第11話 集結と再会
――夜、街はまだ明るい。自然光とは違う人工的な光がいくつも灯されて、ほとんどの星が見られなくなっているのは、言わずもがなであろう。
日本の首都東京。カリカチュアに勝るとも劣らない大都会のとある一つの高層ビルディング。その高層階の一室に、数百人近くが入ることができそうな広い会議室がある。
そこには、部屋のサイズに不相応な、けれど座るには十分すぎるほどの大きさの一人用のソファが向き合って二台ずつ、計四個があって、その間にはガラステーブルが並べられていた。
ソファもテーブルも皮の素材が見るからに品質がよさそうであったり、装飾も絢爛豪華な感があって、かなりのブランドものだと窺える。
部屋の隅、窓側にそれらはポツンとあって、一人の男性が堂々と豪胆に座っていた。
カチャン!
機械音が一つ。懐から光が漏れる。
ブラウンの高級な生地を使用したオーダーメイドのスーツの懐からタブレット端末を取り出し、画面を注視する。
「……どうした?」
いかにも威厳のある、威風堂々という言葉が似つかわしい、少し強面の顔立ちの年配の男性は言った。
「……お二人が来たようで、報告を」
タブレット端末に黒服にサングラスの男が映る。
それを見聞きした強面の男は、にやりと口を弛緩させた。
「わかった。私の部屋に通せ」
「……は!」
忠誠を誓うような大きな返答。タブレット端末から黒服は消える。
強面の男は、タブレット端末を軽くいじって、ロックのかかった今いる会議室の扉を開錠した。
コンコンコン!
扉を叩くノックの音。
「……どうぞ」
男が言うと、おもむろに扉が開く。まず、サングラスをした黒服の姿が現れ、後ろから連れられるように少年と少女の二人が続く。
「……おぉ、久方ぶりだなぁ」
開口一番、男が少年少女に近づいて言った。
「お久しぶりです、社長」
「右に同じく、お久しぶりです」
少年少女は丁寧に頭を下げて、挨拶をした。
顔立ちや風貌は類似点が多く、性別は異なっている。それは、兄妹のそれを示している。丁寧な対応とは裏腹に、背は未だそこまで高くなく、あどけなさを残している。
身長は150センチほど。少年の方がやや高いが、一見するほど見分けがつかないほど慎重に差はあまりなく、違うと言えば少女の方がその美麗な金髪がやや長いと言ったところだろうか。かなり似ている。
「……君は下がってくれていい。彼らを返す時は、また呼ぶから」
社長と呼ばれた男は黒服にそう伝えて、部屋を立ち去らせた。残った金髪ブロンドの少年少女の兄妹は、髪とはまた違う黒い双眸の中に少し迷いを宿らせながら、見つめていた。
「さて、そんな浮かない顔をしないでくれるかな。私は別に君達を傷つけるために呼んだのではないのだから」
浮かない表情の二人を見て、社長は優しくフォローの言葉を述べる。
「……それは、申し訳ありません。変な勘繰りをしておりました」
「謝罪します」
兄妹は、ハッとした様子で、深々と頭を垂れた。見かねた、社長は肩に柔らかに触れて、そっと首を元に戻す。
「さぁ、立ち話もなんだ。そこに腰かけてくれ」
「「わかりました」」
律義に従い、兄妹はソファに向かう。もちろん、年配優先で先に社長を座らせて、その後で確かめるように腰を落とした。
「……で、社長話とは何でしょうか?」
兄と思われる少年が問う。
「……そう焦らなくていい。まぁ、まずこれを見てくれ」
タブレット端末を操作すると、全自動で窓にカーテンがかかり、壁面にスクリーンが投射される。
3、2、1、とカウントが映像に走り、爆音と共にスタジアムの舞台に立つ二人の男が映った。勇猛果敢な騎士のような男と未来的な装備の銃火器を手にした男が向き合い、睨みを利かせ合っている。
場内を満たす観客のボルテージは最高潮で、それをさらにDJの見事な実況が盛り上げる。カウントダウンと共に、騎士は剣を、もう一人は銃火器を構え、開始と共にぶつかり合った。
およそ人間とは思えない超越した動き。ぶつかり合う二人の挙動に観客も、視聴者も目を離せない。
激しい
「……これを、知っているかな?」
ある程度、映像を進めたところで一時停止をして、社長がそう言った。
すると、今度は妹と思しき人が小さく頷いて。
「存じております。カリカチュアで執り行われるFCRBでしたか。異なる作品のキャラクター同士が熾烈なバトルを繰り広げるという……」
「その通り。流石に知らぬことはないだろう」
社長はそう言って、別のタブレット端末を部屋の隅に取りに行って、電源を入れた。映ったのは企画書とキャラクターの図。
「……これは、何です?」
兄は再度聞き返す。
「実は、今回君達を呼んだ理由なのだが……もしよければ、君達もFCRBに出場してくれないだろうか?」
社長はその強面に似つかわしくなく、慇懃と頭を下げて、半世紀近く年の離れているだろう兄妹に願った。
「……社長!? やめてください、頭を上げて」
「そうです! 困ります!」
焦った様子の二人は頭を上げるよう、希うように伝えた。
「……とりあえず、話を聞かせてください。どうして、FCRBに僕達を?」
頭を上げさせ、代表して兄が質問した。その眼差しは真剣そのものである。
「あぁ、それはなぁ、我が社としてもアピールしなくてはならない頃だと思ったのが最初だった。他者の企業が続々とFCRBで大成していく中、安定してゲームが売れているとはいえ、この波に乗り遅れるのはあまりよろしくない。業績もやや下降傾向にある。だから、その改善のために始めようとしたのがきっかけだ」
