第九章

01 幼馴染みはすっかり吸血鬼です

 水上都市ジラフから離れたリヒトとアニスは、スサノオと合流後に川のほとりで野営することにした。

 今のところ追手がやってく気配は無い。

 いつの間にか夜は明けていた。追手も来ないので急いで逃走を続ける必要は無いと判断したリヒト達は、遅めの仮眠を取る。

 一息ついたところで、各々おのおのゆっくり身支度を整えた。


「メリーさん……」


 愛する羊と離ればなれになってしまったリヒトは、いつになく神妙な顔をしている。鞘に入った長剣を握りしめる少年に、スサノオが声を掛けた。


「おい、リヒト。何だその剣は。行く時は持ってなかっただろ」


 そう言われて、ナイフと交換のように持って来てしまった剣のことを、リヒトは思い出した。


「魔王の剣なんだって」

「は、何だって?」


 武器庫で剣が光って飛んできた件について説明すると、スサノオは目を丸くした。


「ちょっと見ていいか」

「どうぞ」

「これが伝説の魔剣……うん? 抜けんぞ」


 古びた黒い鞘に入った剣を引き抜こうとするスサノオだが、まるで接着剤でくっつけたように剣が鞘から離れない。


「どれどれ……抜けるじゃん」


 リヒトは自分の手元に剣を戻すと、鞘から抜いた。

 スサノオの時と違い、滑らかに何の抵抗もなく、蒼い刃を持つ刀身が現れる。どうやらリヒト以外は抜けないらしい。

 改めて見ると、明らかに材質からして普通の剣ではない。滑らかな刀身は独特の、濡れたような光沢を持っていた。こんな質感を持つ金属でできた剣を、リヒトは見たことがない。妖しく煌めく蒼い刃は神秘的で、複雑な刃紋は思わず見入ってしまう魅力がある。


「これは……マジで魔剣だな。間違いない」


 何の根拠もなくスサノオが断言する。

 しかしリヒトも異論はない。見た目からして「私はいわくつきです」と主張している剣だ。何にしろ、魔剣の類いには変わりないだろう。

 束の間、魔剣に見とれていたリヒトだが、すぐに沈鬱な表情に戻って項垂れた。


「メリーさん……」

「お前さっきからそればっかりだな。歌鳥のことは良いのかよ?」

「メリーさんは僕の家族なんだ。絶対に取り戻す……!」


 シリアスな空気だが、対象は羊である。しかもソラリアのことはもう頭に無いらしい。

 スサノオは咳払いした。


「あー、どうやって取り戻すんだ。コンアーラ帝国は遠いぞ。普通に一ヶ月近く掛かる」

「空を飛んで行く」

「どうやって」

「そんなの、適当に飛行する魔物を捕まえればいいだろ」


 現実的なようでハードルが高いことを言い出したリヒトに、スサノオはぎょっとした。リヒトの顔は真剣だ。冗談を言っている風ではない。


「いや、捕まえたところでどうやって命令するんだよ……」

「何か動物を操るみたいな天魔で」

「俺はそんなスキル持ってねえよ!」

「アニスは持ってるよ」


 突然、アニスが自分を指差して、会話に割り込んだ。

 リヒトとスサノオは、無邪気な顔つきでニコニコしている少女を見た。


「私の天魔で、噛んで血を吸った生き物は操ることができるの!」


 吸血に関するスキルらしい。

 リヒトは地下牢で彼女に血を吸われた時のことを思い出して、手首を押さえた。噛み跡はまだうっすら肌に残っている。


「ちょっと待って、それじゃ僕を」

「リヒトを操ろうとしても、上手くいかないんだけど、なんでかなあ?」

「操ろうとしないで!」


 操って何をするつもりだったのだろう。リヒトは鳥肌が立った。

 ちなみにアニスの天魔が効力を発揮しないのは、リヒトのスキル、絶対絶縁アイソレーションが防御しているためだ。リヒト自身も普段は意識しないが、絶対絶縁アイソレーションは常時発動していて、鑑識スキルによる鑑定や魔法的な干渉を防いでいる。


「で? 空を飛ぶ魔物を捕まえるか。どうやって?」

「……」


 スサノオが話を戻す。

 そこまで考えていなかったリヒトは黙りこんだ。


「はーい! ご飯食べてから考えると良いと思いまーす!」


 アニスが手を上げて提案する。

 確かに気分転換したほうが良さそうだ、とリヒトは思った。




 川に転がる石をひっくり返すと、小さな沢蟹が穴から出てくる。

 清流に棲む魚と共に、彼等もリヒトの昼御飯になる予定だ。

 沢蟹を捕まえているとアニスが後ろに立った。足音を殺しているようだが、人の気配に敏いリヒトにはバレバレだ。


「……背後に立たないでね」

「えー、襲っちゃおうと思ってたのに。リヒト、勘が良すぎるよお」


 振り返ると、幼馴染みの少女は頬を膨らませている。


「何かおかしいと思ってたけど、なんで僕を襲おうとするのさ」


 牢屋で再会した時からアニスは血を吸ったり、操ろうとしたり、何かと危険なことをやらかしている。一緒に旅をしていた頃は、そんなそぶりを見せていなかったのに。


「教会で閉じ込められてから、私も色々考えたの。考える時間だけはあったから」


 ひょいと岩の上に飛び乗って、アニスは悪戯っぽく微笑みながら、リヒトを見下ろしてきた。

 彼女は陽光を浴びながら明るい調子で言っているが、台詞の内容は暗い。あの牢屋でうずくまって独りで、何を考えていたというのか。


「私はリヒトに会いたかった。ずっと、それだけを考えてたの。でも何故一緒にいられなかったかというと、リヒトが私を置いていっちゃったから。次があったら置いていかれないように、私の天魔でリヒトを縛っちゃえば良いかなって」

「け、結論飛びすぎ」

「私のモノにして、私から離れないようにすれば……」


 アニスの瞳がいつの間にか赤く染まっている。

 目を合わせたリヒトは、何かスキルを使っているな、と察知した。けれどリヒトの天魔の方が防御面で強いので、何の影響も受けないが。


「天魔のスキルを使っても無駄だよ、アニス。僕にそういうのは効かないから」

「ええー、駄目なの? 頑張ったのになー」

「別に天魔を使わなくても良いのに。一緒に来たいなら止めないよ」

「リヒト、優しいけど冷たい……」


 二人がそんな会話していると、鳥の群れが羽ばたく音が聞こえた。

 空を見るとコウモリの翼が生えた爬虫類、緑色の竜のような姿をした魔物が蛇行するように飛んできて、森に墜落するところだった。


「飛んで火に入る夏の虫……」

「リヒト、目が据わってるよ」

「行こう、アニス!」


 リヒトは沢蟹を川に戻すと、足取りも軽く魔物が墜落した場所に向かって走り始めた。


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