第3話 最大派閥、現れる


 それから一週間、俺は朱堂や竹下通やナナちゃんとやらや、担任の先生をとっつかまえては、この世界は本当に誰かの小説の中の世界なのかという問いをしたわけだ。 

 で、答えは一応に「なにをいまさら」という事だったわけである。しかも凝っている事に俺にはしっかり家もいて、妹もいて両親がいて、庭付き一戸建ての一軒家の二階で自室を持ちながら、部屋から見える土手を眺めるという何とも優雅な新生活を送る羽目になった。


「この作家さんのシナリオに登場するのは初めてだものね」

 三限目の退屈な世界史が終わって、絶望的な表情を浮かべなが

ら、なにをそんなに必死に写すことがあろうかという黒板を丁寧に写し終えて、ナナちゃんはそう口を開いた。


「作者は、団子坂登だんござかのぼるさんっていうの。ADの人曰くまだデビューすらしてないんだって」


 ため息交じりだった。


「つまりこのストーリーも誰にも読まれずに闇の中に葬られる可能性があるとうこと」


 あまりに世の中は世知辛い。


「なるほどね。まあ台本にあった題名も「普通の高校生による普通の物語」なんだから駄作は確定なんだろうけどな」


 俺は本心を述べた。でも駄作に登場するからといって、俺達は別にへっぽこキャラクターというわけではない。


「一週間経ったけどどう?」


 教室の生徒達はバラバラと廊下に出ている、スピーカーの音量を上げていくように学校は騒々しくなっていった。


「まだこれが小説の世界だなんて信じてないけどね」


 と言うと、


「へえ、あなたは変わってるわね……、でも直に気が付くわよ。これは小説の中の世界なんだってね」


 と微笑む。左右にできるえくぼがとても特徴てきだ。そういやナナちゃんは既にファンも多いらしく、隣の席に座っている俺は何かにつけて、知らん奴らからナナちゃんマル秘情報を聞き出そうと話しかける。

 はっきり言って、そんなものはない。柔道の中学チャンピョンぐらいしか知らないのだけど、そんなことを教える気にもなれない。今もこうして、教室の後ろには他クラスの奴らが望遠鏡を持ちながらナナちゃんを覗いている。俺は睨まれている。

 まあ、そんなときだった。厄介な野郎が現れたのは。大体、学校ってのは狭い世界だ。その場の空気感というのはよほどの事がない限り変わらない。でも俺は明らかに空気が変わる様を目撃した。


「韮澤さんだ!」


 唐突にまるで悲鳴のようにそんな声が上がったのは、教室に黒縁丸眼鏡をかけた、小太りの明治初期にいそうな知識人という風体の男が教室の前から現れた時だった。後ろには何人もの取り巻き達がニヤニヤしながら、鋭い視線を教室中に向けている。


「一年で部に入りたい奴は今日、部室に来るように。部室は言うまでもなく屋上だ」


 部室は言うまでもなく屋上だなんて、もう俺はケンカ集団に違いないと思ったわけだ。明治初期のエセインテリ野郎を見ながら、この程度であればナナちゃんを連れ出して一発だろなどと、考えを巡らせながら、この図々しい集団を睨む。


「B組で入部希望者は誰だ、手を挙げろ」


 まず何部なのか知らない。手を挙げろ、という言葉の響きが、拳銃を向けられている時の様を思い出させたので俺は思わず両手を挙げた。

「貴様、それはどういう意味だ」

 エセインテリが直々に俺に声を掛けてきたので、「特に意味はないです」と咄嗟に両手を下げた。「しゃあない奴が入ってきたな」とエセが言うので俺はむっとなった。

 恐らく、明治初期の丸眼鏡エセインテリ野郎が韮澤さんという人なのだろう、絵に描いたような傲慢さで舐めるように俺達を見た。後ろを見てみれば、さっきまでナナちゃんを望遠鏡で覗いていた三人組が、望遠鏡でナナちゃんを見たまま手を挙げている。ついでに学級委員風の恐い女子も。


「よーしお前ら、時間に遅れずに来い。一年は最初天体望遠鏡磨きだ」


 韮澤さんは、「分かったな?」とあえて言わずに顔でそれを表現すると、大げさに反転して教室を出ていた。取り巻き達もまるでコソ泥のような足取りで韮澤さんについていく。人間ああはなっちゃいけないなとつくづく思う。取り巻くのコソ泥野郎たちは前歯が出っ歯になっていた。

 でも俺は見事に察した。天体望遠鏡磨きというまるでボール磨きのように言った、韮澤さんの言葉から、彼等彼女等は天文部に違いないと。


「しょーもない、本当にしょーもない」


 さっきまで、というか一限目から爆睡していた朱堂はむくっと起き上がってから、そう言った。


「何でこの学校は天体部が一番大所帯なのよ。世の中で一番しょうもない部活のはずよ」


 それは極めていいすぎだ。


「それだけならまだしも、あの韮澤って奴がどうも嫌いなのよ」


 それは極めて同感だ。あの人は何かを勘違いしている。

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