06 勇者は決闘しない

 ソラリアの正体についてアルウェンは気付いていたらしい。

 抜刀したアルウェンは、鋭い剣の切っ先をソラリアに突き付けて詰問する。


「鳥達を操り、空の聖女シエルウィータの生まれ変わりと噂される有名な勇者……半信半疑だったが、昨夜のニワトリ達に慕われる光景を見て合点がいった」

「ニワトリ……」

「私は有名ですから。しかし、勇者の私に剣を向けるとは、貴方は魔王信者ですか?」

「そうだ」


 野原は先ほどまでと違い、緊張感に満ちていた。

 リヒトは固唾を呑んで会話の行方を見守る。


「そうですか……残念ながら、私は観光旅行中で勇者は休業しています」

「何を言っている? まさか気まぐれに、只の旅行でコンアーラに訪れたと、そう言う訳ではないだろうな」

「そのまさかです」


 胸を張って答えるソラリアに、アルウェンは一瞬ぽかんとしたが、すぐに剣を構え直した。


「偶然か。なら、ここで出会ったのは運命かもしれん。勇者ソラリア、貴様は将来、俺達の天魔の国、新生コンアーラ帝国の障害となろう。今ここで討ち取ってくれる!」

「ちょ、ちょっと待って! 今のソラリアは勇者じゃない!」

「そうです、郵便配達人です!」


 リヒトは口を挟んで争いを止めようとしたが、最後のソラリアの台詞で、真剣だった会話の空気が混沌とし始めた。

 ソラリアは大真面目な顔で言う。


「今の私はリヒトと同じく一般人! さあ、その剣で私を刺しなさい! 罪なき一般の旅行者を殺すというのなら!」

「くっ」


 両腕を広げるソラリアに、アルウェンは舌打ちした。


「さすが高名な歌鳥の勇者……弁が立つな」

「いや、そんな話なのかなコレ……」

「しかしそういうことなら、勇者に戻って俺と戦え。剣なら貸してやろう」


 意味不明なソラリアの返答を、アルウェンは自分に都合良く解釈したらしい。アルウェンは黒い鎧の腰に付けてあった予備の剣を、鞘に入れたまま剣帯から外して、ソラリアに向けて放った。


「剣を……なぜそこまでして、私と戦いたいのです?」

「お前が聖躯教会の象徴だからだ。俺達、魔王信者にとって、教会は滅ぼすべき最終目標……」


 だから決闘しろと、アルウェンは要求する。

 ソラリアは渡された剣をぎゅっと握りしめた。

 そして、鞘に入ったままの剣をリヒトに向かって投げた。


「うわわっ」

「私は戦いません!」


 慌ててリヒトは剣をキャッチする。

 ソラリアは拳を胸の前で握りしめて続けた。


「タコ焼き合戦で悟ったのです。勇者として戦うと、観光旅行から遠ざかると!」

「今さらだよね……」

「タコ焼き合戦?」


 今度こそ意味不明という顔をするアルウェンから視線をずらし、ソラリアは剣を抱えてどうしようと悩むリヒトに指を突きつけた。


「そのような訳で、私を守るために戦いなさい、リヒト!」

「はあ?!」


 唐突の無茶ぶりにリヒトは目を丸くした。


「意味が繋がらないよ、なんで僕が戦う話になるのさ。だいたい狙われているのはソラリアじゃないか」

「ええ。ですが今の私は、聖剣を海に捨てたか弱き乙女!」

「海に捨てたというか、スサノオさんに押し付けたというか……か弱き?」

「そこは疑問に思ってはいけません。つまり、私は暴漢に襲われている無力な少女、という訳です。ここは弟のあなたが身体をはって助けるシチュエーションでしょう!」


 リヒトは頭痛をこらえるように片手を額にあてた。

 一方のソラリアは胸の前で手を組んで「ああ、一度、助けるのではなく助けられるのをやってみたかったんです! これが一般の女性の気持ちなんですね!」と呟いていた。

 その呟きで色々、理由が納得できたリヒトである。

 だが、素直に女性を助ける騎士役を演じられるかというと。


「無理だよね」

「少年、気持ちは分かる。剣を置いて去るがいい。これ以上、歌鳥の勇者のさえずりには付き合っておれん。一刀のもとに両断してくれる」


 アルウェンが剣を構え直した。

 どうやら彼女は本気でソラリアを殺すつもりらしい。

 そう悟ったリヒトは、剣を捨てて逃げられないな、と思った。

 ソラリアが大人しく殺されるかは不明だが、アルウェンだって天魔の能力者だ。真面目に戦ってソラリアが負けて殺されるということもあり得る。そんな事態になれば、さすがのリヒトも後味が悪い。


「よし、じゃあこうしよう。アルウェンさん、僕と決闘していただけますか? 僕が勝ったらソラリアは見逃してやってください」

「……なんだと?」

「リヒト!」

「ソラリア、僕が勝ったら無茶言うのは金輪際禁止だよ。それを約束してくれるなら、今日だけは君の理想の男性を演じてあげるよ」


 二人に条件を叩きつける。

 ソラリアは目を見張って嬉しそうにした後、未練がましくもじもじした。


「えー、我が儘も少しは」

「禁止だよ」

「……」


 リヒトがにっこり笑って圧を掛けると、ソラリアは黙った。今後の我が儘禁止と乙女心を天秤に掛けて、後者が勝ったらしい。


「いいだろう」


 黙考していたアルウェンが深く頷いた。

 どうやらリヒトの提案は、彼女の騎士道と照らしあわせて納得のいくものだったようだ。


「女性を庇って戦う……男らしい、素晴らしい姿勢だ。その決闘を受けよう」

「なんだか誤解されてるけど、まあいっか」


 二人の女性の偏った理想に振り回されているなと自覚しつつ、リヒトは預かった剣を鞘から抜いた。

 予備だからか細い剣は、少年の腕でも扱えそうな長さだ。

 リヒトは片足を斜め後ろにずらし、肩が前にくるように体勢を整えて剣を中段に構えた。


「ほう……」


 アルウェンがリヒトの構えを見て目を細める。


「あれ?」


 ソラリアは首を傾げた。

 妙に剣の構えが様になっている。素人なら構え方なんて知らないはずなのに。そういえば、一緒に旅をしてきたがリヒトが剣を真面目に使っているところを見たことがなかった。作業用ナイフを使って戦っているところは何度か見たが。


「もしかして、リヒトは剣術を習ったことがある……?」

「メエエ(お父さんに習ってたよ)」


 後ろで羊のメリーさんが回答したが、もちろん誰も聞いていなかった。



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