「……確かに、FCRBの経済効果は群を抜いて高い。宣伝にはもってこいですね」
妹は分析するように呟いた。
「その通り。そこで、私達のコンテンツをうまく扱うことのできる君達に白羽の矢が立ったという訳だ」
「……なるほど。ですが、僕達は決して運動神経がいいわけでもない。ただあなた方のゲームが好きなだけです。FCRBのプレイヤーは大体が、モーションキャプチャシステムというものを使うと聞きます。その点では、僕達と相性が悪いように思うのですが?」
コクコクと頷きながら、社長は兄の言った言葉にしっかりと耳を傾ける。「確かに」と一言添えて、続けた。
「だが、もちろんそこは対策している。君達が知っているかは知らないが、FCRBでのキャラクターのコントロール方法は、モーションキャプチャシステムを利用したものだけでない。出資し、開発さえすれば、オリジナルのコントロールシステムを利用できるのだ」
「……そうなのですか。存じておりませんでした」
妹が言って、兄も同様に頷く。FCRBの詳しいルールは関係者や余程のファンでなければわからない部分が多い。ある程度知っているだけでも十分だ。
「……で、その開発しようとしているものは、どんなシステムなんですか?」
兄が社長に問う。すると、口端を緩めて、にやりと笑うと社長はタブレット端末をスワイプし、それを表示した。
「……これが、現在随時製作中のシステムだ。……どうだろう、君達にピッタリなものだとは思わないかい?」
「……これは……」
「……確かに……」
二人が画面をまじまじと見つめる。そして、将来を想像した。
「……もちろん、君達が嫌ならば強制はしない。それなりの修練や苦労がかかるだろうからね。けれど、君達がもしやりたいと思うなら、ぜひ協力してほしい。それ相応のスポンサー料も支払うつもりだ。どうだろう?」
画面をスワイプ。契約料の桁が、兄妹に似つかわしくないほどゼロが多い。それほど、社長は本気だった。
「……どうする?」
兄が妹の瞳をしっかりと見て、真意を問う。
「私はどちらでも。これだけの額があったら、パパとママも認めてくれると思うけれど……でも、それ以上に……面白そう」
しっかりと思慮した上で、妹が答える。そして、兄も。
「……確かに、それは言える。金額以上に、親の顔以上に、この競技自体にかなり興味がそそられる。ゲーマーとしての本能が、そう叫んでいる気がするよ」
二人は互いに見つめ合い、そして決心した。確固たるプランを築き上げた。
「社長、この話お受けしようと思います」
「右に同じく。これから、どうぞよろしくお願い致します」
「……本当か! こちらとしても有り難い。これから全力でサポートをしていこう!」
強面の表情が、嬉々として相好を崩し、二人とがっちりと握手を交わした。
「……では、最初の目標は……新人戦。春、行われる、若人達の一大イベント。そこを目指して頑張ろう」
「はい」
「はい」
二人は意気込んだ。
――この出来事は、新人戦の開催する約一月前の二月の出来事である。
ところと日時が変わって、三月の下旬のとある日。
カリカチュアの西側。カリカチュアのエリアの中で最大の面積と交通インフラの整ったカリカチュアの玄関口とも言えるエリアウエストにて、二人の奇妙な格好をした人物が歩んでいた。
それは、全長12キロメートル。総面積1250ヘクタールほどの巨大なエアポートの通路である。
日本の中でもトップクラスの乗降客数を誇り、今日もその人の数は途方もないほど多く見受けられる。そんな人数ならば誰も他者のことなんて気にも留めないはずなのに、その二人だけは違った。
誰もかれもがその独特な風貌の二人に視線を奪われ、すれ違うたびにひそひそと話を立てられる。深い極まりないはずなのに、当の本人はまんざらでもなく喜んでいるようだった。
「……ねぇ、マーク。私達、日本でも注目の的みたいよ」
二人の内の一人、女性の方が寄り添う男性にそう言った。かなり派手で、自然色とはかけ離れた人工的で鮮やかなピンク色の髪と双眼を宿しており、それが映えるように肌の色は艶やかな白いものである。あどけなさの残る顔立ちは、日本人のそれとはかけ離れていて、欧米人のポップで愉快な性格が顕著に表情に現れていた。
「当たり前だよ、アマンダ。僕達は注目されるためにいるんだからね」
答えるのはこれもまた派手で爽やかな髪と目を宿す男。空を転写したようなスカイブルーの髪は、綺麗に整えられていて、伸びすぎず、切り過ぎずと言った適切な長さで、パッチリと開いた大きな目に宿る髪と同系色のブルーアイズは、不思議な魅力を放っている。男もまた、東洋人とは異なる骨格と顔立ちをしていて、白色系の欧米人と言った風体だ。
「……でも、本当に目立つところは……こんな所じゃないはずよ」
「そうだね、待ち遠しくてたまらないよ」
マークとアマンダと呼び合う男女は互いに笑い合って、楽しそうに話し合う。
二人の髪や目が他人の目を引くのは言うまでもないけれど、それ以上に気になるのは二人が身に着けている衣装である。春の温もりが、東風に漂い始めている今日この頃だから、爽やかな薄めの長袖シャツくらいが似合うと思うのだけれど、二人のそれは普段着というには甚だしい、衣装そのものである。
