびび


「俺は黙って家に帰る。お前らは適当に部活見学にでもいってこいよ」

「そういうわけにもいかないんだよ」


 竹下通は大きくそしてゆっくりと首を横に振った。


「見なさい」


 朱堂の指さした方向は真っ直ぐに校門から向けられていた。そして指先からまるでスポッとライトでもでているかのように一人の男を辿っている。

 ADだ。涎を垂らし、足がからまるんじゃないか必死に走る犬の如くADは血相を変えている。そうなんだ、もう一週間は経っている。

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