第29話 蛇の女王の来訪

 戦いが終わりマゾフェチェの街ではお祭りが行われていた。

 冥王が滅び、平和が訪れたからだ。

 死都モードガルが目と鼻の先まで来たが、光の勇者レイジ達の活躍により、死都は消滅し、その瘴気すら消えてなくなった。

 少なくともマゾフェチェの市民達はそう思っている。

 帰還した聖鉄鎖騎士団団長ドエームもレイジ達に感謝し、マゾフェチェの名誉市民権を与えられた。

 ドエーム達は少々の被害があったが、多くの騎士達が帰還した。

 コロネアも敵に捕まり、辱めを受けずに済んで良かったと思う。

 そんな彼らの帰還を祝うためにも祭りは行われている。

 レイジとその仲間達は祭りの主役となり、多くの市民から祝福を受けている。

 そんな中でチユキは騎士団本部の客室で一人ゆっくりしていた。 


「チユキさんはお祭りに参加しないの?」


 騎士団本部の部屋で休んでいたチユキに対してシロネが言う。

 シロネも祭りに行っていたが、なぜかすぐに戻ってきていた。

 あまり祭りを楽しむに気になれなかったようだ。


「まあね、戦ったのはレイジ君達であり、私自身は何もしてないもの。ここで休むわ」


 チユキはそう言って椅子に座り読書の続きを始める。

 シロネを除く仲間達はお祭りに参加している。

 レイジとサホコ、リノとナオ、コウキとサーナは一緒に見て回っているはずだ。

 それぞれ楽しめば良いとチユキは思う。


「そうだね、頑張ったのはレイジ君やクロキだもの、レイジ君だけでなくクロキも称賛されるべきだよ」


 シロネは寂しそうに言う。

 確かにその通りだ。

 人々はレイジ達以外にもエリオスの神々も讃えている。

 しかし、その中でクロキだけはいなかった事になっているのだ。

 彼がいなければ冥王を倒す事は出来なかっただろう。

 だが、魔王の配下である暗黒騎士が冥王を倒すのに貢献したという事実はエリオスの神々にとって都合が悪いらしい。

 結果存在しない事になった。


「そうね。彼も讃えられるべきだわ。だって、彼がいなければ冥王を倒せなかったのだから」


 チユキは頷いて言う。

 彼も何らかの報酬があってしかるべきだ。

 レーナは彼を利用した。

 レーナだけでも何かを報酬を与えるべきではないだろうかと思う。

 そのレーナはアルフォス達と共にエリオスに戻った。

 神王に報告する必要があるからだ。

 今頃何をしているのだろうかとチユキは思う。




 レーナはエリオスの自身の館へと戻って来る。

 神王オーディスへの報告はアルフォスに任せて、レーナは別の所へと行って来たのだ。

 オーディス達は喜んでいるだろう。

 死神ザルキシスとその眷属はおおくの多くのエリオスの神々を殺した大敵だ。

 その彼らが滅んだのだから、エリオスの神々は祝宴をしている。

 もっとも、その祝宴の中にレーナは参加していない。

 別に行くところがあったからだ。


「お帰りなさいませ、レーナ様。多くの方がレーナ様を訪ねて来ていました。宴には参加しないのかと」


 レーナが戻ってくるとニーアが出迎える。

 宴にレーナが参加していない事を変に思った何人かが訪ねて来たようだ。

 返答するのが大変だったようである。

 

「そう、少しは顔を出した方が良いわね。でも、先にお風呂に入って、着替える事にするわ」


 レーナはそう言って、歩きながらバニーガールの衣装を脱ぎ始める。

 バニーガール姿の方がエリオスの男神達は喜ぶだろう。

 だけど、この姿を見せるのは男はこの世界で彼だけにするつもりだ。

 先程もそこから戻って来たばかりだ。

 時間がなかったので、魔法で時間を操作し、3日分程向こうに滞在していたりする。


「そうですか、それでは宴用の衣装を用意しておきます」


 ニーアはそう言って落ちた兎耳の飾りを拾う。

 慣れているのか、どこに行って来たか聞かない。

 

「任せるわ、ニーア。それじゃあ、少し湯につかって体を休めるわね」


  