上下がわかれている訳でなく、オーバーオールという訳でもない。全身タイツと言って、遠からず、体全身を覆い尽くす強固で薄い、未来的な鎧のような、特殊な戦闘服のような、何とも形容しがたい服装。オフホワイトを下地に、関節付近に赤や青の装飾的なものをあしらい、ロボットアニメーションのキャラクターが装着する戦闘着のようでいた。
「……あの、すみません」
一人の一般女性が、恭しく呼び止めた。
声音に反応した二人は、格好そのままに、女性の方に目をやる。
「どうかしたの、ガールズ?」
対応したのは桃色の髪のアマンダと呼ばれた女性。愛想よく、口元を緩めて、聞き返す。
「……もしかして、そのスーツ――のコスプレですか?」
まじまじと服装と風体を見つめて、女性が問う。すると、アマンダはさらに口を綻ばせた。
「ザッツ、ライト! 流石はカリカチュアね、よく知っているわ!」
日本人女性にも負けないほど、流暢な日本語。嬉々とした表情のままアマンダは答えた。
「凄いクオリティですね。写真撮ってもらってもいいですか?」
良さげな反応に、女性は警戒を緩めて、願った。
「えぇ、私は歓迎よ。マーク、あなたはどう?」
「もちろん、オーケーさ。こっちで頑張っていかなきゃいけないのにファンサービスをしないっていうのは、好感度ガタ落ちになるだろうからね」
二人は優しく微笑みかけて、女性に近づく。
肩を抱き、寄り添って、仲良さそうに笑い合った。
女性が取りだしたスマートフォンの画角に入り込むように、くっつきそうなほど頬を近づけて、写真を一枚。
「……ありがとうございます!」
一人が喜色を浮かべて、立ち去ると、それに端を発して、寄って集って人が二人に群がり始める。
「私も写真をお願いします!」
「こっちも~」
「僕はサインを~」
「ハグしてー」
三者三様、十人十色に二人に近づいた膨大な人々に、エアポートの中央通路はパニックになる。想定外の喧騒に、警備員や乗務員まで集まって来て、パニックに早変わりだ。
「……はいはい、ボーイズ&ガールズ。落ち着いて」
青髪の男、マークは手で指し示して、ざわつく人々を宥めるように制す。
「ここだと、皆の邪魔になっちゃう。人が少ない場所に移動しましょう。ヘイ、エブリワン、レッツゴー!」
次いで、アマンダが民衆を引き連れ、移動し始めた。
状況をしっかりと鑑みて、軽快な口調で民衆を引き入れるコスプレイヤー二人組。迷惑をかけた尻拭いを、自分達で的確に行う姿に、警備員も乗組員も褒める人はあれど、咎める人は存在しなかった。
「さて、皆。他の人の迷惑にならないように騒がないで」
「俺達に近い人から順に並んで、一人一人写真を撮るなり、サインを書くなり、していこう!」
人のできる限り少ない場所へ移って、即席の握手会を開催したのであった。
(さぁ、これが俺達の第一歩)
(スターレイヤーへの始まりよ)
マークとアマンダは豪胆な笑みを浮かべながら、胸中でそう誓った。
――時間は戻る。
ラフスタイルの目立たない格好で、ベンチに座りながら、スマートフォンをいじって、待ち続けているのは青年、空である。
昼時を少し過ぎた頃、思い出したように、自分で作って来ていたおにぎりを二つ頬張り、お茶で流し込む。
のどに詰まったものを取り除くように、掠れた咳を一度吐き、まだかと待ちわびる。
待ちあぐねて、貧乏揺すりをし始めたところで、スタジアムの入り口がざわざわと騒ぎ始めたことに気付いた。
「……やっとですか」
溜息一つ。空は、入口に近づく。
「……ありがとうございました。……あれっ、先生。帰ったんじゃなかったんですか?」
スタジアムの中より、少し疲れた様子で歩いてきた瀬奈は、存外空がいたことに少し驚きを見せ、そのまま空の下に歩み寄る。
「……お疲れ様でした。結果はどうでしたか、まぁ、答えはわかっていますが」
何故か空が自信ありげで、聞いた。
「はい、一応合格できました。新人戦にもギリギリ出場できるみたいです」
どこか控えめに、瀬奈は喜びの報告を述べた。空は自明の理であるかのように、クスリと口元を緩める。
「それは、よかった。おめでとうございます」
「……あっ、ありがとうございます」
いつも以上に機嫌のよさそうな空に少し訝しみながらも、賞賛していることに変わりはないので、とりあえず礼を言った。
「……先生、これからどうしましょう、家に帰りますか?」
時間は昼の二時半頃。何をするにも中途半端な時間帯だ。正直言って、やることがないのである。
「……いや、折角ですし、少し遊びましょうか。お金は僕が出しましょう」
年下の男にお金を出させるのも、如何ともしがたい気持ちにはなるけれど、珍しい提案だ。ここは、話に乗ろうと瀬奈は思案した。
「……そうですね。その後、少し食事でもとりましょう。お腹もすいている頃でしょうし」
「了解です。行きましょうか」
少しぎこちない会話の末、歩み始めた。
遊ぶと言っても、エリアセントラルにそのような娯楽施設なんてものはない。政府機関だとか、大使館だとかが集まるこのエリアに、そんな施設が必要であるはずがないからだ。
「……先生、どこへ?」
「……そうですね……北の方にでも行きましょうか」
最寄り駅のモノレールに乗り込んで、拳三個分ほどの隙間を空けて、並んで座る。高速移動する車内からは、林立する近代建築のビル群が、ものすごいスピードで流れていく光景が続く。
モノレールに乗り込んで、数分。他愛無い会話をしたりしなかったり、急に話しかけたり、途切れたりを何度か繰り返している内に、目的の駅に到着する。
