06 決戦へのカウントダウン開始
リヒトはソラリアに自分を頼って欲しいと願う。
しかし。
「嫌です」
「……」
羊のメリーさんがせっかく気をきかせて静かにしていたのに、ソラリアはリヒトの提案を一蹴した。
「私は誰の助けも借りません。あの魔物達を人間に戻すことが叶わないなら、私は当初の予定通り、コンアーラ帝国に裁きを下すでしょう。それが彼らへの慈悲だからです」
ソラリアは身を引いて、リヒトの手を避けた。
そのまま背中を向けて船のへりへ歩いて行く。
リヒトはがっかりして口を尖らせた。
「もうちょっとだったのになー」
「メエエ(良い線いってたよ)」
メリーさんがとことこ歩いてきて慰めてくれる。
彼女のふわふわの羊毛を撫でて、リヒトは気持ちを落ち着けた。
「……できたぞ!」
大きな声が上がり、老人が甲板に上がってきた。
老人はしわくちゃな手のひらに、真珠のような白い玉を握りしめている。竜の前まで駆け寄ると、眠り掛けていたフェイを叩き起こした。
「ほら、飲んでみよ!」
「う、ウーン」
フェイは口を開けて白い玉を飲み込む。
竜と老人は向かい合って変化が起きるのを待った。
……。
……何も起きない。
「うーむ。遅効性かのう」
そろそろ老人に対する信頼性がゼロを越えて、マイナスゾーンまで落ち込んできている。リヒトは彼を頼るのは諦めて、別な方法を探した方が良いかなと思った。
その時、船のへりで雲を眺めていたソラリアが声を上げる。
「城が……動き始めた?!」
空飛ぶ船の下には金剛の都ダヤーンがあったが、その都の北に位置する豪華絢爛な王宮の一角が、天岩に乗ったまま地響きを立てて隆起しているところだった。
王宮はそのまま垂直に上昇を続ける。
建物の端が崩れて落下し民家を破砕する。瓦礫がばらばらとダヤーンの上に雨のように降った。魔物が背の高い塔を破壊しながら、王宮に付き従うように飛び立つ。
ここまで壊れてしまった街に人が住めるだろうか。
否。
もはや瓦礫と化した街に人の生活する場所は無い。
「っつ!」
心臓に痛みを覚えて、リヒトは思わず胸を押さえた。
無意識に使っていた
望まぬ姿となり、家族と引き離された人々の絆が死に絶え、絶望となって地面を濡らす。その様が見えているのは、リヒトだけだ。
それは罪人が死後に辿り着くという地獄のような有り様だった。
「リヒト?」
「……何でもない」
胸を押さえて前屈みになっているリヒトに気付いて、ソラリアは声を掛けてくる。リヒトはゆっくり深呼吸すると「気にしないで、大丈夫だから」と答えた。
絆が死ぬ瞬間に立ち会うのは、これが初めてではない。
何気ない会話で、表面上は何も起こっていなくても、人の心は傷付き、絆が途絶えることがある。リヒトは何度もそれを見てきた。見えていても、こればかりはどうすることもできない。
「……あの天岩に浮上する仕掛けを施したのは、わしじゃ」
突然、老人が重々しく口を開いた。
「わしの天魔は物の性質を変え、新たな能力を付与する力。その力を使って、便利な道具を作ることができれば……最初はそういうつもりじゃった。じゃが、家族にロクデナシと罵られ、追い出されて、復讐がしたくなった。天魔を持たぬ人々を見返してやろうと、魔王信者に協力することにしたのじゃ」
最後まで話を聞いたリヒトは、嘆息する。
「満足ですか? ここからは見えないですけど、天魔を持たない人達が大勢死んだと思います。貴方の野望は達成された」
静かに問い掛けると、老人は肩を落とした。
「……分からん。こんな何も無い世界が、わしの望んでいた世界だったのか。わしは本当は……わしの作った道具で誰かが喜ぶ姿を見たかったのかもしれん」
老人の独白を聞いているリヒトの後ろで、竜の姿をしたフェイが四枚の翼をバタバタさせた。
「マダ、ぜんぶオワッテない! ワルい奴、やっつけに行こう!」
「フェイ、首謀者を倒しても、死んでしまった人は戻らないよ」
「これからシヌ人、ふせげる!」
リヒト達は顔を見合わせた。
楽観的なフェイの意見だが、一理ある。
あの飛び立った魔王の城が今後起こすだろう被害を、未然に食い止めることは出来るかもしれない。
「でも、それって観光旅行パーティーである僕らの仕事かな?」
さっくりした口調でリヒトがそう言うと、仲間達から次々と非難の声が上がった。
「リヒト! 薄情すぎ!」
「さすがにここまで来てそれは無いと思うぞ」
「見損ないました」
「メエー(最低)」
「……うーん。じゃあ、あの大量の魔物と、立ちはだかる何人いるか分からない魔王信者を僕らだけで倒せると?」
反論すると彼らは無言になった。
どうやら正義感だけでコメントしていたらしい。具体的な方策は無い様子だ。少し沈黙が落ちた後、楽天家代表ことアニスが拳をぐっと握って言った。
「大丈夫よ! リヒトの持っている剣は魔王の剣なんでしょ? それを振れば城ごとドッカーンって」
「出来るのかなあ。試したことないけど」
リヒトは頬をかく。
何でもスパスパ切れる剣なので、もしかすると遠距離から攻撃可能かもしれないが……そう上手くいくだろうか。魔王の剣で何が出来るのか、試したことがない。
鞘に入った剣を目の前に持ち上げて考え込んでいると、落ち込んでしばらく無言だった老人が目を輝かせた。
「それは天魔の剣ではないか!」
「?」
「おお……よく見ると、その娘の耳飾りは、邪魅の耳飾り! それを上手く使えば……もしかすると上手くいくかもしれん」
老人は勢いこんで意味不明な言葉を呟くと、呆気にとられるリヒト達に向かって提案を始めた。
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