 暗いナルゴルの地。

 魔王の宮殿は大忙しであった。

 何しろこれから客を出迎えるのだ。


 蛇の女王ディアドナ。


 かつて魔王モデスの仲間であり、後に敵対した女神である。

 その女神が和解を持ちかけてきたのだ。

 モデスとしては断る理由はない。

 しかし、何らかの良からぬ思惑があるのではないだろうかと訝しむ者もいる。

 実はクロキもその一人だ。

 だが、まずは話を聞いてから判断しようという事になり、ディアドナを迎える事になった。

 ディアドナの迎え入れの日には魔王配下の重鎮全員が集まる事になっており、クロキも魔王宮へと来ている。

 ザシュススとの戦いから既に5日が経過しており、各地の勢力は落ち着き始めている。

 エリオスではかなり大きな祝宴が開かれたようだが、ナルゴルでは静かであった。

 ザルキシスもまたかつての仲間だった者であり、その眷属が滅びるのを喜ぶ気にならなかったようだ。

 クロキは魔王宮の廊下を歩く。

 巨人でも歩けるようにかなり広く作られている。

 歩いていると目の前で待ち構えている者がいる。


「まさか、ここに来ているとは思わなかったよ……。何か用かな?」 

 

 クロキは目の前の者に聞く。


 黒翼の剣士ハーパス。

 