電子アナウンスが響き、扉が開くと、二人はゆっくりとその駅に降り立った。
エリアノース、カリカチュアの北部にあたるこのエリアは、娯楽施設や飲食店、ショッピングモールなどが多く、カリカチュア最大の歓楽街と言って違わない。
そのためであるか、微妙な時間帯である今でも、この駅で降りる人は少なからずいて、人気のスポットであることは確定的明らかだ。
「……この近辺に来たのも久しぶりですね」
エスカレーターを下降しながら、呟くように言った。
「そうなんですか。私は服とか買いによく来ますけど」
相槌を打つように、瀬奈が答えると、エスカレーターが終わり、改札に向かう。そこを抜けて、右に曲がると、他のエリアとはまた異なる景色が現れる。
街のメインストリートには雑貨屋、キャラクターショップ、スーパーマーケットに、洋服店など多様な露店が秩序よく立ち並んでおり、中心を罷り通る自動車の交通量、広い歩道を行き交う人々の流れは、大都市の風景をそのまま反映していた。
「……僕は、こういう人混みはあまり得意ではなくて、たまに憂さ晴らしをしたいときとかにしか来ることがありません」
(根っからの引きこもり体質なんだなぁ)
瀬奈は横目でチラリと一瞥し、そう感じた。
平日の昼間にもかかわらず、人の波に酔ってしまいそうなほど行き交う人々の数は多い。空が言わんとしていることは十分頷ける。
「……それで、どちらに?」
「僕行きつけのゲーセンがあるんですよ。そこで、ストレス発散しましょう」
空が、人込みを避けながら歩み始めたので、瀬奈も誘導されて続く。
スーパーマーケットやコンビニ、洒落た洋服店など、日用品を買い漁るには事欠かないこのエリアであるけれど、やはり目玉はサブカルチャーを売りにしたショップである。キャラクターを精巧に模したフィギュアやキャラクターの絵がプリントされたマグカップ、部屋に飾るタペストリーなど、ショップのショーウィンドウには華やかな品々が美しく飾られていた。
カリカチュアのエリアノースに訪れる人は総じて、こうしたグッズを入手しに集まってくる。ありとあらゆる作品が短期間で生産、配信体制にあるここでは、こういったグッズ展開も容易に行える。故に、物品の先行販売をすることは日常茶飯事であり、他では売りに出されないような個性的でオリジナリティ溢れる商品を個人で販売していることも多い。
人々はそれらを求めて、殺到する。そこに必要、不必要の概念は喪失していて、突き動かすのは情動と作品への並々ならぬ愛だけだ。
別にフィギュアやタペストリーを飾ったところで、キャラクターが動き出すわけでもあるまいし、人様の前で恥ずかしいプリントを施したマグカップでお茶を飲むわけでもないのだけれど、不必要を、無駄を、彼らはどこまでも求めるのである。
こう言った、人々が常日頃多い土地には動く歩道を設備するのは難しい。閑静なエリアサウスならともかく、莫大な費用をかけてまで人々に怪我を負わせるような真似はさせられないのだ。だから、人々は我先にと早歩きで進む。
「ここです」
四、五分歩いたところで、ド派手な看板が印象的なゲームセンターに着いた。張り巡らされた電飾の数々に圧倒される部分も無きにしも非ずだが、思ったよりも街に溶け込んでいて、一つだけ浮いているという気はしなかった。
「さぁ、行きましょう」
躊躇なく、瀬奈を引き連れ中に入ると、そこには魅惑のゲーム達が所狭しと並んでいる。最新の体験型ゲーム筐体や昔ながらのレトロゲーム、顔を盛ることのできる写真機に、コインゲーム。多種多様なものが一堂に会していた。
「うわぁ、久しぶりだなぁ」
懐かしむように、瀬奈は感嘆の声を上げる。
「……どれにしましょうか……と。あっ、それはどうですか?」
空が指を差したのはUFOキャッチャー。お金(硬貨でも、電子マネーでも可能)を入れることで、アームを操作し、中にある商品を取るという、何十年も前から存在する人気ゲームの一つである。
「……いいですよ。どれにしましょうか?」
UFOキャッチャーの立ち並ぶ辺りを二人は商品を見比べながら、ゆっくりと進む。このゲームセンター内は案の定賑わっていて、ゲームそのものが発するBGMと相まってかなり騒がしい。歩くだけでも、一苦労だ。
「あっ、先生。これにしましょう」
瀬奈が珍しく空を呼び止めた。歩を止めて、見たガラスケースの先には可愛らしいネズミの人形が一つ。
「……安直なチョイスですね。香月さんは好きなんですか?」
「はい。休みが取れた日にはカリカチュアを一度出て、よく遊びに行きます」
瀬奈が欲しているのは有名テーマパークの看板キャラクター。世界中にファンが存在する、言わずと知れたキャラクターのぬいぐるみである。
「そうですね。いいでしょう。……僕が誘ったので、おごりますよ」
瀬奈に空は百円硬貨を二枚渡す。今プレイしようとしているのは、UFOキャッチャーの中でも比較的安い部類に入るもので、一回百円だが、二百円支払うことで、三回プレイできるというものだ。
「ありがとうございます。では、お言葉に甘えて……」
硬貨の投入口に百円硬貨を二枚滑らせる。プレイ可能回数が三回と電灯で示され、瀬奈はアームの横移動ボタンを長押しする。
ちょうど、真ん中あたりに止まったアームを今度は縦に動かす。欲しいネズミの人形の真上に来たアームは、一直線に人形の元へ向かった。
「……よしっ! いけ!」
思わず声が零れる。何とも言い難いハラハラ感に瀬奈の心臓は鼓動を早める。
