05 勇者は伸ばされた手に戸惑う

「確かに、僕らが天魔の子孫っていうのは、あり得なくはないと思う……」


 教会いわく、伝説において聖女シエルウィータは天魔を世界の裏側に封印したという。その封印から漏れだした欠片が人間にとり憑いて、能力者が生まれるのだそうだ。

 だが、この説明には矛盾がある。

 教会は天魔の能力者を天使に属する者と悪魔に属する者に分け、悪魔の能力者は排斥する。

 しかし天使が善い者なら、そもそも何故、天使と悪魔はいっしょくたに封印されたのか。

 実は封印などされておらず、人間が天魔の子孫だとするなら……人間から天魔が生まれてくるのは、至極当然の理だろう。


 待てよ?

 教会は全てを知っているのか?

 知っているなら、なぜ矛盾のある説明をするのだろう。


「そうじゃ! だからわしは、全ての人間が天魔を持つという仮定のもと、天魔の力を増幅させる薬を開発したのじゃ」


 一瞬、疑問が浮かんだが、老人が話を続けたので、リヒトは思考を切り上げた。


「ありがとう、話は分かったよ。それで、元に戻す方法は?」

「……」


 老人は急に黙りこんだ。


「こ、これから考えるのじゃ」


 後先考えていない、とはこのことだ。

 リヒトは嘆息すると一度は鞘に収めた剣に手を伸ばした。


「やっぱり犯人をやっつけて、可哀想な人達を見殺しにした方が楽かなあ」

「待て待て! あいや分かった! まずは魔物になったという人間を診察するところからじゃ。実物を見て、対応を考えんと」


 老人が建設的な提案を述べ始めたので、リヒトは場所を移動することにした。ちょうど甲板に被害者で、竜の姿になってしまったフェイがいるはずだ。

 三人と一匹は部屋を出て移動を始めた。

 歩きながらリヒトはちらりとソラリアの横顔を窺う。

 長い金髪に隠されているが、髪の隙間から耳元で光る耳飾りが見えた。


「ソラリア、それ……」

「ああ。いつの間にか持っていたもので、何となく身に付けているのですが。似合っていますか?」


 旅が始まった頃に地下でリヒトが拾って、ソラリアにあげた耳飾りだ。

 持っていてくれたのか。

 リヒトは頬を緩ませた。


「うん。とても似合ってるよ」


 自分があげたものだとは教えなかった。

 無闇に彼女を混乱させたくなかったからだ。

 甲板に戻ると、フェイは尻尾をくわえて丸くなっていた。背中にはカルマとアニスが座り込んでリヒト達の戻りを待っている。


「あ、リヒト、おかえりー」

「ただいま」


 アニスが手を振ったので、リヒトも振り返す。


「……あ、アレ? ジェン爺ちゃん!」


 フェイがくわえていた尻尾を放して叫ぶ。

 竜はリヒトの後ろの老人を見た途端、尻尾で甲板を勢いよく叩いた。

 そういえば、フェイと老人の間には絆の糸があったな、とリヒトは思い出す。


「知り合い?」

「ウチの爺ちゃん! カアサンの金をツカッテ、ヘンなものばっかり作ってたから、トウサンがオイダシタ、ロクデナシ!」

「ほほう」

「ひ、人聞きの悪いことを言うでない! わしの作った道具は高く売れる予定だったのじゃ! それにしても……聞いたことのある声じゃな」


 老人はフェイの言葉に反論した後、違和感を感じたのか、竜をまじまじと観察した。


「……フェイか?」

「ヒドイ! ロクデナシ! リヒト、コイツ踏みつぶしたい!」

「どうどう、フェイ。踏みつぶしたら人間に戻れなくなるよ」


 憤慨して足踏みする竜。

 リヒトは荒立つフェイをなだめた。


「ふむう、フェイよ。我が孫ながら竜になるとは天晴れ! わしの薬も中々良い仕事をする。人間に戻れんでも良いのではないか?」

「切りますよ」

「待て待て待て! 冗談じゃ」


 リヒトが笑顔でチャキッと抜剣しかけると、老人は慌てて前言撤回する。


「これから人間に戻す方法を考える! 本当に本当じゃ!」


 叫び声にはいくらか真剣な響きが混じっている。

 どうやら孫が被害を受けていたことは、それなりに老人にとってショックだったらしい。老人が竜に近寄って真面目な顔で診察を始めたので、リヒトは彼を見守ることにした。




 資料を調べたり薬を確認したりしながら、老人は甲板と船室を行ったり来たりする。時間が掛かりそうなので、その間にリヒト達は休憩をとった。

 船柱マストにもたれて水筒から水を飲んでいると、隣のソラリアが話し掛けてきた。


「……小さな誘拐犯さん。なぜ私を誘拐したのです?」


 時刻は夜になり、空は暗くなっている。

 雲の上で遮るものがない月光が、ソラリアの淡い金髪と白い頬をほのかに照らしていた。


「なぜって……だってソラリアは、助けてって言わないだろ?」

「!」


 リヒトがそう答えると、彼女の水色の瞳の中で月光が揺れた。


「苦しい癖に。国を滅ぼすとか、そんなことはしたくない癖に。君は誰にも助けを求めない」

「……あなたは一体、私の何なのですか」

「僕は君の味方だよ」


 戸惑っている彼女の頬に、リヒトは手を伸ばす。


「僕の名前を呼んで、助けてって言ってみて。僕は君の願いを叶えるよ」


 ちょっと格好つけすぎかな。

 でも羊さん王国に入れてあげるって、約束したからね。

 二人から数歩離れたところでうずくまっている羊が「メエエ(若いっていいね)」と密かにコメントしていたが、羊語だったので雰囲気が台無しにならずに済んだ。



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