06 私より羊が大事ですか

 突然、剣が飛んできて実はリヒトも吃驚していたが、状況的に自分に有利な展開になったことは明らかである。これ幸いと剣を鞘から引き抜き、構える。

 反りの無い直剣の刃は薄く、蒼く輝く鉱石でできている。リヒトが掲げると、天魔の力に反応するように刃が輝いた。


「せいっ」


 戸惑っているルークに向かって斬り掛かる。

 彼は聖剣で攻撃を受け止めようとした。

 リヒトは構わずに剣を振り下ろす。余りにも軽い手応えと共に、ルークの剣がサクッと二つに分断された。


「え?」

「待て待て待てーい!」


 攻撃した当のリヒトは目を丸くする。

 ルークもあり得ないと悲鳴を上げた。

 剣閃から余波が飛んで、床に傷を作り、箱を割り、箱に入っていた剣が粉々になった。切れ過ぎである。


「そ、それは、どんなものでもスパスパ切るという、伝説の魔王の剣か?!」

「魔王の剣? そういえばスサノオさんも、そんなものがここにあるって言ってたな」


 リヒトは首を傾げて蒼い刃をしげしげと見た。


「……羊の毛が刈りやすくなるかも」

「違うだろ?!」

「メエエ(羊まで切れちゃうよ)」


 ズレたことを言うリヒトに、ルークと羊は同時に突っ込みを入れた。


「ええいっ、坊主やめろ! 今となってはお前の方が、危険物を持った危険人物だ!」

「そんなに褒めないで下さい」

「褒めてない! 降参を……いや、降参してください」


 魔王の剣をすっと上げると、ルークは言い直した。

 どんな魔剣だとしても、素人が持っているだけなら奪われるだけだろうが、リヒトは素人ではなかった。しかも、ナイフより実は剣の方が得意だったりする。

 ひたりと隙なく剣を構えたまま、リヒトはルークに向かって言った。


「僕は平和を愛する一般人の羊飼いです。こんなところで暴れて迷惑を掛けるつもりはありません。ジラフの皆様の安眠を守るために可及的速やかに撤収しますので、聖堂の外まで案内して下さい」

「くっ、なんて丁寧な脅しなんだ……!」


 ルークは肩を落とすと、壊れた聖剣を適当な木箱に放り込む。

 リヒト達に手招きして通路へと歩き始めた。

 抜き身の剣をさげたままリヒトは油断なく後に続く。アニスと羊も、とことこと後ろから付いてきた。


「ちなみに僕、人のいる場所は分かりますので、人のいない場所に案内してくださいね」

「なんだその凶悪な天魔……無害な癖に手に負えんじゃないか」


 すっかり諦めた様子でルークは地上への道を案内する。

 階段を上がって大聖堂の一階に出たところで、地面が揺れた。

 遠くで雷が轟くような音が連続して聞こえてくる。


「何の音?」

「……魔物の襲撃だ! 奴らが上空の結界にぶつかってるんだよ! おい、坊主。一旦、休戦だ。俺は予備の剣を持って防衛に参加する。坊主も手伝ってくれると嬉しいが」

「僕は脱出を優先します」

「だと思った。ちっ、仕方ねえか。娘を連れて逃げるのは百歩譲って良いとしても、魔物の味方だけはすんなよ!」


 口早に言ったルークは、身をひるがえして駆け足で立ち去った。

 あっさりリヒト達を見逃したのは、彼なりの道徳心や義侠心があるからだろう。リヒトの台詞に感じるところがあったのかもしれない。あるいは、他に憂慮すべきことがあっての打算的な判断なのかもしれない。どちらにしても、リヒト達にとっては好都合だ。


「リヒト?」

「……行こう」


 ルークの背中を見送っていると、アニスが声を掛けてくる。

 リヒトは剣を鞘に戻すと大聖堂の外を目指して歩を再開した。このまま夜の街を抜けて湖を渡り、ジラフから出るつもりだった。

 大聖堂を出ると、上空に稲光が走った。

 音に気付いて起きだしてきた街の人々が、空を見上げて騒いでいる。


「結界が破られたぞーっ!」


 誰かの警告と共に、空が割れて魔物が落ちてきた。

 騒ぎが大きくなる。

 人込みの中を、リヒトはアニスと羊と一緒に進んだ。皆、魔物の襲撃に気をとられて、リヒト達の行動には注目していない。


「あとちょっと」


 湖の上に浮かんだ渡橋にさしかかったところで足を止める。

 青白い稲光に照らされて、冴えた美貌をした金髪の女性の姿が垣間見えた。


「ソラリア……」

「こんな夜中に、どこに行くつもりですか? 不審者め」


 冷たい水色の瞳に見つめられて、リヒトは悲しくなった。


「本当に、僕を忘れてしまったのか」

「いったい何の話ですか? 私は貴方のことなど知りません」


 行くてを遮るように佇む彼女を強引に押しのけて進むか、リヒトは悩んだ。

 その時、後ろで絹を裂くような悲鳴が上がる。


「メエエエエエー(助けて!)」

「メリーさん?!」


 振り返ると、竜に似た魔物が羊をくわえあげるところだった。

 魔物の背中には、過去に敵対したことのある魔王信者の女、サザンカが乗っている。銀の髪を高く結い上げ、踊り子のような袖の長い服を着た、異様な雰囲気の女性だ。


「ふふふっ、我が君、この羊の命が惜しければ、新生コンアーラ帝国まで来てくださいな!」

「待て! メリーさんをどうするつもりだ?!」

「我が君が来て下さるまで大事にお預かりしますわ! ほーっほっほっほ!」


 サザンカは高らかに笑い声を響かせると、魔物とともに上昇する。


「メエエー!」


 羊の鳴き声が遠ざかっていく。

 もう剣を振るっても届かないだろう。


「くそっ」


 リヒトは悔しさにほぞを噛む。

 きょとんとしているアニスの腕をつかむと、何が起こっているのか分からずに不思議そうな顔をしているソラリアの横を走り抜けた。


「ごめん、ソラリア! 僕は羊のメリーさんを助けに行くよ! 君との話はその後で!」

「なっ」


 唖然とする彼女を置き去りにして、リヒトは水上都市ジラフを後にした。




 走り去っていく少年の言葉に、ソラリアは呆然とする。

 彼女はここ最近の記憶が曖昧だということに気付いてはいたが、生活に支障がないので、特に深く考えてはいなかった。しかし、たった今聞いた言葉に正体不明のショックを受けている。


 私より羊が大事なんですか?!


 思わず口から出かかった台詞に愕然とする。

 いったいこの想いは何なんだろう。

 今すぐ回れ右をして、あの少年を追いかけていきたい。


「歌鳥! 街に入った魔物を狩るぞ!」

「え、ええ……」


 同僚の勇者から声を掛けられて、ぼんやりと頷き返す。

 何か重要なことを忘れている。

 そのことを、ソラリアははっきり自覚しつつあった。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援した人

応援すると応援コメントも書けます