アームががっちりとキャラクターの腕と腰を挟んだ。しかし、人形は滑り落ちて、虚しくアームが空中に引き戻された。
「あぁ、惜しい!」
瀬奈が一人悔しがってプレイングするのを、空は面白そうに見つめる。
再びアームを横移動。そして、狙いをすまし、縦移動。瀬奈の狙った通り、首の少し細くなった部分を二本のアームが挟み込む。今度こそと、意気込んだけれど、人形の体は少しだけ宙に浮かんで、すぐにぽとりと落下した。
「……あぁ。また失敗!」
瀬奈は何をそこまで欲するのか、激しく悔しがった。空は見かねて、「僕が取りましょうか?」と自信ありげに言った。
「……う~ん。……そうですね、お願いします」
少しの黙考。瀬奈は空に任せることにした。
残り一回の表示を一瞥し、空はボタンを長押しする。横移動でアームがいきついたのは、人形のやや横。このまま狙えば、確実に取り損なうこと必至である。瀬奈が心配そうな目で見つめるのを気にすることなく、淡々と縦に移動させる。
空が止めたのはこれもまた少し行き過ぎたところ。人形の頭を少し通り過ぎた辺りだ。
(あぁ、ダメだ)
瀬奈が内心そう確信していると、空は不敵に笑った。降りていくアームが狙っているのは、人形――いや、それのタグであった。耳から延びるようにある小さなタグの隙間に空は絶妙な操作でアームをねじ込む。
完全に捕らえたタグをアームは決して離すことなく、穴の上で傾いたときに気持ちよく滑り落ちた。
「凄い! 先生~、凄いですよ!」
瀬奈は驚きと共に喜びの簡単を声に表した。
屈んで、取り出し口からお目当ての人形を引っ張り出した空は。
「これが、今日の合格祝いです。まぁ、安物ですけど、そこは大目に見てください」
と、照れ臭そうに手渡した。瀬奈は喜色を浮かべて、受け取った。
空と瀬奈はまだ物足りないので、別の商品めがけて、UFOキャッチャーの一つにお金を入れた。すると、唐突に瀬奈が訊ねた。
「そういえば、今日の筆記試験の時に気になったことがあって、FCRBって、キャラクターに依存するところが多いんですよね?」
「まぁ、間違ってはないですね。キャラクターの強さが反映される仕組みなので、戦闘的なものが登場しない作品が、FCRBに出ないのはそこに起因していますから。で、それがどうかしたんですか?」
空が、商品に狙いをつけながら、耳と口だけ動かして、問い返す。
「いや、もし絶対的に強いキャラクター、例えば不死身だったり、攻撃が一切効かなかったり、そんなキャラクターがいたら、戦いにならないじゃないかとふと思ったんです。違いますか?」
瀬奈の言い分は何ら間違ってなどいない。いい質問だと、空は瀬奈の方に向き直って答える。
「……確かにそうですね。しかし、その心配はありません」
「と言うと、どういう?」
移動操作ボタンを押し、アームの位置を確認しながら、空は言う。
「そもそもFCRBとは、ものすごく異質な競技です。ゲームなどのように行動パターンがある程度決まっている訳でなく自由度が高い。スポーツ、野球とかサッカーのように、試合が拮抗しにくい。そんな他とはまた別の競技なんです。故に、一方的に攻め立てられるのも然りではあるのですが、それだと観客は全く面白くありません」
アームを下降させ、最後の行方を放って、瀬奈の方に再度向き直ると、続ける。
「そこに、ある程度物語があって、無双するのは確かにいいかもしれませんが、脈絡もなくただ一方的に屠る光景なんて見ていても、人間は不快にしか思わないんですよ。……だから、FCRBには絶対的な管理者がいる」
「管理者? なんですか、それ?」
持ち上がる品物に気にも留めず、瀬奈は興味深いその話に耳を傾けた。
「FCRB、いや、カリカチュアにとって、絶対的な存在、一つ思い浮かばないですか?」
しばしの沈黙。瀬奈は思案し、一つの結論に行きついた。
「……
「ご名答です。FCRBを管理している
「どのようなものなんですか?」
手に入れていた商品を引き出して、小さく微笑を浮かべながら、答えた。
「……そうですね。例えば、不死身のキャラクター。そんなものが相手だとしたら、何度攻撃しようが意味もなく、自分の体力が尽きてしまう。だから、不死身のキャラクター相手には勝利条件が、自動的に変えられるんですよ。基本的には体力ゲージがゼロになった時点で終了ですが、そういうキャラは行動不能になったら負けとかいう感じに、なるんです。倒すことはできなくても、動けなくすることだったら不可能じゃない。
納得した。確かにそれなら、誰にだって勝機を見出せる。だから、FCRBは平等で、人々に親しまれるのだと、瀬奈は理解するに至った。
「スッキリしました。ありがとうございます」
「まぁ、新人戦ではパートナーを組むわけですし、お互い補完し合いながら戦っていきましょう」
FCRBを通じて、不思議と心が通じ合える。そんな不思議な感覚を瀬奈は実感した。
「……さて、あらかためぼしいものは獲得しましたし、他に何かやりますか?」
「そうですねぇ……。格闘ゲームでもしますか?」
瀬奈が提案し、格闘ゲーム筐体がある場所に視線を送った。
「いいですねぇ。たまにやりますけど、結構久しぶりかもしれない。行きましょう、香月さん」
「はい」
人混みを掻い潜りながら、格闘ゲームの立ち並ぶ付近に来ると、やけに人が集まっているところがあった。何か、人気のゲームが入荷したのかとも思ったのだが、瀬奈の予想は外れた。
