03 復讐の達成


「アニス、目を覚ませ! お前はこんな酷いことをする奴じゃ」

「うるさい」


 叫びかけたレイルは、少女の一瞥いちべつで地面に倒れる。

 深紅の瞳には力が宿っている。

 リヒトはかがんでレイルの息を確かめた。生きている。アニスはリヒトとレイルを殺すつもりはないと宣言していたが、悪魔が宿った者は性格が変わってしまうと聞いた事があるので、念のための確認だ。

 夕暮れの村の中、立っているのはリヒトとアニスだけになった。

 いや、もうひとり。


「なんだあ。ドタバタうるせえな……」


 扉が開き、家の中から酒に酔った男が出てくる。

 アニスの父親だ。


「駄目だ、出てこないで!」

「な、なんだあ?!」


 咄嗟に警告するリヒトだが、もう遅い。

 アニスの父親は地面に這う赤い光と倒れ伏す村人を見て仰天し、変わり果てた娘を見て二度仰天した。


「クソ親父、死になさい」

「うおっ!」


 少女は手にした長剣を無造作に父親に向けて振るった。

 呆気にとられた男の片足が血しぶきを上げる。


「うおおおおおっ!! 足が、俺の足があぁっ!」

「あはははっ! ひといきには殺さない! あなたは時間をかけてゆっくり殺してあげる!」


 なぶり殺しにすると宣言した少女の表情は狂気に満ちている。

 ようやく状況を把握したアニスの父親は切られた足を抱えて泣き叫んだ。


「助けてくれっ、誰か!? 誰かいないのかっ?!」


 救いを求める視線がリヒトを見る。

 リヒトは、ゆっくり後ずさった。


「君、助けてくれ! 助けてくれえええぇ!!」

「見苦しいわ」


 アニスの剣が再び振るわれる。

 まだ無事だったもう片方の足の方に。

 痛みに絶叫する男の姿を見ていられなくて、リヒトは視線をそらした。


「アニスぅ、もう、もう酷いことはしないから、お願いだからやめてくれ。な、俺はお前のお父さんだろ。だから……」

「あなたを父親だと思ったことなんて、一度もないわ!」

「止めてくれーっ!」


 肉が切れる嫌な音が響いた。

 荒い息を吐きながら血に濡れた剣をさげて、少女はゆらりと振り返った。


「あはは、やった! やってやったわ! 見た、リヒト?! 私はついに、自由になったのよ!」

「……嬉しいか? 父親を殺せて」

「ええ、とても嬉しいわ!」

「なら、君の目から流れるそれはなんだい」


 リヒトは静かに指摘する。

 少女の深紅の瞳ににじんだ水滴が、頬をつたって赤い地面に落ちる。


「あれ? あれ、私どうしたんだろう。とっても嬉しいのに、なんで……」


 笑顔で涙を流すアニスは不思議そうにした。


「達成したのに、なんで満足できないんだろう。足りない。まだ足りない。もっと、もっと殺さないと」

「もう、止めよう。アニス」


 虚ろな表情でつぶやく少女を、リヒトはさえぎった。


「こんなことをしても君は満たされない。この先、何人殺したって、満たされはしないんだ」

「……そうね。きっとあなたの言う通りだわ、リヒト。でももう止められないの。もう誰も、私を止められない……」


 少女の足元から噴き出す赤い光は強さを増している。

 倒れた村人の生気を吸って、力を増しているのだ。

 このまま暴走を続ければ近隣の村を襲って、街の教会の神官に見つかるまで殺戮は止まらないだろう。

 リヒトは覚悟を決めた。


「いや……僕が君を、止めるよ」

「リヒト?」


 ポケットに入れていた作業用の折り畳みナイフを取り出すと、眼前に構える。

 ナイフを向けられたアニスは不思議そうにした。


「そんなちっぽけなナイフで、いったい何を」

「……我が魂に眠る天魔よ、顕現せよ」


 構わずリヒトは低く呟く。

 次の瞬間、ナイフを構えたリヒトの瞳が、妖しく煌めく瑠璃ラピスラズリの色に染まった。



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