05 ツヅミ草とメリーさん
草原に生えているツヅミ草という特別な植物が、メリーさんの主食らしい。ツヅミ草を食べさせれば、力が復活して元の大きさに戻るだろう、とのことだった。
リヒトは明日、遊牧民にツヅミ草が生えている場所に連れていってもらう約束をした。
メリーさんが神様だと分かった遊牧民達は、一気に態度を軟化させた。
軟化しすぎかもしれない。
当初の予定だった新生コンアーラ帝国の話はどこへやら。遊牧民にとっては、コンアーラ帝国の話よりメリー様の方が重要らしい。コンアーラ帝国の話は後回しにされて、メリー様ご帰還を祝う宴が始まってしまった。
メリーさんを膝に乗せたリヒトの前には花束が置かれて、メリーさんはむしゃむしゃ花を食べている。メリーさんの飼い主である、リヒト用のご馳走や飲み物も沢山置かれた。新生コンアーラ帝国の者をさしおいて、すっかりリヒトが主賓である。
アルウェンをはじめとするコンアーラの者達はもの言いたげな顔をしていたが、飲めや歌えやの遊牧民のテンションに気圧されて脇役に徹していた。
「……君とお姉さんは、本当の姉弟ではないな? 他にも隠していることがありそうだが」
「黙っていたことを怒りますか」
兜をとって地面に座り込んだアルウェンは、諦めたように酒杯をあおった。
「いや。天魔を持つ者であれば仕方ない。皆、それぞれ事情がある」
アルウェンは杯を揺らしながら続けた。
「君の両親は、逃げ延びて幸せになれる場所を見つけたのだな」
「はい」
「そうか……俺の両親は、途中で見つかって殺された。だから俺は、家族を奪ったコンアーラの民が憎い」
打ち明けられた過去に、リヒトは羊を撫でる手を思わず止めた。
アルウェンの口ぶりからすると、彼女の親のどちらか、あるいは両方が天魔の能力者だった可能性がある。
「君はコンアーラに留まらず、旅を続けるつもりなのか?」
「はい、僕は羊さんとソラリアと旅を続けます」
「良いな……自由に、色々な国を見て回るのか」
「アルウェンさんもどうです? 楽しいですよ」
何となく、無理かなと思いながら、リヒトは誘ってみた。
予想通り彼女は困った顔をする。
「魅力的な誘いだ。君との旅は、きっととても楽しいものだろう。もっと早く君に会っていれば……」
話の途中で、他の遊牧民と話していたソラリアが戻ってきた。
アルウェンは途端に口を閉じる。
漂う微妙な空気に気付かずに、ソラリアは太った白い鳥をリヒトの目の前に差し出した。「コケコッコー」と鳴いてバタバタする鳥から羽が散る。
「見て下さいリヒト! この鳥達は、空を飛ばないそうです」
「ニワトリは空を飛ばないよ……」
「空を飛ばない鳥がいるんですね。飛ばない鳥は、はたして鳥なんでしょうか」
「コッコッコ(離してー!)」
ニワトリはカーム大陸にもいたはずだが、ソラリアはあまり接してこなかったらしい。不思議そうにするソラリアの周囲には、放し飼いのニワトリが集まっていた。
「今日のご馳走は、この子の兄弟がメイン料理なんだそうです!」
「……」
「コッコッコ(残酷ー!)」
こうして大草原の夜は更けていった。
宴が終わった後、リヒト達はそのまま毛布にくるまって地面に転がる。見上げた空には無数の星が輝いていた。
リヒトは星空を見上げて、海中で見た絆の光を思い出す。
ついで、魔王信者のもとに行ってしまった幼馴染みを思い出した。
「レイルは……どこに行っちゃったんだろう」
人格が変わってしまったのは天魔の力のせいだろうか。
お調子者で人の好い友人に、もう一度会いたいなとリヒトは思った。
翌日、リヒトとソラリアは遊牧民の少年に、ツヅミ草が群生する場所に案内してもらった。なぜか、アルウェンも同行を申し出たので一緒に来ている。
そこは小川の近くにある野原だった。
黄色い花がそこかしこに咲いている。リヒトは花を一本摘んで観察した。細かい黄色い花弁が密集して、一輪の花になっている。足元にはギザギザの緑の葉が生えていた。
「あ、メリーさん!」
リヒトの手の中の黄色い花をパクンと食べると、メリーさんは野原に飛び降りて、猛烈な勢いで黄色い花を食べ始めた。
「メエメエ(久しぶりに食べると止まらないぜ!)」
「あ、リヒトさん。長がメリー様は食いしん坊で、あまり多くツヅミ草を食べると超巨大化しちゃうから気をつけてって」
「何だって?!」
「じゃあ、僕はこの辺でー」
遊牧民の少年は手を振って戻っていく。
リヒトは、どのくらいでメリーさんを止めたら良いのだろうと途方に暮れた。花を食べるメリーさんが段々大きくなり始めている。
悩んでいるリヒトの前で、上機嫌なソラリアがくるりと回った。
「リヒト、今日の私の服装、どう思います?」
彼女の動作にあわせてスカートの裾がひるがえる。
今日のソラリアは、遊牧民に借りた白い麻のワンピースを着ていた。風に彼女の淡い金髪がなびく。ワンピースの裾からは白い素足が覗いた。
「綺麗、だと思う」
野原を背景に微笑むソラリアは、まるで絵画から抜け出てきたように眩かった。いつもは動きやすいズボンか暗い色のスカートで、険しい気配を漂わせているソラリアだったが、今はリラックスした様子で雰囲気が柔らかい。
リヒトは急に彼女に異性を感じてドキドキした。
「……歓談中にすまないが」
ずっと無言だったアルウェンが急に声を出して、リヒトは二人だけでなかったことを思い出した。
相変わらず全身黒い鎧を着たアルウェンは、腰に付けていた剣を鞘からすらりと抜く。
唐突の抜刀に目を見張るリヒトを他所に、アルウェンは剣の切っ先をきょとんとするソラリアに突きつけた。
「歌鳥の勇者ソラリアとお見受けする。何用でこの地を訪れたのか、聞かせてもらおうか」
草原を渡る風が、ざあっと三人の間を駆け抜けた。
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