「うわぁ、なんだ、あの動き。この世のものとは思えねぇ」
「すげぇ、さっきからあんなに攻撃を繰り返しているのに、両者ともほとんどゲージが減ってねぇ」
「マジか! 難しいコマンドをあんなに滑らかに入力して、しかもタイムラグなくコンボ続けているぜ」
「あのラッシュを全て防御ッ! 完璧なタイミングじゃねぇか」
人混みの中からは歓声と驚嘆の言葉が羅列される。囲んでいるのはゲーム筐体ではなくて、それをプレイしている二人組目当てであった。
「何か、凄いことになっているみたいですね」
「少し見ていきましょうか?」
空と瀬奈はそれに興味をそそられて、隙間の空いた場所からプレイングを覗き込む。
ゲームの名前は誰もが知る超有名コンテンツ、『ストライクバトラー7』と、英語とローマ数字を用いて表記してある。
画面に映るのは白い胴着を着た男とチャイナドレスを着た麗しい女性。どちらも激しい波状攻撃を繰り返し、その攻撃を、躱し、防御し、打ち払う。激しい攻防が続き、いたちごっこのように何度も繰り返される。一進一退の試合は制限時間いっぱいにまで続き、最終的には判定勝ちで胴着を着た男のキャラクターが僅かな差で勝利した。
その圧倒的な試合展開に目を奪われた観客達は、一様に賞賛の拍手を送り、二人の健闘を称えた。
そんなプレイヤー二人は座っていた椅子から、すっと立ち上がり、礼節を守り丁寧なお辞儀を見せる。
彼らの真摯な態度に、観客達は拍手喝采で迎えた。
彼らの身長はそこまで高くなく、どこか子供のあどけなさを含蓄していた。美しい金髪ブロンドの髪は、どこか日本とは別の国籍の血が少なからず混じっていると想起できる。中性的な顔立ちの二人はとても良く似ていて、双子かとも思えたけれど、骨格から判断するに性別は違うようだった。
「ブラボー、最高だった」
「二人とも、クールだったぜ」
賛辞の絶えないその場所を瀬奈と空は何も見ていないかのように、すーっと静かに離れて、別の場所に移動しようとする。
「……あの二人、外国人でしょうか。途轍もなく、うまく操作していましたね」
「えぇ。相当熟練していなければ、できない域にいると思います。『ストライクバトラー』の有名なプレイヤーなんでしょう」
空と瀬奈は想像交じりに話を膨らませた。
圧倒的な攻防戦は、二人の脳裏にもはっきりと印象深く根付いていた。
「…………ふふふ」
どこからか声音が微かに響く。それは、空に向けられたものであると本人も、薄っすら気が付いた。けれど、その微笑を含んだ視線がどこから注がれているのか、それはわからない。
「……うん?」
空は止まって、振り向く。あるのは喧騒とBGMの響きばかり。
「……先生?」
不思議に思った瀬奈は、空を呼んだ。反応した空は、「何でもないです。すみません」と二言残して、再び足を動かし始めた。
瀬奈が疑ったのは、そこまでだった。
――それから。
空と瀬奈は二人、食事に向かった。と言っても、祝勝会と称して、高級レストランに足を運ぶわけでもなく、気兼ねなく入れるファミリーレストランだ。
時間帯は夕方過ぎ。晩御飯には少し早い時間だったけれど、空はオムライスを、瀬奈はトマトスパゲティを頼み、頬張った。
食事を摂り終えて、コーヒーでブレイクしながら、二人は目標を語らい合った。
FCRBは、あくまで作品をアピールするための場。それは、これまでもこれからも変わらない普遍的な事実。けれど、やはり優勝した作品の注目度はやはり高い傾向があるのもまた事実。そのためにも、瀬奈は会社の未来を背負って、空は作品の作者の意地として、第一目標は優勝を目指すことにした。
「……大変かもしれませんが、頑張りましょう」
「こちらからも、足を引っ張るかもしれませんが、よろしくお願いします」
二人は握手を交わし、互いに鼓舞し合った。
日は沈み、街には人工的な光があちこちで灯される。夜の帳を、美しいイルミネーションが照らし上げる。
その街を二人はゆっくりと踏みしめるように歩み、最寄りのステーションでさよならをした。
その日、街は異常なほど騒がしかった。カリカチュアのどこにいようが、人の会話がどこからか聞こえ、その声音は期待と楽しみに満ちていた。
四月の第一土曜日、日曜日(日曜日だけが先に来た場合、二週目になる)。その日は、若人達の祭典。キャラクターの覇を競い合う最大級のイベントが始まろうとしていた。
朝、九時から開場なのだけれど、六時の時点で凄まじい人々がスタジアム入り口に整列していて、早くから警備員達が忙しなく誘導している。
前時代、いや今も続いているが、とある場所で大規模な同人誌即売会なるものが年に二回夏と冬に開催されているらしい。三日で五十万人が集まると言われるそのイベントだけれど、FCRBは二日間でそれ以上を動員する。
エリアサウスからは途方もない数の自動車が一気に集結し、カリカチュアの主要道路は多数の渋滞が発生している。もちろん、カリカチュアの公共交通機関のバスやモノレールも早朝から人でごった返し、乗車するのも困難なほどだ。
それだけのマンモスイベントであるから、スタジアムでも万全の態勢を整えているのだけれど、確実にトラブルが起こってしまうのも致し方ない。
数か月前から発券される指定席のチケットは毎回瞬く間にソールドアウト。自由席、立ち見は入場料を支払えばいくらでもできるのだけど、三日以上前から並んでおかなければ、まず椅子に座ることなんてできないだろう。