 かつてザシュススの仲間だった者である。


「ふふ、まさかあの時に戦った剣士が貴方だったとはね。気付きませんでした」


 ハーパスは嬉しそうに言うと腰の剣に手をかける。

 やる気だろうかとクロキは思う。

 どうして、この魔王宮にいるのか疑問だが、相手にせざるを得ないだろう。


「やめてくれ、ハーパス公。我々は争いに来たのではない」


 突然ハーパスの後ろから声をかける者がいる。

 角があり下半身が蛇になっている女性。

 蠱惑の蛇ボティス。

 ディアドナの側近である。

 ボティスの事は直接話をした事はないが、知っている。

 彼女はディアドナの側近としてここに来ているようだ。

 つまり、ハーパスもまたディアドナに付き従ってここに来ているようだ。


「ボティス殿か、ふふ、別に争うつもりはありませんよ。ただ、少し剣を見たい。世界最高の剣士のね」


 ハーパスはそう言って笑う。


「それも、やめて欲しい。これから魔王との会談が始まる。そこの暗黒騎士は魔王の側近。争えばここに来た事が無駄になってしまう。それともここで私とも争うか?」


 ボティスはそう言ってハーパスの目の前に立つ。

 両者は互いに視線を交差させる。


「わかりました。やめておきましょう。そもそも、決闘をしたいわけではありませんからね。ではまた会いましょう。暗黒騎士殿」


 ハーパスは剣の柄から手を離すとクロキに背を向ける。

 クロキはハーパスを見る。

 純粋な剣に対する興味からの対応なのだろう。

 敵意を全く感じなかったので本心からだとクロキは思う。


「申し訳ございませんね。暗黒騎士殿。私達は貴方達と仲良くするために来たというのに……」


 ハーパスが去るのを確認するとボティスは誘惑するように流し目でクロキを見る。

 エリオスの女神を除けばボティスはかなりの美女である。

 誘惑される神も多いだろう。

 しかし、つい先日までレーナと一緒にいたクロキには全く魅力的には思えなかった。


「悪いのですが、先に行きます。陛下に挨拶しないといけないのでね。謁見の間で再び会いましょう」


 クロキはボティスを見ることなくそう言うと素通りして廊下を歩く。

 ボティスの残念そうな声が聞こえる。

 これから謁見の間ではモデスとディアドナの対談が行われるのだ。

 そこにクロキも同席する事になっている。

 長年疎遠であった二柱の盟主が会う。

 それはこの世界では大きな出来事である。

 クロキは何が起こるか不安に思いながら謁見の間へと行くのだった。



 魔王宮の謁見の間。

 クロキは玉座に座るモデスの右横に立つ。

 反対側には宰相であるルーガスが立っている。

 この位置はモデスの右腕たる立場を意味する。

 ルーガス共に魔王に次ぐ地位を示すものである。

 そして、謁見の間の入り口から玉座までの左右にはナルゴルの重鎮達が並んでいる。

 これから蛇の女王ディアドナが来るのだ。

 やがて、来訪の声と共に巨大な扉が開かれる。

 開かれた扉から入って来たのは髪がと下半身が蛇である女性だ。

 宝石の魔眼を持つ、蛇の女王ディアドナである。

 ディアドナの後ろにはボティス等の随行した神々がいる。

 蛇の王子ダハークの姿はない。

 おそらく、争いを恐れて随行させなかったのだろう。


「懐かしいな、モデスよ。再び会えて嬉しく思うぞ」


 ディアドナは頭を下げる事なくそう言う。

 あくまで立場は対等いう事なのだろう。

 もちろん、モデスも最初からそのつもりだ。

 

「ああ、そうだなディアドナよ。何百年ぶりだろうかな。よくぞ来た」


 モデスはそう答える。

 

「我らは本来争う立場にはない。エリオスの者達と離れたのだから、なおさらだ。前のように互いに手を取りあおうぞ」


 ディアドナはそう言ってモデスの側へと行く。


「確かにそうだな。手を取り合う事に異論はない。だが、ディアドナよ。急にどうしたのだ? このモデスと手を取り合った後、何をする?」


 モデスははっきりと聞く。

 この事はしっかりと聞いておくべきだろう。

 

「モデスよ、手を取り合うのに理由はいらない。そうは思わないか? 何か企みがあってここに来たのではない。ただ、友好のために来たのだ。信じてはくれまいか?」


 ディアドナは首を振って言う。

 

(これは嘘だな……。とてもそうは思えない。しかし、問いただすのは難しいだろう)


 クロキは兜の下で眉を顰めてそう思う。

 ディアドナが何の企みもなく来るとは思えない。

 それはモデスやルーガスに他のナルゴルの重鎮達も同様に思っている事だろう。

 横を見るとモデスが考え込んでいるのがわかる。


「そうか、だが今までの事もある……。正直にわかには信じがたい……、さて……」


 モデスが何か言おうとした時だった。

 扉の外が騒がしくなる。

 何かがあったようだ。

 謁見の間が騒がしくなる。


「騒がしいぞ! 状況を考えよ!!」

 

 謁見の間にいたランフェルドが声を出すと扉へと向かい外へ出る。

 そして、しばらくすると戻ってくるとモデスの側にいく。

  

「ふむ……、そうか。ディアドナよ。そなたの侍女が緊急で話があるらしい。通すぞ」


 ランフェルドから話を聞いたモデスが許可を出す。

 扉が開かれると1匹のラミアが入って来る。


「どうした? 何があった!?」


 ディアドナはラミアに聞く。

 ラミアは周囲を見て言う。

 モデス達に聞こえて良いか迷っているようだ。


「構わぬ!! 言え!!」

「は、はい!! 女王様!! 大変ですニルカナイからの緊急の報せで、紅蓮の炎竜王が目覚めたようでございます!!!」


 ディアドナに促されラミアは報告する。

 その報告に謁見の間がざわめく。

 ディアドナの顔つきが恐ろしいものに変化するのがわかる。

 モデスも目を大きく開いて驚いている。

 またルーガスやランフェルド達も同じように驚いている。


(何だろう? 何か大変な事が起きたみたいだ……)


 クロキは紅蓮の炎竜王の事をよく知らない。

 それが目覚めたというのは大変な事のようであった。

 


 

★★★★★★★★★★★★後書き★★★★★★★★★★★★


 これで15章も終わりです。

 レーナの御褒美も貰い、次回から新章です。


 ※予告

 眠っていた紅蓮の炎竜王が目覚める。

 過去にディアドナと争っていた竜王が目覚めた事で西大陸で再び戦乱の火が燃える。

 また、西大陸のジャガーの女神からもジプシールに救援の要請が来る。

 ジプシールに滞在しているトトナはクロキの助力を願う事にする。

 こうしてクロキはトトナと共に西大陸へと向かう。

 そこにはなぜかトトナとそっくりな小さな女の子も同行するのであった。

 「第16章 紅蓮の炎竜王」の始まりです。

 

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