春、四月の最初の休みに執り行われるFCRBの中でも有名なイベント、新人戦はその名の通り、FCRBプレイヤーになったばかりの人々が参加することのできる登竜門的なイベントだ。
FCRBも競馬や競輪のようにランクというものがあって、新人戦はその中には属していないのだけれど、イベントの規模だけ見ればG1クラスの位置づけで相違ない。
優勝賞金、世間にはあまり知られていないけれど、一億二千万。これでも、FCRBの中では少ない方だ。FCRBを開催すればその優勝賞金の数百倍、もしくは数千倍のお金が動くと考えていい。どれだけ金を出そうが、金が溢れて仕方ないのである。
賞金の取り分は、各企業間によって異なるけれど、最低一割はプレイヤーに与えなければならない規定がある。つまり今大会では最低でも千二百万は手に入るのである。何とも太っ腹な金額だ。
九時に近づくにつれ、人々の数は続々と増していく。交通網の安定のために、普段侵入を禁止されているエリアセントラルの重要な地区にも、今日ばかりは侵入を許されている。もちろん、建物に入ることはできないのだけど。
「……う~ん、待ちきれねー」
「早く、早く!」
人々の欲望はとうに沸点を超え、爆発しそうである。人々は腕時計やスマートフォンの時間を何度も確かめ、今か今かと思いを募らせる。
「皆様、お待たせいたしました!」
人波の一番前、先頭付近にマイクを持ったスタッフが現れて、ハキハキとした口調で言った。
「では、カウントダウンを始めます。5、4……」
オープンを知らせるカウントダウンが始まると、マイクを通して、あらゆる場所に伝えられ、各地で復唱するように、同じように発声した。
「3、2、1……スタジアム、開園で~す!」
「「「イェーイ! フゥゥゥゥゥ!」」」
一斉に歓喜の雄叫びを上げる。何十万に渡るその叫びは、オーケストラが協奏曲を奏でるように、重なり合って響きあう。
「……お客様、決して館内では走らず、他のお客様と譲り合ってください」
「列は絶対に乱さず、自由席エリアの奥側から順次入場してください」
スタッフが怒声を浴びせるように注意喚起をする。こうでもしないと、すぐにトラブルが起きて、大混乱を巻き起こしてしまうからだ。
「ボディチェックの後に、グラスを提供する形になります。すぐに終わりますので、絶対に受けてください」
もちろん、ボディチェック必須事項である。凄まじい人が一堂に会する会場で、テロでも起こそうものならパニックで崩壊してしまう。故に、危険物の持ち込みを禁じており、携帯電話を除いた殆どの金属物は探知機で弾かれる。
エアポートの手荷物検査とよく似た方式で、できるだけ時間を短縮するために、三十台を超えるほどのゲートが設置されている。
とはいえ、この人数で検査をするのはどうやっても時間がかかってしまう。だから、試合の開始は昼の二時から、十分余裕をもって入れるように工夫されているのだ。
館内には基本的に飲み物以外の食料品を取り扱っている場所はない。たとえ設置したところで、あまりの人数に運営が成り立たないからだ。そのため、食料品は持ち込み制であり、各自が自由に、好きなタイミングで食事をするようになっている。
もちろん、そこに危険物を含まれたら問題なので、食料品を持ち込みの際はゲートで申し出ることが義務であり、そこで綿密なチェックを施される。そこで、不審なものは問答無用で即刻処分、申請なしで館内で食事していた場合、追放、最悪の場合ブラックリストに入れられて、二度と入場できなくなる。
そんな厳格なルールも人々が破ることは殆どない。それは、己の欲望を満たすため。FCRBを楽しく観戦するためである。
「……はぁ、何か緊張してきました」
そう言葉を漏らすのは薄茶色の髪の女性、香月瀬奈である。動きやすくも、爽やかでお洒落な格好で現地入りをしていた。
「大丈夫、練習の日々を思い出せばいいだけです」
そう諭すように言うのは、いつものラフスタイルを貫く日向空。その瞳はいつも通り垂れて穏やかで、いつも通りの自信に満ちていた。
彼らがいる居場所は舞台裏。出場者、及び関係者の専用口から直接入場できる特別な場所だ。
スタジアムの大半を占めているのは観客席であるため、必然的に選手たちのいるこの場所はやや手狭になる。関係者、出場者で通用口は忙しなさに溢れていて、見ているだけで目が眩む。
関係各社の役人達は他企業のお偉方への挨拶回りに追われ、絶好の機会とばかりに名刺交換で友好を図っている。
それを不思議そうに見つめているのは各企業団体が仕向けた刺客。つまりは、今回の出場者達だ。
FCRBでは決まった制服などは存在していないのだけれど、各企業が印象をよくするために礼服を用意することが多い。清潔感のある服を着た爽やかな新入社員のような選手達の中で、落ちぶれたニートのような空の格好は浮いて仕方ない。
けれど、それ以上に浮いて見える選手らもいる。おそらく、自分の扱うキャラクターになりきっているのか、忠実に再現した衣装を身に纏っている者達もいる。彼らのド派手な格好を見れば、空の影の薄そうな服は目に留まらない。
「……みなさん、本気ですね。私にはやる自信がないですが」
瀬奈が小さく零す。恥ずかしくて、できないのは自明だった。
「でも、彼らが皆、今日の僕達の敵です。冷静に観察して、今までの特訓を信じて、戦い抜きましょう」
空が小さく鼓舞をする。淡々と、優しく。その言葉に、年下の青年の言動に何度励まされてきたことか、そう考えるだけで心が安らいだ。
「出場者の皆さん、まもなく登壇です。我々が合図を出しますので、一組ずつ舞台に出てください」
ふぅと、大きく深呼吸。震える体を酸素の補給で落ち着かせて、瀬奈は前を見た。
「――――次、日向空、香月瀬奈ペア、こちらにどうぞ」
横目で隣に立つ空の姿を確認しながら、踏みしめるように重い足を動かしていく。暗い通用口を抜けると、光と共に、大歓声が迎えた。
スタジアムの中央付近、他の選手らが並ぶ付近に向かうまで、拍手は、歓声は一切鳴り止むことなく、その一挙手一投足に注目が浴びせられていることが実感できた。
高まる鼓動、早くなる呼吸、その度し難い圧迫感に苦しめられているはずなのに、なぜかそれも快楽に変わるような気がして、瀬奈は自分自身を疑った。俗にFCRBハイと呼ばれるそれは、スポーツ選手が緊張すらも競技への面白さに昇華させてしまい、ただ熱くて、楽しくて仕方がない状態と変わらなかった。
鳴り止まぬ歓声、響きあう拍手、盛り上がり高まる熱気。並んでいく選手が増えていくたびにそこのないそれは増すばかりだった。
最後の一組が、並んだ時場内はフルボルテージ。最高潮の熱気に大気が動くようだ。
「レディースエンドジェントルメン、ボーイズ&ガールズ、ウェルカムトゥ、FCRB~~~!」
「「「イェーイ~~~!!!」」」
選手達が並んだ後に、姿を現したのは短い金髪と軽くヒョウ柄を取り入れた奇抜で、派手な格好をしたサングラスをかけた男。カリカチュアでも無類の人気を誇る彼の名は、ディー・ジャック。巧みな話術と英語と日本語を巧みに使いまわし、わかりやすくも、軽快に実況をするFCRBにはなくてはならない存在だ。
彼は実況者という姿の他に、DJという側面もある。アニメソングを扱う彼の手腕は本物であり、DJとしても人気が高い。
それ故に、彼の肩には黒く大きなヘッドフォンがぶら下げられていて、いつでも音楽を聴けるように準備されている。
「さぁ、今大会で五周年となる記念イヤー。ヤングマン達の活躍を目にする準備はいいか!」
彼の司会に、大絶叫で観客は答える。コール&レスポンスここにありだ。
「いいねぇ、最高のボルテージだ。さぁ、今大会のルールを説明するぜぇ」
スタジアムに幾つも展開されているスクリーンにトーナメント表と選手の名が映る。
「今大会から新たに導入されたのはタッグバトル。一チームにつき二人、それが八チーム、計十六人で争われる。より多角的で、複雑化することで、よりハイレベルで、ホットな戦いが期待できるぜぇ。フィジカルだけでなく、ここ、ブレインもうまく駆使しなきゃいけねぇなぁ」
ディーの動きに合わせるようにスクリーンに映る映像も変化する。
「さて、ここからは出場する試合を確定させていくぜぇ。まず、ファーストバトル……イズ――――マーク・グランダー&アマンダ・テイラーペアVS日向空&香月瀬奈ペア~~~!」
「フゥゥゥゥゥゥゥゥゥ!!!」
大歓声と共にトーナメントのファーストバトルの枠内に二組のペアの名が連ねられる。
「さぁ、運命の悪戯か、ピクシー達の計らいか、いきなり注目選手の登場だ。そうだろ、エブリワン?」
会場の人々は高らかに歓呼を上げる。それが正しいというように。
「……えっ、私達期待されてるんですかね?」
思わぬ知らせに、瀬奈は空にだけ聞こえる声で訊ねる。空はふと笑って。
「……もちろん、注目されていないですよ。僕は詳しく知らないですが、相手がなかなかの人らしいですね」
少し期待もしていたけれど、バッサリと切り捨てられた。注目の相手を誰だと見渡せば、ライトが当たっているのは一際目立つコスプレをした男女二人組。圧倒的に精緻に、緻密に造られたその造形美を誇るキャラクター特有の服装と明らかに人工色の男は青、女はピンクの髪と目がなぜかなかなかいい味を出していて、コントラストが綺麗だった。
「……いきなり登場、期待の寄せられるマーク&アマンダのペアの扱うのは、まさかのロボット。ヒューマンの創り上げた叡智のクリスタルだ。注目度ナンバーワンは伊達じゃないぜぇ」
煽るように言えば、会場が大熱狂。ドーム状のスタジアムが震えるほどに声が響く。
「さぁ、いきなりの期待のカードが出たところで、続々と試合カードを発表していくぜぇ。セカンドバトルは――」
ディーの発表は続く。熱狂は増加傾向で休まることは一切なかった。
「……まさか、いきなり試合なんて、想像していませんでした。しかも、相手がなんかやばそうですし……先生、本当に大丈夫ですかね」
不安げに瀬奈が訊ねた。空は微笑を浮かべて。
「……まぁ、そんなに気負わずいきましょう。負けたら負けた、です。勝負は時の運ですから」
昂る心を、空の言の葉が冷静にさせた。
「……それも……そうですね。何も考えず、やれるだけのことをやれるだけ頑張って見ます」
「はい、その意気です」
二人が小さく会話をしている内に、試合カードは全て決まったようで、拍手が巻き起こっていた。
「さぁ、ついにこの時、FCRBのスプリングフェスティバル、ヤングマン達の熾烈な戦いを解くと見よ。FCRB新人戦の開幕だぁ~~~!!!」
「ウォォォォォォォォォォォ!!!」
全世界に轟くような猛々しい声は、大気を震わせるように爆発し、広がった。
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